『不死身ラヴァーズ』松居大悟監督 初期衝動みたいなものを見つめ直したかった【Director’s Interview Vol.403】

松居大悟監督の最新作『不死身ラヴァーズ』は、漫画家・高木ユーナの同名コミックの映画化。初めて原作と出逢った時からずっと主人公の二人に強く惹かれていたという松居監督は、10年以上前に一度映画化を試みるも、残念ながら企画は頓挫。それでも諦めきれずに企画を復活させ、今回ついにその願いを叶えることが出来た。「この10年で積み上げてきたものをすべて捨てて挑みました」と言う松居監督は、いかなる思いで本作に向き合ったのか。話を伺った。

『不死身ラヴァーズ』あらすじ

長谷部りのは、幼い頃に“運命の相手”甲野じゅんに出逢い、忘れられないでいた。中学生になったりの(見上愛)は、遂にじゅん(佐藤寛太)と再会する。後輩で陸上選手の彼に「好き」と想いをぶつけ続け、やっと両思いになった。でも、その瞬間、彼は消えてしまった。まるでこの世の中に存在しなかったように、誰もじゅんのことを覚えていないという。だけど、高校の軽音学部の先輩として、車椅子に乗った男性として、バイト先の店主として、甲野じゅんは別人になって何度も彼女の前に現れた。その度に、りのは恋に落ち、全力で想いを伝えていく。どこまでもまっすぐなりの「好き」が起こす奇跡の結末とは――。

10年前は通らなかった企画


Q:10年前に頓挫した企画を復活させたとのことですが、今回はなぜ映画化出来たのでしょうか。

松居:『アフロ田中』(12)でデビューした後、自分がやりたいものを色々と企画開発し提案していて、この作品は最初にやりたいと思った企画でした。当時はお金が集まらずに断念したのですが、自分がまだ新人だったこともあり、脚本の内容に対してキャストが集まらないことも大きかった。その後自分も成長して中堅となり、ある程度自分のやりたいことをやれる立場になれたのかなと。もちろん見上愛さんと佐藤寛太くんとの出会いも大きいですが、もし10年前に二人に出会えていたとしても、これを作ることが出来たかどうかは分かりません。

Q:これまで色んなプロデューサーに「『不死身ラヴァーズ』どうですか?」と提案していたものの、なかなか実現することはなかったそうですね。

松居:そうですね。最近ようやく「どうやら松居は恋愛モノも撮るらしい」と認識されてきたのですが、最初の頃は「青春や学生といった“10代を撮る人”」というイメージが強かった。また、単純に興行として勝ち筋が見当たらなかったのでしょうね。

Q:松居監督に撮ってほしいジャンルのイメージが、プロデューサーたちの中で固定されていたと。

松居:そう、僕はそれがずっとコメディだったんです。デビューしてしばらくはコメディが続きましたね。

『不死身ラヴァーズ』©2024不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

Q:今回企画を復活させるにあたり、今では古くなった表現をアップデートされたとのことですが、具体的にどんなところを変更されたのでしょうか。

松居:主人公の男女の設定を原作と入れ替えました。見上愛さんに主役をやって欲しいという大きな理由に加えて、男が「好きだ!」と何度もめげずに追いかけていくことは、今の時代にあまり合っていない気がしたんです。「好きなことが正義」という原作の疾走感とまぶしさはあったのですが、誰かと誰かが恋に落ちて両思いになることのみを正解としているわけではない。一人で生きていく幸せだって絶対にあるし、契約関係を結ばなくても良い。もちろん相手が異性じゃなくても良い。色々と多様化している今だからこそ、そこに対しての風通しの良さのようなものは意識しました。

Q:原作だと、青木柚さん演じる田中(りのの友人)はめちゃくちゃモテる役でしたね。

松居:原作では会うたびに彼女が変わっているイケメン田中というキャラクターでしたね。男女入れ替えることによって田中の役も女性にしようかと思いましたが、りのと田中が女性同士だと大事なことをすぐ話してしまうのではないかと。それで、大事なことはあまり明言しない腐れ縁の幼馴染で、まったく恋愛の匂いがしない役として、青木柚くんにお願いしました。

見上愛、表情の魅力


Q:見上愛さん、佐藤寛太さん、そして青木柚さんの関係が絶妙でしたが、バランスを重視された部分などあったのでしょうか。

松居:見上愛さんと佐藤寛太くんの二人が軸になっていますが、自分は二人とお仕事するのは初めてでした。今回は自分にとってちょっと遠くなってしまった題材にチャレンジすることもあり、その二人以外は、顔馴染みのメンバーにして安心しておきたかった。青木柚くん、前田敦子さんに神野三鈴さん、そして大学の友人たちなども信頼するメンバーにお声がけして、とにかく真ん中の二人を輝かせようと。そこは計算した上での布陣です。主役二人の芝居以外のことで悩みたくなかったのもありますね。

