陸上部のない中学で全国1位に たった1人で農道を駆けた離島ランナー、順大・川原琉人が夢見る箱根の山

スタートから飛び出し、憧れの国立競技場で先頭を走る順大・川原琉人【写真:中戸川知世】

陸上・関東インカレで輝いた選手たち 男子1部・5000メートル/順大・川原琉人(1年)

9日から4日間、行われた陸上の第103回関東学生競技対校選手権(関東インカレ)。2年ぶりに国立競技場で開催された熱戦を取材した「THE ANSWER」は文武両道で部活に励む選手や、怪我や困難を乗り越えた選手など、さまざまなストーリーを持つ学生を取り上げる。今回は男子1部・5000メートルに出場した順大・川原琉人(1年)。長崎の五島列島・福江島出身、中学時代は陸上部のない学校で3000メートル全国1位になった離島ランナーは、1年生ながら、40人で争われた決勝で留学生ランナーら箱根駅伝経験者の先輩たちを従えて果敢に逃げを打った。14分18秒09の29位だったが、箱根駅伝の5区山上りで活躍を夢見る。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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人口3万人の離島。陸上部のない中学、1人で練習した高校から巣立った大学1年生が、国立競技場の風を切った。

レース前、先輩に「1年生なんだから、暴れてこい」と背中を押され、川原は腹を決めた。「ガツンと行く」。留学生ランナーや箱根駅伝経験者らがズラリと揃う中、号砲とともに飛び出した。39人を引き連れて先頭に立ち、ペースを作る。会場の視線を那須紺のユニホームに集めた。

39人のランナーを従え、堂々と風を切る川原【写真:中戸川知世】

1000メートル付近で先頭を譲った。以降は集団に飲み込まれたが、必死に食い下がって力走した。結果は14分18秒09の29位。それでも、倒れ込んだゴール後に起き上がると「普段用も含めて4つ持っている」というメガネの奥の目は笑っていた。

「自分なりにできる限りのことをした。監督には『国立を楽しめ』と言われ、楽しめた。(引っ張ったのは)最初の1キロくらいで手応えはあまり感じていないけど、少し暴れるという意味ではちょっと自分なりのレースができたし、レース自体を動かすことができたのかな」

晴れやかな表情が春の日差しに照らされ、汗が光った。

仲間に檄を飛ばされ、「やる」と決めて逃げる勇気は立派。堂々の関東インカレデビューだったが、高校時代はアドバイスをくれる先輩もいない環境だった。

集団に飲み込まれても、必死に食い下がって力走する川原【写真:中戸川知世】

陸上部のない中学で全国1位に 高校はたった1人、近所の農道で練習

長崎の五島列島のひとつ、福江島出身。山梨学院大で箱根駅伝ランナーだった叔父に憧れ、小1で「陸上やる!」と言った。進学した中学に陸上部はなく、陸上経験者だった祖父・高弘さんの指導を受け、中3で3000メートル全国1位のタイムを出すまでに成長した。

一度は長崎本土の高校に進学したが、2年夏に福江島にある五島南に転校。陸上部は5人、長距離は川原だけ。指導者はおらず、練習メニューも自分で考える。午前5時半から朝練を始め、放課後はいったん帰宅して、近所の農道や土のグラウンドを一人、走り込む日々。フェリーなら3、4時間かかる距離を大会のたび、本土に渡る。

そんなハンデを乗り越え、2年の1月の全国都道府県駅伝で1区区間新。学校のOBらの寄付金を募り、出場にこぎつけた3年の8月インターハイ(北海道)は5000メートル決勝17位ながら、留学生ランナーを従え、魂を揺さぶる逃げで陸上ファンの心を鷲掴みにした。

「順天堂大学のモットーはトラックでもロードでも、やりたいことをやる。自分の競技経験から、一番合うと感じた」。OBの三浦龍司に憧れ、選んだのは箱根駅伝11度優勝の名門・順大。たった1人で練習するしかなかった川原には今、13人の同級生がいて、先輩たちと寮で共同生活を送る。

上下関係や集団練習も新鮮な体験の連続。「雰囲気がとても良くてやりやすい。一人でやっていたジョグもみんなでやることで意識が高まるし、負けられない気持ちもある。目指している先輩と一緒に練習して成長ができる」と活力に満ちた日々を過ごしている。

スタートで紹介され、順天堂の「J」のポーズを作る川原【写真:中戸川知世】

この日、印象的だったのはスタート前の選手紹介。

名前がコールされると、川原は順天堂の「J」のポーズを手で作り、スタンドの応援団に向かって深々と頭を下げた。

「一人でやってきた分、チームに対する想いが大切になる。応援してくださる順大の方々がいるし、中盤以降はこれ以上(順位を)落とさないと考えて走りました」

仲間のために走る。陸上の新たな楽しさを知った14分間だった。

走り切った川原は疲労感をのぞかせなが笑みも浮かべた【写真:中戸川知世】

宇多田ヒカルのコンサートよりも…一番見たい景色は箱根の山に

上京して2か月足らず。島では最寄りのコンビニまで10キロあったが、今は寮から200メートル足らずの距離にローソンがある。

「息抜きでちょっと何か食べたいと思ったらスイーツを買ったり。でも、商品を見るのが好きなので財布を持たずにふらっと店に行ったり(笑)」。東京に来てみると「電車の乗り換えが難しいと気付いた」と戸惑い、「やっぱり歩行者が多い」とギャップに驚く。まだ抜ける気配のない訛りは純朴そのもの。

これから行ってみたい場所は大好きなアーティスト・宇多田ヒカルのコンサートというが、一番見たい景色は箱根にある。

目標は箱根駅伝の5区山上りで活躍すること。島にある京ノ岳という山道を小1から走り込み、坂には自信がある。「田舎の山でずっと練習してきたので、山の強さはちょっと得意分野。そういうものを大舞台で十分に発揮できたら」と言い、高低差840メートルの本番を見据える。

「課題はスタミナ強化。5000メートルも1万メートルもまだスタミナが足りずに後半失速する。普段のジョグの練習量を少しずつ増やして距離に慣れていくこと。夏に合宿があるので、そこで一つ一つのポイント練習を逃がさないようにしていきたい」

大志を抱いて、やってきた川原琉人。島が恋しいか聞いても「まだ大丈夫」と笑う。吐く息も白い新春の箱根の山を、農道で鍛えた脚で駆ける夢を見ている。

THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara

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