歪んだ「二次感情」はどんな思考や行動をもたらすのか?【「不登校」「ひきこもり」を考える】

【「不登校」「ひきこもり」を考える】#15

前回、子どもが一次感情を正しく感じきれない一次感情不全だと、一次感情が過剰に膨らんだり、脳のノイズとして消えない人工(二次)感情が増殖する、といったお話をしました。今回はそれらがもたらすそれ以外の不適応反応についてお話します。

大きく分けて3つあります。ひとつは「自己肯定感の低さ」「虚無感」といった歪んだ思考や価値観、もうひとつは「前向きさ」「達成感やヤル気」「喜び」などのバイタリティの喪失です。そして3つ目は、「暴飲暴食」「暴言暴力や自傷」「ゲーム、ギャンブル、買い物などの依存」といった問題行動です。これは、すべて一次感情不全に端を発した回避的な二次感情を含む、二次的反応の行き着く先として説明されます。

いわば本能の感情とも言うべき一次感情を「苦痛だから」と目を背けるだけで、いくらもっともらしく自分の本音を取り繕おうとしても、そのしわ寄せの結果、矛先は周囲には到底理解できない歪んだ思考や価値観、問題行動、異常な身体感覚という形で制御不能な二次反応を生じさせてしまいます。

たとえばひとつ目の歪んだ思考や価値観は、本来感じるべき自分の魂の叫びでもある一次感情を感じることが叶わぬ苦痛を正当化するためには「自分にはその価値がないから」「そもそも人生なんて何もかもすべて思い通りにいかない虚しいもの」「つらい出来事があったのはそういう卑屈な運命なわけだから、無駄な抵抗などせずにすべて受け入れるしかない」と矮小化して考えることで、苦痛な一次感情に向き合う必要性を薄れさせる認知的回避という現象で説明されます。

■マイナス感情の抑制常態化はプラス感情の感度低下を招く

また、苦痛だからとマイナスの感情を感じないように押し殺し続けていると、プラスの一次感情に対する感度も連動して低下しますので、何をやっても以前のようには「楽しめない」「達成感を感じない」というプラス感情の感度低下が生じます。感情の感度低下は、連動する身体感覚の感度低下にも波及していきます。そうなると、日常のなにげない小さな喜びに深い幸せを感じて味わうなどということはできず、健康的な事象には無関心・無感動になります。同時に、ゲームやギャンブル、買い物、過食といった依存性の強いジャンキーなことでなければプラスの感覚が刺激されず、結果、依存症に陥ったり、万引きやケンカなどの反社会的行動の快感を追い求め止まらなくなったり、中にはリストカットのような自傷による体感刺激で辛うじて「生」を感じられて刹那的な安心を得るという方もいます。

暴飲暴食に走る人もいます。健全な味覚も鈍っていますから、健康食品や精進料理を暴食する人はおらず、手を出すのは不健康そうな甘い、しょっぱい、辛いといったジャンクフードばかりです。それすらろくに味わっておらず、そのためいつまでも満腹感が湧かずに食のコントロール不良がエスカレートしたのが過食症という病気です。

さらに、一次感情とは生命体としての欲望ですから、それを押し殺すということは、「前向きさやバイタリティの喪失」や「やりたいことなんてわからない」といった動物として“牙を抜かれた”状態に陥ります。そうなると「学校に行くどころか、何もする気にもなれない」「何かをがんばるなんて意味がわからない」と不登校やひきこもりにも直結します。

そこに親が「やりたいことを見つけなさい」「今がんばらなければいつがんばるのか」と正論を言ったところで響くわけがなく、逆に「親のあんたたちのせいでこうなっているのに、その加害者が逃げ道を塞ぐような正論を偉そうに言うなよ」「結局、ひきこもりにまで子どもが追い詰められても、あんたたち親は何もわかってくれないのか」というのが、そこまで言語化できずとも偽らざるお子さんの無意識の本音だったりもするわけですから、いかにこういった説教が見当違いか理解できるでしょう。

また、一次感情を感じる力が弱いものの、幸いにもお子さんほどの繊細さを持ち合わせていなくて運良くひきこもりになったり精神疾患を患うことのなかった親御さんほど、一次感情とはかけ離れたコテコテの二次思考の権化ともいうべき、頭でっかちな権威ある専門家の「机上の理論」や「難解な学説」の方がしっくりきます。これらは親の心(一次感情)を揺さぶられることなく“知的にだけ”学べる一方で、肝心のお子さんは何も改善しない……ということすら起きがちです。

自戒を込めるなら、治らぬ言い訳ばかりクリエイティブに洗練され、当事者の心からは何も学べぬ“お勉強だけ熱心”な治療者にも相通ずるのですが。(つづく)

▽最上悠(もがみ・ゆう) 精神科医、医学博士。うつ、不安、依存症などに多くの臨床経験を持つ。英国NHS家族療法の日本初の公認指導者資格取得者で、PTSDから高血圧にまで実証される「感情日記」提唱者として知られる。著書に「8050親の『傾聴』が子供を救う」(マキノ出版)「日記を書くと血圧が下がる 体と心が健康になる『感情日記』のつけ方」(CCCメディアハウス)などがある。

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