Q:オーディションの時には、見上さんの周りをグルグル回って本人の顔を色々とご覧になったそうですね。

松居:見上さんのお芝居を見てると、「横顔はどう見えるのだろう?」とか「ちょっと下から見たらどうなるんだろう」とか、この人の場合どういう表情をどこから見れば良いのだろうと気になったんです。全部が違って面白いし、もうちょっと見てみたい感じもある。見上さんの色んな芝居を見てみたいなと。気づいたら自然と椅子から立たされて、グルグル見させられた感じでした。

『不死身ラヴァーズ』©2024不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

Q:見上さんはクールビューティで美しいイメージがありましたが、この映画では表情が多彩で面白い顔もたくさんあって驚きました。

松居:そこがすごく魅力的で、自分も現場で驚きが大きかったです。このセリフならこういう芝居をするのかなと思うと、全然違う芝居をし始めて、それが見ていてワクワクする。そんなふうにして「りの」を追いかけるように撮っていた感じがあります。特に中学生の時のパートはどう撮ればよいか悩んだところもあったのですが、彼女のお芝居を見たら「ああ、こう撮れば良いんだ」と教えてもらった感じもありました。

漫画を映画にすること


Q:漫画は「画」があって完成されている分、映画化が難しいと話す監督が多い気がします。松居監督はいかがでしたか。

松居:いや、難しいですよ。ある意味、正解が提示されているし、それを再現することは不可能だし、再現するぐらいなら映画にする必要はない。漫画原作を映画化したことは本作以外に三つくらいしかありませんが、その全てが、漫画でしか出来ない表現をしていることに対して面白いと思ったもの。それを映画でしか出来ない表現に変換したいし、するべきだと思うものを映画化している感じです。

Q:今回は“疾走感”の表現が難しそうですね。

松居:そうなんです。原作だと心臓がバクバクし過ぎて体が飛び出ちゃって、地面でドクドクしているような表現が面白いのですが、それは実写では出来ませんからね。

Q:漫画をどう映像化していくかは、脚本の段階で考えるのでしょうか、それとも撮影段階で考えるのでしょうか。

松居:この漫画のこのビジュアルを実写化したいと思ってやったことはないので、漫画に流れるテーマやメッセージ、魂みたいなものに胸を打たれて、それをどう視覚化していくかという作業をしています。それを脚本で書くときもあるし、脚本を書きながら「これはどうやって撮ればいいんだろう?」と思って、撮影までにスタッフと相談して考えることもある。そう考えると両方ですね。

『不死身ラヴァーズ』©2024不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

Q:脚本に落とし込む際に大事にしたポイントなどはありましたか。

松居:原作は結構突飛な設定ですが、登場するのは今を生きる若者たち。演じてもらう上ではコスプレにならないようにと言いますか、画的に満足するものにはならないようにと考えていました。ただ疾走すれば良いということではなく、実写でやるのであれば、“迷ったり立ち止まったりしながらも走る”ということにした方が、走ることによりスピード感が出る。そういった人間の目線やため息、仕草などを含めて描こうとしていました。

Q:ビジュアルに落とし込むのが仕事だけれど、ビジュアルが先行してありつつも、そこに寄らないというのは難しいですね。

松居:そうですね。ビジュアルは寄らないけれど、原作が好きな人には絶対に応えるようにしたい。絵柄が好きな人はちょっと置いておいたとしても、原作の持つ魂やメッセージが好きな人たちに向けては作りたいですね。それでもやっぱり漫画の映画化は難しいですね。

初期衝動みたいなものを見つめ直したい


Q:「好きは無敵。諦めることなんてできなくて、この10年で積み上げてきたものをすべて捨てて挑みました」とコメントされていますが、演出的にも新たなことに挑戦するような感覚があったのでしょうか。

松居:『不死身ラヴァーズ』に流れるテーマやメッセージは、自分が10年前に素敵だなと思ったものですが、一方で自分はこの10年そこに向けて培ってくることが出来なかった。特に最近は、キャラクターの背景や画角の外の物語、何気ないドラマや心理描写など、いわゆるリアルな人間の生き方や息遣いみたいなものを考えてきました。『ちょっと思い出しただけ』(22)を作ったときに、どうやらこういう表現のほうが、自分の伝えたいことが届きやすそうだぞと。この延長線上でやっていき、リアル系のところを突き詰めていけば、もうちょっと遠くに行けて、もっと映画好きの人に届くのに、なぜこのタイミングで『不死身ラヴァーズ』のような作品をやるのか。若手が中堅になり、昔よりもやりたいことが出来るようになったのに、なぜ振り出しに戻るようなことをするのかと。

