小惑星の衛星「セラム」の年齢は200~300万歳 従来と異なる方法での年齢推定

太陽系に無数に存在する「小惑星」の年齢を知ることは一般的に困難です。表面のクレーターの密度は年齢推定の大きな手がかりとなりますが、この手法が適用できるのは、探査機による接近観測が行われたほんの一握りの小惑星に限られます。

コーネル大学のColby Merrill氏などの研究チームは、NASA(アメリカ航空宇宙局)の小惑星探査機「ルーシー」が接近観測を行った152830番小惑星「ディンキネシュ」の衛星「セラム」について、力学的なシミュレーションを通じて年齢推定を行いました。その結果、セラムの年齢はわずか200~300万歳であり、相当に若いことが示されました。また、この年齢はクレーターの密度をもとに推定された年齢と一致します。

力学的な年齢推定の手法は望遠鏡などの遠隔的な観測方法に適用できるため、他の小惑星への幅広い適用が期待されます。

【▲ 図1: 主星である小惑星ディンキネシュと、その衛星セラム(画像右下の小さな天体)。(Credit: NASA, Goddard, SwRI, Johns Hopkins APL & NOIRLab)】

■答えを得るのが難しい「小惑星は何歳?」という問題

太陽系に無数に存在する小惑星はいつ頃形成されたのでしょうか? 一昔前までは一律に太陽系誕生時の約45億年前であると考えられてきました。しかし、各国の小惑星探査機が小惑星の接近探査を行えるようになると、かなり最近になってから形成されたかもしれない、若い候補が見つかるようになってきました。

では、小惑星の年齢はどのように推定するのでしょうか? その1つが、天体衝突で生じたクレーターの密度を測る方法です。小さな小惑星には表面を更新するような地質活動がないため、クレーターの数は増えていく一方であると考えられています。従って、小惑星の表面にあるクレーターの面積当たりの数を計測することで、年齢を推定することができます。

ただし、この手法は比較的正確に年齢を測定できる一方で、高価な小惑星探査機を打ち上げて表面の詳細な画像を得なければならないという難点もあります。130万個以上発見されている小惑星の中で、小惑星探査機が接近探査を行ったのはほんの数十個しかないため、正確な年齢を推定できたのはほんの一握りであることになります。

■興味深い構造を持つ小惑星の衛星「セラム」

【▲ 図2: 画像右側が衛星セラム。接触二重小惑星であることがよくわかります。(Credit: NASA, Goddard, SwRI & Johns Hopkins APL)】

152830番小惑星「ディンキネシュ」はNASAの小惑星探査機「ルーシー」による探査対象の小惑星です。2023年11月に接近探査と写真撮影が行われたところ、ディンキネシュとは別の未知の天体が撮影されました(※1)。これはディンキネシュの衛星であり、「セラム」と名付けられました。セラムは小惑星帯で接近探査の対象となった最も小さな天体の1つです。

※1…ディンキネシュに衛星があることは、探査機の接近以前までは全くの未知でしたが、撮影が行われる直前においては存在が予想されていました。ルーシーが遠方からディンキネシュを観測し、自転に伴う明るさの変化を観測した際、単独の天体では説明がつかない変化を示したためです。

今挙げたこれらの名称は、全て人類学における重要な化石に因んだ名称です。まず、探査機の名称であるルーシーは、1974年に発見された約318万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの化石「AL 288-1」に付けられた英語の愛称に因んでいます。ルーシー自体はビートルズの曲『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』に由来しています。次に、小惑星ディンキネシュはAL 288-1(ルーシー)の発見地であるエチオピアのアムハラ語での愛称に因んでいます。ディンキネシュは「貴女は驚異的だ」を意味しており、人類学におけるこの化石の重要性を表しています。

一方で、衛星セラムは2000年に発見された約332万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの化石「DIK-1-1」に付けられた愛称であり、アムハラ語で「平和」を意味します。発見地が民族対立によって情勢が不安定な場所であることから、敢えて平和に対する願いを込めた名称になっています。また、セラムは推定年齢3歳と、化石として残りにくい幼児であることや、他の幼児化石と比べて保存状態が極めて良く、全身の約60%が見つかっていることから、発見が重要視されています。

偶然発見されたセラムは、ある意味で探査が予定されていたディンキネシュよりも興味深い観測対象であると言えます。セラムはその形状から、2つの天体がくっついている「接触二重小惑星」であると推定されます。接触二重小惑星自体はイトカワなど複数の発見例がありますが、衛星としての接触二重小惑星はセラムが初めての発見です。

