【ミリオンヒッツ1994】中島みゆき「空と君のあいだに」ロスジェネ世代にも刺さった応援歌  ドラマ「家なき子」の主題歌にもなった中島みゆきの名曲「空と君のあいだに 」

リレー連載【ミリオンヒッツ1994】vol.8 空と君のあいだに / 中島みゆき ▶ 作詞:中島みゆき ▶ 作曲:中島みゆき ▶ 編曲:瀬尾一三 ▶ 発売:1994年5月14日 ▶ 売上枚数:146.6万枚

みゆき史上最も売れたシングル「空と君のあいだに / ファイト!」

1970年代から2000年代にかけて、4つの年代でオリコンのシングルチャート1位を獲得したアーティストが、中島みゆきである。同じ記録はサザンオールスターズも達成しているが、ソロアーティストとしては彼女のみ。息が長い人気はもちろん、世代やトレンドを超えた普遍的な魅力が彼女の曲に備わっている証だと思う。中でも最大のヒットが、1994年5月14日にリリースされて過去最高の146万枚を売り上げた「空と君のあいだに / ファイト!」である。

この曲は、安達祐実主演の日本テレビ系ドラマで、後に映画化もされた『家なき子』の主題歌。社会現象を巻き起こすほど大ヒットした作品なので、当然のごとく主題歌もヒットした。曲を聴けばドラマのワンシーン、特に、主人公の台詞「同情するなら金をくれ!」が思い浮かぶくらいドラマと主題歌が一体化していた点が、ここまで売上が伸びた要因ではなかったかと。ということで、ドラマと密接に結び付いた主題歌の魅力について、時代背景も絡めながら分析してみたい。

ヒットチャートの顔ぶれも一変、主役交代が進んだ1994年

今から40年前の1994年は、バブル崩壊が引き起こした景況悪化が目に見えて表れた年である。本格的な就職氷河期が到来し、後にロスジェネ(ロストジェネレーション=失われた世代)と呼ばれた若者たちが、先行きの見えない社会に旅立とうとしていた。そんな時代に反して、音楽業界はミリオンヒットシングルが26曲も出るほど活況を呈していた。Mr.Children、B'z、小室哲哉、ビーイング系アーティストらが台頭し、ヒットチャートの顔ぶれも80年代から一変。主役交代が進んでいた。

そうした中で、中島みゆきの「空と君のあいだに」はオリコンの年間売上で5位にランクイン。「Hello, my friend」で6位にランクインした松任谷由実とともに、80年代から続くアーティストとしての実力を世の中に示した。もちろん、大ヒットしたのはドラマとのタイアップ効果によるものだが、聴くほどに心に染みるメロディー、いわゆる “みゆき節” がドラマにピタリとハマり、相乗効果を生んだことも大きかった。

特に、みゆきさんのボーカルが冴えている。曲の前半は主人公を見守るように優しく歌われるが、後半は一転してマイナーに転調し、まるで天に叫ぶような力強く情念を込めた歌声に変化する。このメリハリが素晴らしい。みゆきさんが空を見上げて歌うミュージックビデオもインパクトがあり、40年経った今でも、その姿は私の脳裏に焼き付いている。アレンジや演奏のクオリティも高く、むしろこの曲がドラマを覚醒させたように思えてしまう。

ドラマ「家なき子」を想起する歌詞

また、大ヒットの要因には歌詞も無視できない。印象的な2つの表現をもとに、その理由を紐解いてみたい。

1つめは何と言っても、「空と君のあいだ」という表現である。よく知られるようにこの曲は、ドラマで主人公が連れている愛犬 “リュウ” の視点から書かれている。犬の視点で見上げた時に視界に入るのが、主人公と空だからだ。しかし、私がそのことを知ったのは後年になってから。当時は『家なき子』というタイトルから、主人公が常に野外にいることの比喩だと思っていた。帰る家がなく外で夜を明かす主人公を曲に重ねたリスナーも、案外多かったのではないか。

 空と君とのあいだには  今日も冷たい雨が降る

サビで歌われるこのフレーズは、曲中に5回も出てくる。言葉も一切変わらない。上からの目線でなく、犬のように下から見上げれば、主人公と空の間に冷たい雨が降っているのが見える。他人の視点からは見えずに理解もされない心の内面は、誰もが抱えている。そのことが、同級生たちの冷たい視線を浴びながら、つらい現実に立ち向かうドラマの主人公と重なり、リスナーの共感や涙を誘ったことは想像に難くない。

ちなみに中島みゆきには、他にも犬視点で書かれた作品がある。TBS系の日曜劇場『南極大陸』の主題歌として2011年にリリースされたシングル「荒野より」だ。こちらの曲は、犬の気持ちになって越冬隊員を思いながら歌詞が綴られている。

虐げられた人へ、中島みゆきからのエール

2つめは、サビの後半で歌われる表現である。

 君が笑ってくれるなら  僕は悪にでもなる

中島みゆきには、虐げられた人にエールをおくる曲が、デビュー当時から多く見られる。この曲もその1つ。いくら頑張っても報われずに笑うことすら忘れてしまった人たちを、何があっても(悪になっても)応援したいという強いメッセージが、この表現からは読み取れる。

このメッセージを犬の視点に託して歌ったことが、多くのリスナーの琴線に触れたのではないか? 誰からも見られなくても、犬だけは見てくれている。そんな悲哀と少しばかりの希望が、歌詞から伝わってくる。

奇しくも、この曲のカップリングに選ばれたのは、当時のCMで流されていた「ファイト!」であった。この曲も、傷ついても闘い続ける人への応援歌である。ドラマの主題歌とともに、バブル崩壊で打撃を受けた企業人や、未来が見通せないロスジェネ世代の心に刺さったに違いない。

最後に、この曲は多くのアーティストがカバーしているので、みゆきさん以外の歌声とアレンジも、ぜひ聴いてみてほしい。ドラマの印象が払拭され、歌詞に託されたメッセージがストレートに伝わってくるからだ。特に、情念を込めて歌い上げている絢香のカバーは私の一押し。曲の魅力を再発見できるはずである。

<参考文献> アーティストファイル 中島みゆき オフィシャル・データブック[2020年改訂版]/ ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス(2020年)

カタリベ: 松林建

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