映画を作れる環境はとても有難いのですが、予算が増えたり、多くの人に届けることが出来たりすればするほど、最初の気持ちをどんどん忘れそうになっていく。傾向と対策を考え続けている自分にちょっとシラけてしまうというか…。日本映画でウケそうな感じで作って実際にウケて、それをより鋭敏にしていってキャストだけが豪華になっていく。何だかレールに乗っかっているようで、そこに怖さを感じたんです。そんなときに『不死身ラヴァーズ』という無骨でザラザラしているけれども、中にはキラキラしているものが詰まっているような作品をやることで、自分はまずそこを大事にしたいと思ったんです。初期衝動みたいなものを改めて見つめ直したいというのはありました。なんか怖かったんですよ。

『不死身ラヴァーズ』©2024不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

Q:以前、とある監督の方が「自分に求められるものが決まってきて、縮小再生産に陥っている気がする」と言っていた言葉を思い出しました。

松居:そうですね。ただその戦い方って多分みんな違っていて、今泉力哉監督のように同じことをやりつつも、ちゃんとキャストと規模をデカくしていく戦い方もある。皆それぞれ戦いながら、映画に消費されないようにしていると思います。「これがヒットしたので、次も同じ系統のもので、こういう原作でこのキャストで」と言われると、やってみたいとも思うし、出来るとも思うんだけど…。ただそれって、なんて言うんですかね…。

Q:『ちょっと思い出しただけ』がすごく良かっただけに、そこに対する皆の期待は確実にありますよね。

松居:そういう「リアルな恋愛モノで、こういう原作でやりませんか?」というお話は多くて、自分の中で面白いと思うものはもちろんやるのですが、自分の中でグッとこないとワクワクした仕事が出来ないなと。“映画作りが仕事になっていくのは嫌だな”ということはすごく考えていますね。

Q:この映画には『君が君で君だ』(18)のような疾走感があったり、カラオケシーンでは『くれなずめ』(21)のような空気もあったりと、松居監督の匂いのようなものを要所要所に感じます。でも一方で、どこか俯瞰で見ている感じもありました。

松居:それこそ『君が君で君だ』ぐらいまでは、登場人物と一緒に物語を駆け抜けるような感じで撮っていましたが伝わらない実感もあって、その後、登場人物たちと自分の年齢が離れてきて、30代半ば〜後半になってくると、一緒に駆け抜けるよりも俯瞰して撮る方が面白くなってきた。たぶん俯瞰して見つめるようになっていったんです。でもそうなったときに『不死身ラヴァーズ』という「一緒に疾走しようぜ!」みたいなタイプを一体どう撮ればいいのか?「俺、もう俯瞰しかしてないよ」って状態でしたから。まずは一度俯瞰を捨てて、恥ずかしいけれど中学生と一緒に走って「好きです!」っていうところから始めました。一方で大学パートの方は、設定は突飛ですが、そっちの方は俯瞰して見つめることができたと思います。そうやって両方の感覚が混ざったので、僕っぽくもあって、僕っぽくもないところがあったのかもしれません。

Q:2012年に監督デビューされて今年で12年目ですが、映画だけでもこれで15本目、その間にも舞台にドラマ、執筆活動と、ものすごい数のものを生み出して来ていますね。

松居:1本世の中にでると、その裏では多分3〜4本の企画が墓場にいっているんです。15本撮ったというよりも50本出来なかったという方が自分にとっては大きいかもしれません。『不死身ラヴァーズ』も元々はその一つでしたし、実現出来なかったことへの後悔や悔いもある。でも大体そういうのは規模が大きいものが多くて、撮れた15本はマンパワーでどうにかグイッとやってきたものばかり。もうちょっと大人になって、ちゃんと人の話を聞いて、折り合いを付けるところはつけて、こだわりを捨てていたら、もっと大きな規模で、もっと多くの人に届けられるものが出来たのかもしれません。まぁでも嘘はつきたくないですしね。

Q:松居ファンは裏切ってはいませんよね。全国のシネコンでかかるような映画を撮ったときに、松居監督っぽさがどうなるのかは気になります。

松居:壁ドンとかしてたらどうなるんだろうって、すごく興味はあります(笑)。でもどこか自分にしか出来ない表現は大事にしているつもりです。

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監督/共同脚本:松居大悟

1985年11月2日生まれ、福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰。12年、『アフロ田中』で長編映画初監督。枠に捉われない作風は国内外から評価が高く、活動は多岐に渡る。「バイプレイヤーズ」(TX)シリーズを手掛けるほか、J-WAVE「RICOH JUMP OVER」ではナビゲーターとして活躍、20年には自身初の小説「またね家族」を上梓。映画『ちょっと思い出しただけ』(22)は、男女のほろ苦い恋愛模様が多くの観客の共感と反響を呼び、大ヒットを記録。ファンタジア国際映画祭2022で部門最高賞となる批評家協会賞、第34回東京国際映画際にて観客賞とスペシャルメンションを受賞した。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『不死身ラヴァーズ』

5月10日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー

配給:ポニーキャニオン

©2024不死身ラヴァーズ」製作委員会 ©高木ユーナ/講談社

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