【漫画】もし“天然の電気”を売る仕事があったら? SNS漫画『あかりうるひと』が幻想的で美しい

海の上で暮らす少女のもとへやってきたのは“天然”の電気を売る人物。人工的ではない電気はどのようにして生まれるのか。少女は天然の電気をつかまえる漁へと同行することとなり……。2024年5月にXで投稿された漫画『あかりうるひと』は空想と現実が融解したかのような世界観が魅力の作品だ。

作者・サイトウマドさん(@saimatu3110)は現在、漫画雑誌『月刊コミックビーム』で『怪獣を解剖する』を連載している人物。そんなサイトウさんにとって、本作ははじめて創作した漫画なのだという。創作のきっかけ、本作に対する印象など、話を聞いた。(あんどうまこと)

ーー創作のきっかけを教えてください。

サイトウマド(以下、サイトウ):本作は私が初めて描いた創作漫画です。2015年に香川県へ移住したのですが、船舶免許を持っている友人が、ある日の夜に船に乗せてウミホタルをみせてくれたのです。

また、港などにあるガラス製の浮き玉を度々目にしていて「これはなんだろう」と思っていました。それらの体験をつなぎ合わせて、本作を創作しました。

ーー海の向こうに陸地がある景色は瀬戸内海ならではのものだと感じました。

サイトウ:下方の海にウミホタル、上空の星、水平にある遠い陸地の街の灯り……と様々な灯りに360度囲まれた感じだったんです。生物の光と天体の光、人工の光といった異なる種類の光が共存した風景で、いまでも印象に残っています。

当時から微生物や生態系にも興味があったので、ウミホタルと星、人工の灯りは別々のものではありますが、それぞれが1つの輪として循環しているようにも見えて……。そんな経験も本作につながっているのだと思います。

ーー本作を創作しながらどのようなことを考えた?

サイトウ:2011年の東日本大震災を思い出しました。当時は東京に住んでいたのですが、さまざまな影響から電力不足が話題にあがっており、計画停電もありました。電気によって光が灯ることも含め、当たり前のことが当たり前ではなくなることを振り返っていたと思います。

ーー本作はサイトウさんがはじめて創作した漫画と伺っています。本作はサイトウさんにとってどんな作品?

サイトウ:自分の原点です。現在『月刊コミックビーム』で連載している作品は本作とは異なる物語なのですが、どこか通じる部分があると思っており、自分の興味が向く方向は変わらないんだなと感じています。

「処女作には、その作家のすべてが詰まってる」とよく言われますが、本作を見返すなかで本当にその通りだと思いますね。

ーーサイトウさんの興味が向くものとは?

サイトウ:文化人類学や中学校レベルの理科ですね。また現実とは異なる世界で生きている人の暮らしを考えることも好きです。

ただ、私自身が伝えたいテーマは特になくて、自分が体験したことや見たもの、本、イメージした風景やアイデア、キャラクターなどからお話ができていくことが多いです。自分の外側からやってきたもので物語が出来上がっていく感じです。私は、その物語の持つテーマは何かを考え、それが伝わるように漫画する事なのだと思っています。

ーー漫画を描こうと思ったきっかけを教えてください。

サイトウ:こどもの頃から漫画が好きで、10代の頃は漫画家になりたいと思っていました。美術大学を目指したのですが、受験のためだけの絵を学ぶ過程で、描く事が楽しくなくなってゆきました。大学で現代美術を学んだ事もあって、絵を描くことと距離ができてゆき、最終的につくることへの自信を喪失してしまいました。卒業してから10年くらい一切創作をしていません。

転機となったのは香川県へ移住してから手に入れたiPadでした。デジタルツールを用いて絵を描くと、自分の身体と描線に距離ができる感覚があり、手癖などコンプレックスを気にせず絵が描けるようになったのです。すると絵を描くことが再び楽しいと思えるようになり、漫画も描けるようになりました。

ーーそれから商業作家として活動することに。

サイトウ:漫画を描きはじめたのは年齢的に遅くなってしまいましたが、インターネットがあったので自分の創作した漫画を人に見てもらう機会も広がり、いろんな縁もあり商業作家として活動することにもなりました。

10年ほど創作をしていなかった自分が、ひょんな事から漫画を描き始め、子どもの頃に憧れていた漫画家になれるとは……人生なにが起こるか本当にわかりません。いま創作をしていないと思っている人でも、なにかのキッカケで絵を描き始めるかもしれないし、音楽をつくり始めるかもしれない。あるいは、いまやっている事がすでにクリエイティブなのかもしれないな……と思います。

ーー今後の目標を教えてください。

サイトウ:漫画『怪獣を解剖する』を連載していきますが、怪獣はマニアな方も多く、最近とくに話題となっている題材なので少し怖い気持ちもあります。

でも、派手さはないかもしれませんが、私にしかできないやり方で頑張って描いていこうと思うので、いろんな人に読んでもらえたら嬉しいです。

(あんどうまこと)

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