「善人よりも意地が悪い人のほうが好き」【西條奈加さん最新作】60代の女子が大活躍する話題の時代小説『姥玉みっつ』

60代の幼友達3人が暮らす長屋に謎の少女が転がり込んできた! 婆3人が大活躍する痛快時代小説『姥玉(うばたま)みっつ』について、著者の西條奈加さんにお話を伺いました。

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『姥玉みっつ』
西條奈加著

50年前の幼友達が同じ長屋で暮らすことに。安穏とした余生を送ろうとしていたお麓(ろく)の閑居へ、能天気なお菅(すげ)、派手好きなお修(しゅう)が転がり込んできて、騒がしさも厄介も3倍に!

潮出版社 1760円

江戸時代も令和の今も高齢者のさびしさは同じ

現代の日本女性の平均寿命は約87歳。江戸時代は50代ともいわれているが、実際には長生きする人も少なくなかったようだ。作家の滝沢馬琴は82歳、浮世絵師の葛飾北斎は90歳で亡くなった。いずれも江戸後期の化政文化の立役者だ。そんな彼らと同時代を生きる60代の女子3人が、この物語の主人公だ。

なぜおばあさんを主役に?

「連載時の担当編集者さんが、私の書くおじいさんキャラを気に入ってくださったので、『今度はおばあさんでいこうか』くらいの軽い気持ち」と言う西條奈加さん。実は、ご自身も今年還暦。「10年前からヒールのある靴をはけなくなって、老いを感じ始めています」と笑うが、現代の60代と江戸時代の60代は、やはり違うのだろうか?

「60代って、子どもが所帯をもったり、仕事を辞めたり、なかには連れ合いを亡くしたり、いろんな“喪失”がある年齢ですよね。それでもまだまだ元気だし、誰かの役に立ちたい気持ちもある。そこは現代の女性と変わらないと思います」

だからこそ、3人の60代女子はリアルだ。気難しくて愛想のないお麓、度を越した世話好きのお菅、派手で若づくりなお修。年齢を重ねても、悟るわけでも穏やかになるわけでもない3人は、我々の周囲にも確かにいる。彼女らが暮らす長屋は、今でいうシェアハウス。「こんなふうに、幼なじみと暮らすのも楽しそうだ」と思わせてくれる。

そんな3人の日常に、突然現れた少女・お萩。口はきけないが、その姿には気品がある。この子はいったいどこの誰? そんなミステリー要素あり、痛快活劇要素あり、とめどないおしゃべり(漫才?)ありで、ページをめくる手が止まらない。直木賞を受賞した『心(うら)淋し川』は、長屋で暮らす人たちの哀しみと小さな幸せを描く切ない物語だったが、本作は痛快。

「私は会話部分を書くのが大好きです。女性が複数集まると、とにかくよくしゃべるじゃないですか。それなのにあとで『何話したっけ?』って、何も覚えていない(笑)。そんな空気を描くのが楽しいですね」

特にみんなで囲む朝食が明るく、楽しく、そしておいしそう。干し鱈と春菊のみそ汁、ふっくら炊き上がったご飯、ピリリと辛い蕪の葉の漬物……質素だが豊かな献立だ。

「当時はご飯を炊くのも大仕事だったので、江戸では朝1回だけ炊くのが普通だったそうです。炊きたてご飯を食べられるのが朝食なら、その時間は少し贅沢なものだったろうと思って、料理好きのお菅さんに気合を入れて作らせました」

善人よりも少し意地悪が好き。個性って欠点に出るから

時代小説作家として人気の西條さんだが、もともと時代小説にはあまり興味がなかった。それを変えたのが、宮部みゆき作品だった。

「時代小説イコール、剣で闘う男の物語と思い込んでいて、疲れそうだなって。でも宮部さんの時代小説は全然違って、ものすごく面白かった。時代小説マニアの友達にそれを話したら、え?こんなに?って思うほど貸してくれて(笑)。1年かけて片っ端から読みました」

その体験がデビュー作『金春屋ゴメス』を書くきっかけになった。

「江戸時代の町の仕組みや生活スタイルを知ると、新鮮で興味深いなぁって感じます。私は北海道出身なので、古い宿場町や城下町とは縁がなかったんです。東京で暮らし始めると、江戸時代の地名がそのまま残っている場所がたくさんあったり、『このへんには20年くらい前まで長屋があったんだよ』と聞いたり。江戸時代は切り離された過去ではなく、現代と地続きなんですよね」

原稿を書くとき、西條さんは江戸期後半の古地図を広げ、物語の主人公たちの生活を思い浮かべる。この道を歩くと、どんな風景が広がるのだろうか、と思いながら。

「私は文化・文政の時代(1800年代前半)が大好きなんです。飢饉もなく人々は豊か。文化が花開いた時代です。女の子も読み書きを習い、趣味も楽しんでいました」

しかしその少しあとには、天保の大飢饉や黒船襲来、明治維新の嵐が来ることを私たちは知っている。

「平和だから、市井の人たちの日常を描くことができる。働けば収入があり、文化を味わえるのは平和だからこそ。それは現代も同じ。それでも、物語に出てくるお萩ちゃんのようにつらい目にあう子もいます。それも今の時代と変わりません」

時代小説だからと構えず、軽い気持ちで読んでほしいと西條さん。

「私は善人よりも少し底意地が悪い人のほうが好きなんです(笑)。人の個性って欠点から出てくるものだと思うので、『こんな人、いるいる』って思いながら楽しんでください」

撮影/富本真之

PROFILE
西條奈加

さいじょう・なか●1964年北海道生まれ。
2005年『金春屋ゴメス』で日本ファンタジーノベル大賞、12年『涅槃の雪』で中山義秀文学賞、15年『まるまるの毬』で吉川英治文学新人賞、21年『心淋し川』で直木賞受賞。

※この記事は「ゆうゆう」2024年6月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

取材・文/神 素子

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