なぜ「赤ちゃんポスト」は日本で普及しなかったのか―― 北海道庁から“中止要請”後も「民間ポスト」をつづける女性に独自取材

(※写真はイメージです/PIXTA)

赤ちゃんポストが日本に誕生して17年――現在国内の病院に設置されている施設は、17年前に産声をあげた第1号である慈恵病院(熊本市)の「こうのとりのゆりかご」のみです(2024年4月26日現在)。この17年間で1、2施設の増減を繰り返したのち、日本ではついに普及しなかったのには「乳児の遺棄を助長する」「子どもの出自を知る権利を奪う」等、批判の声が絶えないことが理由の1つに挙げられます。本記事では、日本に赤ちゃんポストが普及しない「“真”の理由」に迫ります。

赤ちゃんポスト先進国のドイツでは、ピーク時に国内100ヵ所以上設置

赤ちゃんポストが日本に誕生して17年。現在アメリカ、スイス、インド、韓国など世界各国に設置されており、2000年代、世界に先駆け導入が進んだドイツではピーク時に100ヵ所以上あったといわれています。

ですが2009年、「子どもの出自を知る権利を守る」等の理由からドイツ政府の倫理審議会により赤ちゃんポストは廃止を勧告されました。

一方、日本では法律上赤ちゃんポストを運営することが可能ですが、普及していないのが現状です。

民間の赤ちゃんポスト…道庁、中止要請も

そんななか、医療体制や行政との連携をもたずして、民間の赤ちゃんポストをスタートしたのが非営利型団体「こどもSOSほっかいどう」です。(2022年5月10日開設)

同団体は3ヵ月前、北海道庁より「母子の生命や健康に甚大な影響を及ぼす危険性があった」として、未受診の匿名妊婦の相談や乳児の受け入れ、赤ちゃんポストに関する情報発信に対して“中止要請”を受けました。

窮地に陥るも、報道を見て「緊急下に匿名妊婦の受け入れを行う」連携医療機関として名乗りをあげた熊本市・慈恵病院のサポートを得て、現在も運営をつづけています。代表の坂本志麻さんに詳しいお話をお伺いました。

【独自取材】「赤ちゃんポストに国の許認可は不要」運営者の声

“中止要請”を受けた赤ちゃんポスト運営する非営利型団体「こどもSOSほっかいどう」代表・坂本志麻さんにお話を伺いました。

ーーまず、年間利用数を教えてください

2023年度は幼児~小学生を含み、年間43名の子どもを預かりました。相談件数は、開設以来延べ2,084件、月平均87件です。

ーー3ヵ月前に北海道庁より“中止要請”がありましたが、現在は非認可という形で運営をつづけているのですか?

まず、赤ちゃんポストという匿名支援は法令上、許認可が不要な活動形態になります。事前協議は一切なしに開設させていただきました。現在は北海道庁・行政など関係機関と協議中です。

ーー“中止要請”の具体的な内容は?

当施設のある北海道・当別町は都市から離れた、豊かな大自然が広がる場所にあるんですね。近くに小さな診療所はありますが、大学病院や高度専門医療が受けられるところはなく、そうした病院に救急搬送をするとなると30分~1時間ほどかかります。道庁から「搬送に時間がかかる」とのご指摘をいただきました。

また、「医療機関ではないため医療提供ができない」ことにご懸念いただきました。

ーー施設が提供しているサービスを教えてください

匿名の乳児を預かり、無償宿泊、必要な限りの休養・滞在、医療費サポートをしています。現在はまず病院で診察し、児童相談所と連携して、その子が暮らしていく場所が決まるまでお世話をします。赤ちゃんポストを卒業した子はその後、養護施設で育つか、養子縁組・里親制度を使って一般家庭で育つかどちらかになります。

もし匿名ではなく、身元が明かされている場合は実親さまのご希望の形で動きます。また、匿名出産の受け入れや、匿名妊婦の相談・サポートも行っております。

左/赤ちゃんを預ける扉の前 右上/利用者が宿泊できる部屋 右下/子ども用のデスクとチェア

ーー匿名乳児だけでなく、匿名出産も受け入れているのですね。出産は帝王切開などではない正常分娩の場合には医療保険制度が適用されず、法律上、自然分娩は医療行為と区別されています。ですが、医療設備がない施設で受け入れることに不安はありませんか?

もちろん万全ではなかったと思います。ただ、未受診の妊婦さんに陣痛がきたときに、病院側の設備の空き状況、勤務体制のなかでは駆け込み出産に対応できず、受け入れ拒否に至るという事案は少なくないという現状も知っておいて欲しいです。

現在は熊本市の慈恵病院と連携しおり、慈恵病院内で内密出産をすることが可能です。

ーー内密出産に関する、医療体制の不十分は解決しているんですね。一方、「救急搬送に時間がかかる」という問題は解決していますか?

