16戦全勝リーグワン最強の野武士軍団 埼玉WKをどう止めるか、リーチマイケルが「ラスボス」と名指しした男

リーグ戦16戦全勝の埼玉WK、堀江翔太は今季限りで引退を表明している【写真:産経新聞社】

リーグワン・プレーオフ展望 BL東京ブラックアダーHC&リーチ主将単独インタビュー後編

好ゲームが続いたジャパン・ラグビー・リーグワンは、クライマックスとなる上位4チームによるプレーオフが今週末の5月18日から幕を開ける(決勝26日)。東芝ブレイブルーパス東京のトッド・ブラックアダー・ヘッドコーチ(HC)、リーチマイケル主将の単独インタビュー後編は、プレーオフをいかに戦い、リーグ戦を唯一の全勝で突破した埼玉ワイルドナイツにどう挑むのかを聞いた。(取材・文=吉田 宏)

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世界のトップ選手も大量流入して鎬を削った最強リーグが佳境を迎えようとしている。 プレーオフ準決勝のカードは埼玉ワイルドナイツ―横浜キヤノンイーグルス(18日、東京・秩父宮)、東芝ブレイブルーパス東京―東京サントリーサンゴリアス(19日、同)。昨季のプレーオフでは、決勝でリーグ2位だったクボタスピアーズ船橋・東京ベイが、同1位の埼玉WKを倒す番狂わせで初の全国制覇を達成したように、一発勝負のトーナメントだからこそ番狂わせも不思議ではない。BL東京のリーチ・マイケル主将は、2位からの王座獲りを賭けたノックアウトトーナメントへの思いを、静かにこう語った。

「プレーオフへ向けて大事なことは2つ。ディシプリンのところの修正と、BL東京のラグビーをやり切ることです。あとはプレッシャーに対しての考え方だったり、事前に準備出来ることは全部したいなと思います」

まず、トップ4チームの成績を紹介しておこう。リーグ戦16試合の基本的な数値を見比べると、埼玉WKの強さが浮かび上がる。

勝点 勝 分 負 得点(T) 失点 反則
1位埼玉WK 75 16 0 0 747(106) 275 137
2位BL東京 65 14 1 1 554(81) 373 172
3位東京SG 50 10 1 5 584(83) 425 148
4位横浜E 49 10 0 6 518(75) 446 143

得点、失点、トライ数など多くの項目で、埼玉WKが1位に立つ。得点700点台、失点200点台はともに唯一で、得失点差472も、2位BL東京にほぼ100点差をつける。反則数だけが、静岡ブルーレヴズの134に次ぐ2位という圧倒的な数字を叩き出す。

昨季もレギュラーシーズンは1位だったものの、失点こそ唯一の200点台ながら、得点はリーグ3位、反則数も2位と数値上は若干の陰りがあった。だが、今季の数字は群を抜いている。伝統の強固な防御に加えて、ボールを奪い返してのカウンター攻撃は、昨季まで以上のスピードと厚みのあるサポートを見せ、得点力をも増幅させる。チームの昨シーズン比でも、得点で1.4倍増、失点がほぼ横ばいで、反則数は2割下げている。そして4強進出チームとの今季対戦成績では、下記のようなスコアを残す。

vs 横浜E(1) 53-12
vs 横浜E(2) 43-14
vs 東京SG 24-20
vs BL東京 36-24

東京SG戦は後半の立ち上がりでリードを許すなど苦戦は強いられたが、それでも後半6分のCTB中村亮土のトライ(ゴール)以降は、相手の反撃を許さずゲームを支配した。BL東京は中心選手のリーチ主将を欠く布陣で4点差に迫ったというポジティブな要素もあったが、当事者のリーチはこの敗戦に課題を感じている。

「あの試合、課題は規律でした。埼玉WKがディフェンスですごくペナルティーが少なくて、ウチは滅茶苦茶多かった。そこを見直していかないといけないと思います。ノットロールアウェー、ハンド、オフサイド……そこらへんを直さないといけない。BL東京はリーグでも反則が多い(12位中ワースト5位)。そこがいちばん減らさないといけない部分」

実はこの直接対決での反則数は、埼玉WKの14に対してBL東京15とほぼ同数だった。一見するとリーチの言葉は「?」がつくのだが、実際に相手の反則をどう有効に生かしたかを見てみると、その様相は大きく変わって来る。

8日のプレーオフカンファレンスで熱弁を振るうリーチ【写真:吉田宏】

ブラックアダーHCとリーチ主将が見る常勝軍団・埼玉WKの強さ

前半の反則数はBL東京の8に対して埼玉WK7。その中で、BL東京が相手の反則からスコアに繋げたのは1PGのみだったが、埼玉WKは1トライ、4PGと全てのスコアに繋げている。後半は共にPKからのアタックをトライに結び付けているのだが、BL東京が7度のPKのうち2回をトライにしているのに対して、勝者は同じ7回中3回インゴールをこじ開けている。

