【香港】香港に「昭和レトロ」食堂街[サービス] 地場企業運営、激戦市場で新趣向

香港に「日本グルメ横町」を名乗る飲食店街が出現した。さまざまな日本料理を楽しめる施設だが、ユニークなのは地場の運営企業が提示するそのキャッチフレーズ。ずばり、「昭和レトロ」だ。香港人に身近とはいえない「昭和」のイメージを前面に押し出し、よく分からないけれどどこか懐かしさを感じさせる空間。世界で最も和食と日本文化が浸透した都市の一つである香港で、激戦市場に新風を巻き起こすか。【取材・蘇子善、文責・福地大介】

赤ちょうちんに招き猫。昭和日本のリアリティーはともかくも、怪しいレトロ感を醸し出している=10日、尖沙咀(NNA撮影)

九龍地区・尖沙咀の商業施設「新港中心(シルバーコード)」で4月末から試験営業を開始した。同施設2階(日本では3階に相当)のフロア大部分を使い、中央に食事のための共有スペース、その周囲に約10の飲食店ブースを配したフードコートのような作り。各ブースも共有スペースも全て「昭和」をテーマに内装が統一されているのが特徴だ。

場末の路地裏をイメージさせる薄暗い通路と店にともる赤ちょうちん。壁には塩やたばこのホーロー看板が掲げられ、昔の日本にあったポスターや小物があちらこちらで目に飛び込んでくる。「明智小五郎探偵事務所」「スナック呑んだくれ」など、架空の店のネオンも横町を彩る。

並んだブースにはすし、しゃぶしゃぶ、ラーメン、鉄板焼き、居酒屋などがあり、香港の消費者が一般的に思い浮かべる日本料理はほぼ網羅している印象だ。横町の入り口付近には水槽が置かれ、客は生きた魚介を買って刺し身、浜焼き、鉄板焼きなど好みの調理法で味わうことができる。

各ブースには独立した座席スペースが設けられ、すしカウンターや鉄板を前に一つのブースでじっくり楽しむもよし、複数のブースから少しずつ好みの料理を買ってきて中央の共有スペースで食べるもよし。ケーキなどのスイーツも売られている。

広いフロアを取り巻くようにさまざまな店舗を配したフードコートのような作り=10日、尖沙咀(NNA撮影)

■ラー博からインスパイア

日本グルメ横町を運営するのは、地場の愛訊集団(iフリー・グループ)。もともとはモノのインターネット(IoT)などが本業のテクノロジー企業だが、飲食店や海外のキャラクターを使ったビジネスも展開している。

同社は新港中心に日本の漫画・アニメ商品を集約した「アニマ・トウキョウ」を開設しており、日本グルメ横町はその一部という位置づけになっている。アニマ・トウキョウは3フロアから成る大型施設で、路面フロアがアニメグッズなどの販売店、1階(日本では2階に相当)がアニメ関連の展示などを行う催事場、2階が日本グルメ横町という構成だ。

取材に訪れた日、横町でランチを楽しんでいた来店客からは「面白い環境だ」(50代女性)、「日本らしい内装がとても気に入った」(20代女性)といった声が聞かれた。日本料理が日常に浸透した香港の消費者にとっても、横町の雰囲気はユニークと感じられるようだ。

飲料ケースを使った屋台風座席も=10日、尖沙咀(NNA撮影)

では、そもそもなぜ「昭和」なのか。愛訊集団(香港)の楊子堂(トムソン・ヨン)ゼネラルマネジャーは「新横浜ラーメン博物館(横浜市)にインスパイアされた」と教えてくれた。

全国からラーメンの有名店を集めたアミューズメントパークの同博物館は、昭和30年代の街並みを再現したことで知られる。西暦で1950年代後半から60年代に当たるこの頃は、国と地域は違えど多くの香港人にとっても郷愁を誘う時代であるため、コンセプトとして採用したということのようだ。

架空の店名を書いたネオンが雰囲気を演出=10日、尖沙咀(NNA撮影)

横町内の飲食ブースは全て愛訊集団が直接管理しており、日系飲食チェーンなどのテナントは入れていない。突出した集客力を持つブランドはない半面、一体的かつ臨機応変に運営できる機動力と、アニマ・トウキョウ全体の調和を重視したという。

■食事、酒、文化をワンストップで

尖沙咀は香港の中でも特に日本料理の競争が激しい繁華街。日本グルメ横町の勝算について楊氏は、昭和レトロのムードに加え「1カ所でこれほど多くの日本料理を選択できる場所はほかにない」と胸を張る。

フロアの一角にはジャパニーズ・ウイスキーを中心に提供するバーもあり、夕方から深夜まで営業している。「車で別の店に移動する必要はない」と楊氏が話すとおり、夕食後の一杯を求める客をその場で取り込もうという戦略だ。

横町では定期的にマグロの解体ショーや文化イベントを開催し、和服を体験できるコーナーも設置。飲食にとどまらないさまざまな日本体験をワンストップで提供する。

このほか、5月下旬には鉄道をテーマとしたカフェ「原鉄道珈琲店」も営業開始を予定している。「日本の列車に乗って車窓から景色を眺めながら弁当を食べるような感覚」(楊氏)を目指す。店名の「原」は、鉄道模型コレクターとして世界的に名高い故・原信太郎氏への敬意を込めたという。

横町のはずれにはウイスキーバーを併設=10日、尖沙咀(NNA撮影)

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