サプライチェーン構築の本質は「新たな価値を共に生み出す視点」

Day2 ランチセッション

持続可能なサプライチェーンの管理において、国際的にさまざまな法規制や基準が制定されている。2022年に欧州委員会が提案した「欧州コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案(CSDDD)」は、企業が環境や人権への悪影響を特定し対処するためのルールを規定したものだ。今後は日本企業も国際的な動向に沿ってサプライチェーン上のリスクに対処しないと、グローバルなビジネスを行うことが困難になる。本セッションでは、改めて先進企業の取り組みに学び、その本質がどこにあるのかを探った。(井上美羽)

ファシリテーター
日比保史・イー・アール・エム日本 パートナー
パネリスト
岡山奈央・イー・アール・エム日本 マネージングコンサルタント
中村知弘・UCCジャパン サステナビリティ推進室 室長
吉川美奈子・アシックス エグゼクティブアドバイザー

日比氏

ファシリテーターを務めた、サステナビリティに特化したコンサルティングファーム、イー・アール・エム日本の日比保史氏は、初めに、2019年に起きた米国の大手テック企業に対する集団訴訟の事例を紹介した。原告は、コバルト鉱山のトンネルで死亡、または作業中にけがなどを負い、障がいが残った子どもたちの保護者で、リチウムイオン電池を使用した製品を世界中で販売するテック企業の、児童労働への加担を追及する内容だったという。日比氏はこのようなサプライチェーン上のリスクは、「自社の運営に大きな影響を与える可能性がある」と強調し、セッションのテーマの重要性を再確認して登壇者の話に入った。

中村氏

UCCの中村知弘氏は、コーヒー産業が気候変動によって深刻なリスクにさらされていると話す。特に、小規模農家はこの変化に最も脆弱(ぜいじゃく)であり、彼らが持続可能な経営を達成できない場合、産業全体が危機に瀕する。そうした認識から、同社は生産者に対して環境負荷の軽減や児童労働の禁止などに関するアンケートなどを行い、より詳細に情報を把握することで適切な対策を講じることができるようになったという。

具体的には、独自のチェック項目を設けた上でステークホルダーとの対話を深め、同社のスタッフが定期的に農園を訪れるのは難しい代わりに、パートナーである認証団体が3カ月ごとに直接指導を行なったり、情報を提供したりする仕組みを構築した。その結果、中村氏は、「農家は指導者を信頼し、非常に良いエンゲージメントのできるプログラムが組めている」と話し、遠隔のサプライヤーとの関係構築の方法をオーディエンスに示した。

吉川氏

アシックスの吉川美奈子氏は、シューズの製造・販売のサプライチェーンにおけるCO2排出の実態を、「石油由来の材料を使用しているため、材料調達から生産工程までにおいて7割ものCO2が排出される」と説明。製品のカーボンフットプリントを表示し、CO2の削減を目指しながらも、機能性を損なわないよう、サプライヤーと共に「次の価値創造に向けた協働に力を入れている」と強調した。

同社はそうした取り組みの上で、2023年、CO2排出量が世界最少のスニーカーの開発に成功した。一般的にスニーカーのCO2排出量は約8キログラムだが、アシックスは通常50あるシューズのパーツを半分にすることなどで1.95キログラムに抑えた。1.95という数字を担保するためにサプライヤーにも、材料や製造工程、使用電力のタイミングなど、これまで確認してこなかった細かい部分までチェックすることで「非常に透明性の高い関係性ができた」という。

岡山氏

2社のような先進的な取り組みをしている企業もある一方で、起こりうるリスクに対処するために、何から始めればよいか分からない企業も多いだろう。そのような企業に対する「アプローチの事例」として、イー・アール・エム日本の岡山奈央氏は、同社がグローバルのさまざまな業界の企業に対して展開する、AIを活用した評価ツールを紹介した。

それによると、ツールの特徴は「欧州を中心とするESGの専門家による考察を反映させ、レピュテーションやマネジメントの観点から包括的かつスピーディーにリスク評価を行う」点にある。岡山氏は北米のIT企業にツールを提供した事例などを通して「大切なのはたくさんのサプライヤーと共に考え、一緒に取り組んでいこうとする姿勢だ」などと話した。

ファシリテーターの日比氏は、「今日の話の共通点は、サプライヤーとの関わり、広い意味でのステークホルダーとの一体感をどう形づくっていくかだと感じた。持続可能なサプライチェーンを構築していく上ではリスク対応だけでなく、新たな価値をともに生み出していく視点が重要だ」と伝え、セッションを終えた。

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