はい、解決しました。道庁が色々な立場の方々が横断的に協議できる場を設けてくださって、現在は救急搬送の体制が整っています。

具体的に、救急搬送が必要な際はすぐに看護師さんや保健士さんが駆けつけてくれて、適切なサポートをしながら道内の病院まで同伴してくださります。利用者にもし保険証がなくても、お金がなくても、診察が受けられるようになっています。

こうした医療従事者のサポートは、ご本人の同意があればです。ご本人の希望次第で出産前に病院で受診することも可能ですし、出産後に親子で受診することも、子どもだけ受診することも可能です。

ーーその場合、匿名で診察を受けることができるのですか?

はい。

ーー「匿名希望」という利用者のニーズを保持しつつ、医療サポート体制を短期間で整えられたのは劇的な改善といえますね

さまざまな方々のご協力の賜物です。感謝しかありません。

赤ちゃんポストが担う、もう1つの役割“内密出産”

ーー提携医療機関として手を挙げた国内で唯一、医療施設内で赤ちゃんポストを運営している熊本市の慈恵病院とはどのような形で提携していますか?

うちは全国から、さまざま事情を抱えた妊婦さんから連絡がきます。

まず1点目は、そうした未受診の妊婦さんから「陣痛がきた」という連絡をもらったときに、慈恵病院さんが受診できる医療機関を探して、つないでくださいます。

2点目は、先ほど申し上げたいわゆる内密出産の受け入れです。どうしても知られたくない事情を抱えた、匿名での出産を希望している妊婦さんの受け入れと、特別養子縁組支援を請け負ってくださってます。北海道から熊本市にある慈恵病院までの交通費も負担してくださいます。

ーーお話をお伺いしていると赤ちゃんポストの役割には、内密出産の支援が大きく含まれているんですね

そうですね。

知られざる“内密出産”の内情

ーーこれまでに内密出産を希望される方には、どのような事情がありましたか?

未成年でまだ学生のため、家族に言えないという方。貧困に苦しんでいる方。ホームレスの方。

その他、既婚者で不倫している方、性被害を受けた方、本当にさまざまです。

ーー特に印象に残っている利用者はいますか?

私にとっては、もう1人1人がすごく印象に残っています。ずっと現場に立ってきましたが、どのお母さんももう必死なのね、必死なんです。1人で自宅で出産して満身創痍のなか、虫の息で連絡してくれたり、急に陣痛が始まってしまい、手を震わせながらネットで検索して連絡してくれたり。

約2年前、私たちが赤ちゃん施設を開始したばかりの頃に北海道・千歳市で「コインロッカー事件」が発生しました。裁判公判で判明したのは、遺棄した女性は犯罪被害を受けて妊娠したという経緯があって……1人で出産後に、検索ワードに「赤ちゃんポスト」「北海道」を入れて出てこなかったということです。

私は、住んでいる都道府県と「赤ちゃんポスト」を検索して出てくる団体があれば、救える命があると思っているんです。

ーー赤ちゃんポストという名称は、不謹慎な印象を与えかねませんが、「必要としている人に存在を知ってもらう」という意味では有効に思えます

名称に抵抗感もたれる方がいるのも分かります。それも理解したうえで、誰もが分かる言葉、覚えやすい言葉で存在を伝える必要があります。実際にこれまで、日本語が苦手な海外の方、漢字が苦手な10代の方、貧困で社会の情報に触れる機会が少ない方からも連絡をいただいてます。

ーー赤ちゃんポスト自体への批判は、どのように受け止められていますか?

批判は私にとっては感謝なんだよね。「子どもを守るにはどうするべきか?」という関心を強く寄せてくださっているということですから。

私はポストに批判的な方には納得できる「子どもを守るサービス」を展開して、社会での選択肢を増やすっていうことを大いにやっていただきたいです。

たとえば100人困っている方がいて、99人は既存の制度で助かっているとしても、残り1パーセントにすら満たない層が1人で思い悩んで、事件を起こしてしまうケースがあります。その見過ごされている層にターゲットを絞って、非営利でやらせていただいてます。

「どんな事情があっても、子どもを手放すなんて無責任じゃないか」っていうご意見があるのは当たり前ですし、理解しています。でも1つだけお伝えしたいのは、今まで出会った利用者の方は全員、世界中の誰よりも、赤ちゃんのことを考えているということです。「子どもの幸せを願って手放す」という苦渋の決断をする方がいました。

左/こどもを抱っこしている「こどもSOSほっかいどう」代表・坂本志麻さん 右/施設内のプレイスペース

我が子でも「愛せない…」「抱きしめられない…」

ーー赤ちゃんポストを運営するうえで一番大切にされていることはなんですか?

