送別会で受けた性暴力。レイプドラッグ疑いも、警察官は半笑いで「記憶がないってありえるの?」


女性6人に睡眠導入剤を混ぜたドリンクを飲ませ、性的暴行を加えた罪などに問われた元経済産業省職員の男について、東京地裁は5月13日、懲役10年の実刑判決を言い渡した

いわゆる「デートレイプドラッグ」問題とも言われる同種事件を巡っては、事件当時の記憶をなくす「一過性前向健忘いっかせいぜんこうけんぼう)」によって被害当時の状況をうまく説明できなくなり、捜査機関に話を信用してもらえないケースが確認されている。

実際にこのような辛い経験をしたという30歳代の女性は、取材に「警察官は被害者の味方だと思っていた。同じ経験をした人がいるのであれば、自分を追い詰めないためにも信頼できる人に相談してほしい」と話した。

当時の記憶を失うことがある

長くなりますが、誰にも相談できなかった出来事を吐き出させてください

睡眠薬などを「デートレイプドラッグ」として悪用した性暴力に関する記事を配信し、情報提供を呼びかけていたところ、首都圏に住む女性からこんなメッセージが届いた。

悪意を持った人物に薬と酒を一緒に飲まされると、もしホテルに連れ込まれて性暴力を受けても、薬と酒の作用で当時の記憶を失うことがある。これは、一過性前向健忘という状態だ。

そうなると、意識を取り戻して警察に駆け込んでも、警察官に被害の内容を具体的に話せず、取り合ってくれないという問題が起きる。

女性は過去、同じような辛い経験をしたという。「デートレイプドラッグ」の怖さ。助けを求めた交番で起きたこと。そして、ほかの被害者に伝えたいこと。女性は勇気を振り絞り、語ってくれた。

女性から届いたメッセージ

「コンビニで酒を買ってうちで飲もう」

女性は山本祐子さん(仮名)。2015年、首都圏のインターネットカフェでアルバイトをしていた。採用されて2年。仕事に慣れ店長やアルバイトとの人間関係も良好だった。

仕事が終わると、同僚たちと飲みに行ったり、プライベートで遊んだりすることもあった。「仲の良かった職場で、まさかあんな目に遭うなんて」。山本さんは、そう振り返る。

9月のある日、当時20歳代のアルバイトの男が退職することになり、近くの居酒屋で送別会が開かれた。

この男は年下だったが、バイト歴が長かったことから山本さんが新人時代に教育係を務めてくれたことがあり、ほかの同僚と同様に仲は良かった。

男の送別会には大学生や主婦のアルバイトも参加し、にぎやかな雰囲気だった。職場のみんなで寄せ書きを渡すと、男はとても喜んだという。

送別会は3時間ほどでお開きとなったが、上機嫌になった男は「コンビニで酒を買って飲もう。うちに来て」とみんなに声をかけてきた。

全員帰るのも、なんとなく味気ない。終電の心配がない計5人が参加することになった。山本さんと店長もその中にいた。

男は実家暮らし。女性の参加者はほかにもいるし、店長も来る。だから山本さんは「むしろ安心」と思い、加わることにした。

コンビニで酒を買い、山本さんは缶のハイボールを飲み始めた。居酒屋ではハイボールを4杯飲んだだけ。一晩中ハイペースで飲み続けられるほど酒には強い。

だが、過去に一度だけ酔い潰れ、周囲に迷惑をかけた反省から、1種類のお酒しか飲まないようにしていた。どれだけ飲めば酔っ払うかも自分でわかっている。この日も途中で水を飲むようにしており、ほぼ“シラフ”の状態だった。

飲み始めて2時間がたった。トイレから部屋に戻ると、参加していたアルバイト女性が帰宅していた。「私も缶に残ったハイボールを飲み干したら帰ろう」。山本さんはハイボールの缶に口をつけた。

意識がスーッと遠のいた

それから数十分後、山本さんは異変を感じた。

「なんか頭がフワフワする」。頭に風船をつけられ、上空に上がっていくような感覚だった。酔っ払って気分が悪いわけではない。そのうち、意識がスーッと遠のいていった。

山本さんはベッドの上で意識を取り戻した。部屋は先ほどまで飲んでいた男の実家。時計は午前6時を示していた。店長らの姿はない。

アルコールによる気持ち悪さもない。しかし、自分の下半身に何か違和感を感じた。衣服が膝までおろされていた。

「え?どういうこと?」。あの男が隣で横たわっていた。起こして問い詰めると、寝ぼけながらこう言った。

「みんなが帰った後に『そういう雰囲気』になったから触ったけど、最後まではしてないよ」

男が何を言っているのか、全く理解できなかった。

山本さんは当時、婚約者と暮らしていた。婚約者以外の性交渉など、合意するはずがない。そもそも、トイレから戻ってハイボールに口をつけた後からの記憶がない。男の家を飛び出し、そのまま近くの産婦人科に駆け込んだ。