そして、リーチが語った「ディフェンスでペナルティーが少ない」という指摘は、お互いのチームがどのエリアで反則を犯したかが影響している。

こちらも前半を見てみると、BL東京が自陣10mライン内で6度反則を犯しているのに対して、埼玉WKは同じ自陣10m内では2度のみと大きな差が生じている。勝者は、防御の局面が多い自陣ではスコアに直結する反則をせず、相手の反則に乗じてスコアに結び付けている。リーチが指摘する「規律」の本質は、チャンスを得点にする「実行力」と考えていいだろう。反則数については、リーグ戦全般を見てもBL東京の1試合平均10.75回は12チーム中8位と悪く、埼玉WKは8.56回(2位)と圧倒的に差をつけられている。ここもノックアウトトーナメントで雌雄を分ける要素に成り兼ねない。

では、ブラックアダーHCは常勝軍団・埼玉WKの強さをどう見ているのだろうか。最初にお断りしておきたいのは、リーチ主将も含めてだが、チームがフォーカスしているのはあくまでも東京SGとの準決勝だ。決勝戦、そして埼玉WKへの対策は、あくまでも「対戦が実現したら」という前提のもとに語ってもらったことだと理解していただきたい。このような基本的なスタンスもあり、指揮官は「あまり全部はお話しできない」という断りをしながら、3月の直接対戦をこう振り返る。

「自分たちのことを、かなり学べた試合だったと思います。戦術的に自分たちを分析して、もしあの試合で勝てるなら、どういうことをやらなければいけなかったかということを考えています。埼玉WKと戦う時は、プレーをし過ぎてしまうと、やはりそこに付け込まれてしまいます」

すこし遠巻きな言い回しをしていたが、「プレーをし過ぎない」という表現で象徴的だったプレーは、前半28分の埼玉WKがPGで3点を奪うまでに至るシーンだ。埼玉陣10mライン付近でのPKから仕掛けたBL東京だったが、相手の分厚い防御に自陣10mライン付近まで押し戻されながらの攻撃となり、最後は埼玉WK主将のHO坂手淳史の厳しいタックルに反則を犯して、そのままPGによる3点を奪われてしまった。

BL東京がチャンスを生かし切れない痛恨のシーンは、直後の前半34分にも見られた。17次攻撃で敵陣ゴール前まで攻め込みながら、埼玉WKに反則を犯すことなく守り続けられ、最後は自分たちのハンドリングエラーで攻撃権を失っている。強豪相手に攻める意識を失わないBL東京の姿勢は評価できても、防御を崩せない我慢比べのような状況が続く中で、どんなプレーの選択肢を持って戦うかというゲームプランの柔軟さ、そしてピッチに立つ15人の戦術の共有などでは大きな課題になったはずだ。

リーグ戦の直接対戦での反省点、課題は、決勝で再戦するときのゲームプラン、戦い方に直結するものだ。HCの言葉にも重なることだが、リーチは、自身が欠場する中で惜敗した埼玉WK戦を踏まえて、自分たちがいかに戦うべきかについて言及している。

「埼玉WKはすごくディフェンスが上手いチームなので、あまりアタックし過ぎないことが大事ですね。エリアマネジメント、あとはディフェンス、アタックのトランジション(切り替え)、そこはマストで気を付けないといけない」

相手のミスに乗じて一気に攻撃を仕掛けてくる相手に、どう素早く、適確に対応できるのか。その意識を全員が共有できるかが、埼玉WKと渡り合うためのキーポイントになるだろう。第9節の苦杯から東芝がどこまで学びをパフォーマンスに繋げるかが勝負だが、リーチは前向きだ。

「良くなっているのは、アタックの理解度。1人ひとりが高くなっているし、後は若い選手が段階的に公式戦にも出てきて、ゲーム感覚を掴んでいる。誰がいなくなっても他の選手がカバー出来るチームになってきています。モウンガがいないときの10番、僕がいないときの8番とかもそうですね」

リーチ自身が負傷で欠場した6試合もだが、モウンガが家族の不幸でニュージーランドに一時帰国するなど欠場した3試合でも、神戸Sとの40-40の引き分けや、三重H戦の1点差の辛勝(8-7)と苦戦を強いられている。「主力がいないから」とネガティブな解釈も出来る試合だったが、リーチ自身はあわや敗戦という状況でもチームが負けなかったことに、選手層の充実や一貫性というチームの進化を掴みとっている。

10日の航海練習後に囲み取材に応じたリーチ、サントリーとの準決勝に集中して悲願の自身初タイトルに挑む【写真:吉田宏】

リーチが埼玉WKの「ラスボス」と名指しした選手「全部を見る、全部を管理する人」

埼玉WKの強さについて話を進めると、リーチはロビー・ディーンズ監督の名を挙げて言及している。

「いいHCだと思います。実は春に、クルセイダーズ主催によるリーダーシップの勉強会のようなプログラムがオンラインであって、参加したんです。そこでロビーさんも話をしていたが、本当にさすがだな、だから強いんだなと思いました。彼は、クラブを作る時に何を大事にするかということを話していましたが、すごく参考になりました。クルセイダーズというクラブを最初に作った時から、ずっとベースがしっかりしていることがわかったし、ロビーさんが常に人間ファーストでチーム作りをしてきたんだということも学べました」