一番大事なことは、赤ちゃんの誕生を祝福することだと思います。「生まれてきてくれて、私と出会ってくれてありがとう」というオーラを出すことかな。お母さんにも「赤ちゃんを産んでくれてありがとう」という思いが伝わるように関りたいと思っています。周囲から祝福されていないケースもありますので……。

お母さんのなかには、葛藤から赤ちゃんを表面上は愛せない状態になっちゃう方もいます。抱っこできなかったり、語りかけることがきなかったり、一刻も早く子どもと離別したいと思ってしまったり……。抱えている悲しみや苦しみがあまりに大き過ぎて「産まれてきてくれてありがとう」ってどうしても言えない方がいらっしゃいますね。

ーーそうした利用者に代わって祝福と感謝を赤ちゃんに伝えているんですね。3ヵ月前の“中止要請”以降、医療体制については大きく改善されたように見受けられます。現在北海道庁とはどういう関係ですか?

赤ちゃんポストの中止要請については正式にお断りしています。現在、道庁「子ども政策局」の方から平均して週1回程度、電話やメールでご連絡を頂戴しています。

施設運営の中止以外に関しては、ご指摘いただくことは100%ごもっともなことばかりなので、御指南いただくのは当然だと思っています。誠実に対応させていただいているつもりです。

医療体制が改善されても、行政が首を縦に振らないワケ

ーー医療体制が改善されても、行政が首を縦に振らないのはなぜだとお考えですか?

あのね、児童相談所の「運営指針」には「家庭調査をしなければならない」とあります。ここでいう家庭調査とはイコール実親探しのことです。

さらに戸籍法には「14日以内に出生届を出さなければならない」とあります。児童福祉法上では、赤ちゃんポストに預けられた、出生届が出されていない乳児は棄児(親が不明の子ども)として扱われ、要保護児童として実親を探さなければなりません。

いずれにせよ法律では棄児の実親探しが一貫して求められます。

ーーなるほど。赤ちゃんポストは違法ではないが「匿名で母子を受け入れる」という特性に、子どもの出自確保を国民に求める法律との矛盾点が生じるということですね

そういうことです。お伝えしたいのは行政の方は「子どもの命が危険にさらされないこと」を第一優先に考えたうえで、“中止要請”を出しているということです。「子どもの命を救いたい」という志は私たちと同じで、同じ熱量で向き合っていただいていると感じています。実際に、道庁は望まぬ妊娠に悩みや不安を抱えた方に向けて、24時間365日体制の無料相談窓口を新設してくださいました。

(出典:にんしんSOSほっかいどうサポートセンター|北海道庁

私は1人でも多くの子どもの命を救うために、赤ちゃんポストは全都道府県に必要だと思います。

赤ちゃんポストが普及するのに必要なこと

ーーどうすれば全都道府県に赤ちゃんポストを設置することが可能だと思いますか?

児童相談所との連携が肝になります。「子どもは地域の宝」なので各地域ごとに手を差し伸べられる体制を整えて、地域全体で子どもを見守り、安らかに育てるのが健全かつ合理的であり、持続可能な形ではないでしょうか。

実際にこれまで、望まぬ妊娠・出産の果てに「もう限界」「自分では育てられない」と追い込まれて連絡をくれた利用者のなかには赤ちゃんポスト、児童相談所、病院の3箇所から支援を受けて気持ちに変化があった方もいます。各施設のスタッフとやりとりを重ねるなかで、前向きに子育てを捉えられるようになったり、「子どもと一緒にいたい」と思えるようになったり、その結果、最終的には自分で育てることを決断したケースもいっぱいあるんです。

ーー「子どもを安心して手放せる体制」を整えることで、結果的に「子どもと一緒に生きる」という前向きな決断を後押しできるんですね。
最後に、読者に伝えたいことはありますか?

「必ず助けます」というメッセージを載せてもらえたらうれしいです。私たちはこれまで門を叩いてくれた方に対してお断りしたことは一度もありません。現在は医療機関とも児童相談所とも連携して、よりたくさんの選択肢を提案できるようになりました。1人で抱え込まないことが、親子の命と心を守るうえで大切です。

病院施設としてポストを運営するには年間約3,000万のコストが

赤ちゃんポストが普及しない理由の1つとしてコスト面が挙げられます。24時間体制で医療設備を整え、相談員、看護師、医師など人的リソースを十分に確保するには年間約3,000万円ほどかかるといわれています。

ですが今回坂本さんのお話をお伺いし、法律との矛盾点が見られることから国から公式に認めらないことも大きな理由の1つであることが分かりました。

「子どもの出自を確保する」ことに重点を置かれる法律との相反は、これまで赤ちゃんポストに対して繰り返し指摘されてきた「子どもの出自を知る権利を奪う」という点とつながります。こうした倫理的な問題は結論を出すのではなく、議論をつづけることに意義があります。「命」と「権利」、どちらを優先すべきかは決して便宜上のために結論づけてはなりません。

本記事は赤ちゃんポストの是非を問うものではなく、現状を知らせるために作成されたものです。子どもは社会全体で育むものであることを、私たち1人1人が自覚することが1人でも多くの子どもの命と心を守る、第一歩なのかもしれません。

THE GOLD ONLINE 編集部

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