日本年金機構「年⾦額が増額します」に、月収44万円・55歳のサラリーマン〈繰下げ受給〉を決断…70歳で〈年金4割増〉にガッツポーズも「年金ルール」知って撃沈

毎年、誕生月に届く「ねんきん定期便」。そこに書かれた一文「年⾦受給を遅らせた場合、年⾦額が増額します。」に、「どうせなら、年金はたくさんもらえたほうがいい」と、年金の繰下げ受給を決める人もいるでしょう。ただきちんとシミュレーションをしたうえで判断をしないと、「実は損をしていました……」という事態に陥る場合も。みていきましょう。

「ねんきん定期便」でプッシュされる「繰下げ受給」

毎月、日本年金機構から送られてくる「ねんきん定期便」。35歳、45歳、59歳は封書で届きますが、それ以外は圧着ハガキで届きます。ペリペリと剥がすことさえ面倒と、中身を見ないで放置している人も多いですが、将来を見据えた資産形成を進めるためにも、年に1度くらいは確認しておきたいものです。

記されていることは50歳未満と50歳以上で異なり、50歳未満では「①保険料納付額」「②月別状況(直近13ヵ月)」「③年金加入期間」「④これまでの加入実績に応じた年金額」、50歳以上では「保険料納付額」「②月別状況(直近13ヵ月)」「③年金加入期間」「④老齢年金の種類と見込額」。

また50歳未満と50歳以上、共通で記されているのが、以下の文言。

年⾦の受給開始時期は、60歳から75歳まで選択できます。

年⾦受給を遅らせた場合、年⾦額が増額します。

(例)

70歳を選択した場合、65歳と⽐較して42%増額

75歳を選択した場合、84%増額(最⼤)

これは「年金の繰上げ受給」「年金の繰下げ受給」といわれる制度。

「繰上げ受給」は、原則65歳から受け取ることができる老齢年金を、60歳から65歳になるまでの間に繰り上げて受け取ることができるというもの。繰上げ受給の請求をした時点に応じて、年金が減額され、その減額率は一生変わりません。減額率は1ヶ月早めるごとに0.4%。最大、60歳で受け取ると65歳で受け取るときと比べて、24.0%の減額となります。

一方「繰下げ受給」は、原則65歳から受け取ることができる老齢年金を、66歳から75歳になるまでの間に繰り下げて受け取ることができるというもの。繰下げ受給の請求をした時点に応じて、年金が増額され、その増額率は一生変わりません。増額率は1ヵ月遅らせるごとに0.7%。最大75歳で受け取ると65歳で受け取るときと比べて、84.0%の増額となります。

話は戻り「ねんきん定期便」。年金は繰り上げることも、繰り下げることもできますが、「ねんきん定期便」を見る限り、「年金の繰下げ受給」がプッシュされているという印象を受けるでしょう。

――65歳以降も働くなら、すぐに年金が必要ということもなさそうだし……年金が増えるなら絶対お得じゃん!

と無条件に反応し、「繰下げ受給」を選択する人も多そうです。

年金の繰下げ受給…「年金増額!」の裏で、実は損をしている可能性も

定年まであと5年となった55歳のサラリーマン。老後の生活が急にリアルに感じられるようになり、それまで形式的にみていた「ねんきん定期便」をまじまじと眺め、そこで「繰下げ受給」に関する文言を見つけました。

男性の勤める会社では60歳で定年。希望すれば嘱託社員として70歳まで勤務することができます。男性も漠然とではありますが、働けるうちは働こうという気でいたといいます。そんなときに見つけた「年金の繰下げ受給」に関する文言。「これはいい!」と、制度を利用することにしたとしましょう。

55歳時点の給与は月収で44.0万円、年収で725.5万円。60歳で嘱託社員になった際には、月収28.5万円、年収で434万円となります。給与は大幅にダウンしますが、その間も厚生年金に加入し続けているので、その分、65歳から受け取る年金額はアップ。

60歳定年で現役を引退した場合、65歳で受け取る老齢厚生年金は10.3万円。併給の老齢基礎年金と合わせると月17.1万円ほどです。一方で60歳以降は非正規社員として働いた場合、65歳で受け取る老齢厚生年金は月11.6万円と、月1.3万円アップします。

そして「65歳以降も働くから」と「繰下げ受給」すれば、その分、年金は増額。さらにその間も厚生年金に加入していれば、さらなる年金増も狙えます。仮に「年金の繰下げ」だけ考えても、受取額は42%アップ。老齢基礎年金も老齢厚生年金もどちらも繰下げ受給したとしたら、年金は月18.4万円→月26.1万円になります。

――年金4割アップ!

と思わずガッツポーズするのではないでしょうか。

ただ残念なお知らせをしなければなりません。それは「年金の繰下げ受給」のデメリット。大きく3つ、挙げられます。

まず総受給額が減る可能性があるということ。早く亡くなってしまうと、65歳で年金で受け取った場合と比べて損をするというものです。ただ人の寿命は神のみぞ知るところ。最後まで得か損かは分かりません(関連記事:『【早見表】年金はいつ受け取るのが得?「額面」と「手取り額」の損益分岐点』)。

また「税金や社会保険料の負担が増える」という点も、きちんと考えておく必要があります。「所得税」「住民税」「国民健康保険料」「介護保険料」は所得に応じて決まるため、「繰下げ受給」で年金の受取額が増えると、それらが高くなる可能性があります。給与においても「給与が増えたのに、手取りが思ったよりも増えない」という経験は、誰もがあるでしょう。年金においても同じ現象が起きるわけです。

さらに「加給年金や振替加算が受け取れなくなる」点も理解しておきましょう。「加給年金は厚生年金の被保険者期間が20年以上ある人が65歳到達時点で、その人に生計を維持されている65歳未満の配偶者や18歳までの子どもがいるときに加算される年金。年齢がある夫婦であれば、もらえる可能性が高いものです。ただし加給年金の受給要件を満たす人が年金の繰り下げ受給を選択した場合、加給年金の受給も後ろ倒しに。結果、年金を受け取るころには要件から外れ、1円ももらえない、というケースが考えられるのです。

また配偶者が65歳を迎えるなどで加給年金が打ち切られたあとは、配偶者の老齢基礎年金に対し、年齢に応じた加算が受けられる「振替加算」という制度があります。夫(妻)が加給年金の対象の場合に受給できる可能性がありますが、配偶者が65歳を迎えるタイミングに「年金の繰下げ受給」を選択していると、振替加算も対象外になります。

このように、年金制度はさまざまなルールがあり、きちんと理解したうえで最適な判断をしないと、知らぬ間に損をしていることもしばしば。「年金の繰下げ受給」を検討する場合、年金増額で税金や社会保険料の納付額がどのように変わるか、加給年金等はどうなるのかなどは、一度、年金事務所などに相談するのがおすすめです。

[参考資料]

日本年金機構『大切なお知らせ、「ねんきん定期便」をお届けしています』

日本年金機構『年金の繰上げ・繰下げ受給』

厚生労働省『令和5年賃金構造基本統計調査』

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