クルセイダーズの母体となるカンタベリー(地域代表)はチーム結成が1879年という歴史を誇るが、現在スーパーラグビーに参戦するチームは、リーグが立ち上がった1996年にプロクラブとして誕生した。地域代表、そしてクラブ黎明期からチームを築き上げ、HCとしてスーパーラグビーで5度のタイトルを獲得したのがロビー・ディーンズだった。

実際にディーンズ監督を何度もインタビューをして感じるのは、具体的な戦術やチーム強化、試合の準備に影響するような選手名を挙げることはほとんどなく、話は選手にどうラグビーに向き合うことの意義を考えさせるかなど、チーム哲学のような話へと展開していくのがこの名将の特徴でもある。リーチも、ブラックアダーHCの恩師でもあるディーンズ監督の“講義”から、常勝チームを創り上げるための根源的な哲学を感じ取ったはずだ。

そして、ディーンズHCと同時にリーチ主将が宿敵の圧倒的な強さを支える存在として「ラスボス」と名指しした選手がいる。HO堀江翔太だ。

今季限りでの引退を表明して、リーグワンでのプレー時間では、チーム主将を務める坂手淳史と「折半」が多い堀江だが、チームにもたらすプラスの影響は、ピッチに立つ40分だけに止まらず「シーズンを通して」(リーチ)だと感じている。

「堀江さんって、常に喋っているし、勝ちたいという思いを持ち続け、そのために様々な努力をする。(ゲーム、チーム)全部を見る、全部を管理する人です。バックフィールドも、フロントローも、LOも。それにディフェンス、タックルなども全部考えて、プレー出来るのが堀江さん。相当ゲーム理解度が高いんです」

リーチの日本代表入りが2008年、堀江は2009年とほぼ同期に近い。そこから苦闘の時代も栄光の時も共に戦ってきた盟友であり、堀江の選手としての能力、人間としての奥深さを知るリーチだからこそ、尚更「ラスボス」がチームに及ぼす影響力も、対戦相手としての恐ろしさも知り尽くす。

「代表でも、コーチが詰めていない部分を全部、堀江さんが話を詰めて進めていく。本当に大きな存在です。同じことはパナでも起きているのは間違いない。だから強い」

決勝での対決が実現すれば、それは堀江の現役最後の試合になる。

「そうですね。すごく難しい。最後のゲームですから、もちろん埼玉WKは堀江さんを気持ちよく送り出したいだろうし。でも、僕らは先ず準決勝にフォーカスして、決勝に進んでから考えます。もちろん、相当リスペクトしている選手ですし、僕らは僕らで自分たちと向き合って、しっかりとした試合が出来ないといけないなと思います」

リーグ戦のスタッツを比較すると埼玉WKの優位性が明らかだが…

両チームのリーグ戦スタッツを比較すると、埼玉WKの優位性があからさまになる。

【埼玉WK】 【BL東京】
ボールキャリー 2117 1872
ゲインメーター 8870 8092
防 御 突 破 504 462
パ ス 回 数 2972 2611
タックル成功率 86% 84%
P G 成 功 率 95.7% 91.7%
スクラム成功率 81% 78%
ラインアウト成功率 88.9% 84.7%

圧倒的な実力で快進撃を続けてきた埼玉WKとどう戦い、倒すのか。プレーオフに進出した全てのチームを悩ませるテーマだが、リーチは持ち前の楽観的な視点も忘れない。

「対策を考えていかないといけないですね。けれど、本当に80分のことなので。1シーズンとかじゃなくて80分の戦い。そこに絞れば、考え易いかなと思います」

BL東京が最後に全国のタイトルを手にしたのは、前身の東芝ブレイブルーパス時代の2009年度まで遡る。11年に入団したリーチは、ここまでのラグビー人生で1度も「優勝」を手にしていないのだ。悲願のタイトルを掴むためにも、感銘を受けたディーンズHCの“講義”や、ラグビー観もプレースタイルも知り尽くす堀江翔太の存在を、どうBL東京フィフティーンに落とし込み、共通理解を築いて戦うのか。

「対戦が決まれば、そういう話はしていきたい。でも、ロビーさんや堀江さんがこう考えているというのじゃなく、僕自身はこう考えていると仲間全員にしっかりと伝えていきたい。ウチフォーカスです」

外側の対戦相手より内側を見つめ、「ウチ」である自分たちにどこまでフォーカスを当てて準備し、80分間を戦えるのか――。こんな姿勢を貫くことが出来れば、誰もが認める最強の野武士軍団と渡り合える可能性が見えてくる。

吉田 宏 / Hiroshi Yoshida

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