「事件に巻き込まれた」という感覚より、「もし、妊娠していたら……」という不安が大きく、男性医師に「避妊に失敗したので緊急避妊薬がほしい」と伝えた。

医師は憮然とした表情で、こう言った。「緊急避妊薬薬はリスクも副作用も大きい。この薬があるから大丈夫とは考えず、可能な限り気をつけないとだめだよ」ーー。

山本さんの目からたくさんの涙がこぼれ落ちた。「なんで私が怒られないといけないんだろう」

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警察官は半笑いでこう言った

山本さんがあまりに号泣したため、待合室で気持ちを落ち着かせることになった。すると、診察室にいた女性看護師が近づいてきた。

「もし、ここで言えないような怖い思いをしたのなら、警察に相談してみたほうがいいよ」

山本さんは看護師の顔を見た。「そうか。私って警察に行くような目にあったんだ」。初めて「警察」の2文字が頭に浮かんだ瞬間だった。

「そういえば、過去に不眠症で睡眠薬を服用していた時の感覚と一緒だったかもしれない」

山本さんは翌日、近所の交番に足を運んだ。出てきたのは50歳代くらいの男性警察官だった。

「怖い目に遭ったので、相談に来ました」。そう伝え、勇気を振り絞って経緯を説明した。

男の実家で送別会をしたこと。トイレから戻り、残りのハイボールに口をつけた後に意識がなくなったこと。ズボンと下着が脱がされていたこと。

「おそらく薬を飲まされたか何かです。記憶はあやふやなんですが……」

山本さんにとって、いまや警察が唯一の頼みの綱だった。家族や婚約者、友人には、とても相談できないと感じていた。しかし、警官は半笑いでこう言った。

「地震が起きたらさ、寝ていても起きるでしょ?薬をもられていたとして、何かされている時に一度も目が覚めない、記憶がないってありえるの?」

山本さんは言葉を失った。

「警察は困っている人の味方になってくれるんじゃないの?」「なんで説教してくるの?」「なんで笑ってるの」

警官はさらにたたみかけてきた。

「もし酒に薬を混ぜられていたとして、その空き缶は残ってんの?」「1日以上たったら尿検査で薬物反応は出ないから無駄だね」

「男の家に行ったならさ、少なからずあなたにも『OK』の意思があったんじゃないの?」「本当は男女の痴話喧嘩なんでしょ。相手をおとしめてやろうと思って来たんじゃないのか」

そのうち、落とし物をした、という人が交番に入ってきた。これ以上この空間にいたくない。山本さんは声を振り絞り、交番を後にした。

「やっぱりいいです。高い勉強代と思って気をつけます」

「『そういう仲なんだよ』って言ってたよ」

山本さんはそれから、2週間ほどふさぎ込んだ。はっきりと被害を覚えていない自分が悪い。安心し切っていた自分が悪い。そう自分を責め続けた。

この出来事を周囲に話すことも一切なかった。自分さえ我慢していたら大丈夫と思っていた。しかし、気になることがあった。

店長らはなぜ自分を置いて帰ったのか。山本さんはアルバイトを辞める時、男の家での2次会に参加していた別のアルバイトにそれとなく聞いた。すると、思いがけない言葉が返ってきた。

「(加害者の男が)『今日で出勤が最後だから言えるけど、山本さんとはそういう仲なんだよ。山本さんの酔いが覚めたら俺が連れて帰るから、もう帰っていいよ』と言ってたよ」

全くのデタラメだった。他のメンバーも騙され、帰宅していた。睡眠薬についても思い出したことがあった。

男は以前、「前の彼女が睡眠薬がないと眠れない人で、その子が忘れていった睡眠薬を眠れない時に飲んでいる」と話していた。

山本さんは、「警察にも事件当時のことを覚えてないという理由で話を聞いてもらえなかった。事件に遭ったかもしれないのに、原因が薬の可能性もあるのに、泣き寝入りするしかなかった」と語る。

交番に向かった時、薬とお酒が記憶を失わせる一過性前向健忘という症状があることを知らなかった。おそらく、交番にいた警察官も知らなかった。

だから山本さんは、何が起きたのかをうまく説明できなかった。記憶がないことへの負い目もあった。その様子を見た警察官は「ウソじゃないのか」と話を疑い、捜査に必要な証拠保全手続きを行わなかった。

こうして、山本さんを苦しめた男は、何の責任も問われないままとなった。

山本さんは当時、支援団体の存在を知らなかった。だからこそ、今悩んでいる人がいれば、こう伝えたいという。

「もし信頼できる人がいたら、相談してみてもいいかもしれない。なかなか性被害は言い出しづらいかもしれないけど、自分の気持ちが少しだけ楽になると思うし、何か解決策も出てくるかもしれない」

「私はずーっと1人で抱え込んでしまった。頼れる人が1人もいない環境はとてもストレスが溜まり、自分を追い詰める。支援団体もあるので、まずは自分のために動いてみてほしい」

(この記事は2022年12月27日にBuzzFeed Japan Newsで配信した記事で、一部編集しています。筆者は同じく相本啓太です)

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