接触二重小惑星という形態に加えて、直径約220mという小ささや、主星であるディンキネシュの大きさと形状から、セラムは大小さまざまな岩石が緩く結合した「ラブルパイル天体」であり、過去にディンキネシュから分裂した岩塊で形成されていることが予測されます。これらの事実や予測は、セラムがディンキネシュと同時ではなく、別々のタイミングで生成された若い天体であることを示唆します。

■セラムは “赤ちゃん” 天体

Merrill氏らの研究チームは、セラムが形成されてからどのくらいの年数が経過したのかを推定するシミュレーション研究を行いました。これはセラムの形状が不規則であること、および小惑星の衛星であるという状況であるために可能な研究です。

セラムのような状況にある天体に働く力は主に2つあります。1つは潮汐力です。セラムはがれきの山と例えられるほど岩石同士の結合が緩いラブルパイル天体であるため、自分自身の自転によって岩石が徐々に赤道付近に蓄積されます。赤道付近の直径が大きくなるほど主星のディンキネシュから受ける潮汐力は大きくなるため、セラムの自転速度もその影響で変化します。

一方で、セラムのような形状の天体にはもう1つの力である「YORP効果(ヤルコフスキー・オキーフ・ラジエフスキー・パダック効果)」が働きます。球形から大きく外れた不規則な形状の天体に太陽光が当たると、向いた面によって熱を受ける時と放出する時のバランスが崩れてしまうために、自転速度を加速又は減速させる力が働きます。セラムはディンキネシュとの連星であると見なせるため、「BYORP効果(連星YORP効果)」の元で予測が行われます。

Merrill氏らは、セラムに対する力学的なシミュレーションを100万回行い、ディンキネシュからセラムが分裂して現在の自転周期や公転周期に落ち着くまでにかかる時間を算出しました。このシミュレーションは、現在のセラムにかかる潮汐力とBYORP効果が互いに平衡状態(力が釣り合っている状態)に達しているという仮定の下で算出されました。

その結果、セラムが現在の状態になるまでにかかった時間は、中央値が297万年、最も出現する頻度が高いのは200~204万年という数値となりました。このことからMerrill氏らは、セラムの年齢は200~300万歳であるという結果をまとめました。1億歳未満が “若い” と表現される天文学の世界においては、200~300万歳と推定されるセラムは相当若い年齢であり、Merrill氏らはプレスリリース上で “赤ちゃん” と表現しています。そして偶然にも、衛星セラムの年齢は名前の由来となった化石のセラムと同年代か、それよりも若いかもしれません。

■コストのかからない小惑星の年齢推定方法となるか?

今回の研究で重要な点は2つあります。まず1つは、今回の研究で推定されたセラムの年齢が、クレーターの密度で測定する従来の方法と同じだったという点です。お互いに推定方法が全く異なっていて、使用されたデータにも共通点がないのに同じ結果が得られたことを踏まえると、約200~300万歳というセラムの推定年齢は正しい可能性が極めて高いことを示唆していると言えます。

もう1つは、今回の推定方法が原理的には接近探査を行っていない天体にも適応できるという点です。先述の通り、クレーターの密度で年齢を推定するには解像度の高い表面の撮影画像が必要であり、そのためには高価な探査機を送り込まなければなりません。一方で、今回の力学的シミュレーション研究を行うには地上に設置された望遠鏡で観察した結果を使用すればいいため、コストは大幅に低くなり、適用可能な小惑星は大幅に増加します。

確かに、適用できるのは連星関係にある小惑星であり、なおかつYORP効果がみられるほど小さな天体に限定されますし、大きさが推定可能なほど十分な観測記録が必要になるなど、ある程度の制約はあります。それでもこの方法には、クレーターを利用する方法と比べてずっと多くの小惑星に適応できるという利点があります。

多数の小惑星の年齢を推定できれば、小惑星全体の “人口ピラミッド” のようなものも作れるはずです。今回の研究はセラムという1個の小惑星に留まらず、小惑星全体の進化を探る上でも重要な役割を果たすはずです。

Source

  • C. C. Merrill, et al. “Age of (152830) Dinkinesh I Selam constrained by secular tidal-BYORP theory”. (Astronomy & Astrophysics)
  • James Dean. “Novel calculations peg age of ‘baby’ asteroid”. (Cornell Chronicle)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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