スカウト転身も…電撃復帰した元巨人ドラ1 練習相手は公園の壁、30歳の偽らざる本音

ミキハウス・桜井俊貴【写真:湯山慶祐】

社会人野球・ミキハウスで現役復帰を果たした桜井俊貴投手の今

京都駅から程近い閑静な住宅街から、車は三重方面の山道へと入っていく。一昨年まで巨人でプレーし、スカウトを務めた桜井俊貴投手は社会人野球の名門・ミキハウスで現役復帰をした。ハンドルを握る手はもう慣れたもの。往復3時間の運転。「景色を楽しみながら走っています。眠くもならないですよ」……曇りのない瞳が輝いていた。

2022年11月のこと。7年のプロ野球生活に終止符を打った。表情には明らかに未練が残っていた。まだやれる……。でもNPB球団から声はかからない。これが現実だった。実直な性格が評価され、球団からは職員の打診があった。心の優しい男。妻や生まれたばかりの長女のことを思うと、自分の欲望だけで続けるわけにはいかなかった。現役続行の思いを封印。ユニホームを脱ぎ、第二の人生をスタートさせることにした。

スカウトとしての日々は新鮮だった。2023年は高校、大学野球、そして社会人野球と見てまわった。しかし、社会人の夢の舞台、都市対抗野球を見ている時だった。気持ちの変化があった。

桜井は2015年ドラフト1位で巨人に入団。プロ4年目の2019年にプロ初勝利を挙げるなど8勝をマークし、リーグ優勝に貢献した。ローテーション入りをかけた2020年。新型コロナウイルスの感染拡大の影響でプロ野球は無観客に……。今でこそ観客動員は戻ってきたが、大歓声の中で投げることに飢えている自分がいた。

巨人時代に慣れ親しんだ東京ドームのマウンドに社会人選手が自社の職員から声援を受けている。「会社にかける思いというか、社員の皆さんの一体感が心に響くものがありました」。もう一度、興奮を味わいたくなった。人知れず、体を動かすことを始めた。

復帰戦は6回8安打4失点も最速149キロを計測

スカウト活動を一生懸命、行った。「家に帰るのが遅かったので、もう外は暗いですし、家で少しボールを触る程度しかできませんでした」。キャッチボールをするにも相手がいない。ある休日、自宅から行ける範囲にある公園で“壁当て”ができる所を見つけた。「もう、そういう所でやるしか自分の中では思いつかなかったんです」。壁を相手に投げるのは小学生以来だった。

半年以上もしっかりとボールは投げていなかった。肩も万全ではないため「本当に慎重にやっていました」と手探りの中での投球練習だった。狙いはボールを握った感触、放つ時の指先の感覚を呼び戻すこと。そこだけに重点を置いた。

ランニングをしていたある日のこと。川が目に留まると自然と手が地面に置いてある石に伸びていた。「いい感じの石があったので、水切りを遊び感覚でやっていました」と笑みを浮かべた。一呼吸置いて、「ちょっとでも、投げて安心感が欲しかったんです」。投手の本能を持つ男の偽らざる本音だった。

まだプレーを続けたい意向を知った出身の立命館大の知人からミキハウスを紹介され、双方の思いが合致。同社硬式野球部は先発、リリーフもできる即戦力の投手、それも柱となる選手が欲しかった。桜井は「やるからにはしっかりと投げられる状態、いい状態で入部することが自分にとってやるべきこと」とそれからはトレーニングのペースを上げて、感覚を取り戻して行った。

大学の先輩でもある西武・金子侑司外野手のオフの自主トレに、打撃投手をさせてもらい、思い切って球が投げることができた。同時に喜びを感じていた。チームに合流後も状態を上げ、4月5日のJABA四国大会の予選リーグ・明治安田生命戦で公式戦初登板初先発を果たした。6回8安打4失点も最速149キロを計測。打たれはしたが確かな一歩を踏み出した。

復帰ロードは決して楽な道のりではないだろう。自宅からミキハウスのグラウンドまでの道では「雨が降ったら、すごい川のように流れてきたりします。どこからこんな湧き出てくるの?と思うほど。あと、このあたりは鹿が飛び出してきたり……安全運転。気をつけていきます」。自分が信じた道を確実に進んでいく。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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