ワタシは大丈夫だから…年金月6万円、87歳母の消え入りそうな声。年収440万円の58歳長男が涙ながらに決意した「最終手段」【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

誰もが直面する「親の介護」。そんな日が来ることが想像できず、「もし親に介護が必要になったら」の準備ができている人はどれほどいるでしょうか。実際に親の介護に直面したら……頑張りすぎて限界を迎えることも珍しくありません。そのようなときは、国の制度に頼ることも選択肢のひとつです。株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが具体的な事例を交えて解説します。

消え入りそうな声で「私は大丈夫だから」とつぶやく母…長男の決意

父親を早くに亡くし、女手ひとつで育てられたAさん(58歳)。仕事は地元の工場に勤務しながら、実家で母親(87歳)と2人で暮らしています。年収は440万円ほどで、独身・実家住まいということもあり、金銭的な不自由はありません。

Aさんの母親は、自分が息子の人生の選択肢を奪っているのではないかということを気にしており、ことあるごとに「ワタシは大丈夫だから。あんたは自分の好きに生きなさい」と口にするといいます。また「息子の負担にはなりたくない」と、月6万円の年金に加えて、清掃のパートで月10万円ほどの収入を得ていました。

Aさんは自分を女手ひとつで育ててくれた母親に心から感謝しており、人生の選択肢を奪われたなどとはみじんも思っていません。むしろ母親に万が一のことがあったとき、すぐに駆けつけられなかったら一生後悔するからと、母親には「自ら望んで実家に住んでいるから気にしないで」と言い聞かせていたそうです。

そんなある日、Aさんの母親が夜中トイレに向かう途中ろうかで転倒。大腿骨頸部を骨折し、介護が必要な状態となってしまいました。当然パートは辞めざるをえず、母親の収入は月6万円の年金収入のみとなりました。

それからというもの、仕事との両立に疲弊しながらも精一杯介護に励んでいたAさん。消え入りそうな声で「私は大丈夫だから」とつぶやく母親の弱々しい姿に、思わず涙があふれたそうです。

心身の疲労が限界に近づくなか「このままでは母親も自分も共倒れだ……」と感じたAさんは、定年まであと2年を残して「早期退職」を決意します。

翌日、工場長に退職の相談をしたところ「俺も親の介護で退職を悩んでいたとき、知り合いに相談したら色々教えてくれたおかげで辞めずに済んだ。その知り合いを紹介してやるから、一度考え直してくれないか」と言われたそうです。

そのような経緯から、Aさんはしぶしぶ工場長の知り合いだという筆者と会うことに。筆者のもとを訪れたAさんは、母親の介護と仕事の日々に疲弊しきっているようでした。

Aさんから経緯を聞いた筆者は、なによりもまず介護離職だけは考え直すように伝えました。

Aさんは「母親のためには離職して介護をしなければ」と思い詰めていましたが、介護離職は、母親とAさんどちらの人生も台無しにしてしまう大きなリスクがあるのです。

介護離職だけはやめておけ…筆者が必死に止めるワケ

介護離職には、大きく分けて次のようなリスクがあります。

①介護は「いつ終わるか」がわからないため、家計の破たんに直結する

②親は子どもに対して罪悪感を抱いて気持ちが沈む

③常時介護していると虐待の可能性が高まることがある

①介護は「いつ終わるか」がわからないため、家計の破たんに直結する

公益財団法人生命保険文化センター「2021(令和3)年度生命保険に関する全国実施調査」によると、介護期間は「4~10年未満」が31.5%(前回28.3%)と最も多く、平均は5年1ヵ月となっています。

しかし、同調査では「10年以上」の割合も17.6%と、介護期間が10年を超えて長期にわたるケースも珍しくありません。介護は「いつ終わるか」が不透明ななか、収入を失うというのはあまりにもリスクが高すぎます。

さらに、介護が終わってからいざ再就職しようとしても、よほど特別なスキルがない限りはうまくいかず、また就職できたとしても収入は大幅減となるケースがほとんどです。親の介護が終わったと思ったら自分の生活が成り立たない……介護離職がきっかけで、最終的に生活保護受給者となる人もいるのです。

②親は子どもに対して罪悪感を抱いて気持ちが沈む

Aさんの母親の口癖は「あんたは自分の好きに生きなさい」です。親のために介護離職を決意することは一見親孝行だと思うかもしれませんが、親からすると「自分のせいで申し訳ない」という気持ちに苛まれます。そのような状態で毎日24時間の介護をしていると、お互いの精神面に悪影響をおよぼしかねません。

③常時介護していると虐待の可能性が高まることがある

厚生労働省によると、家族や親族による被介護への虐待件数(16,669件)は、養介護施設従事者等による虐待件数(856)のおよそ20倍にものぼります。「親のために」と強い決意で介護をはじめても、長期間にわたり不慣れな家事や介護が続いた結果、心身ともにストレスが溜まり、虐待に走ってしまうケースは決して珍しくないのです。まずは1人で抱え込まずに、介護職との連携を図りながら無理のないペースで介護をすることが重要だといえるでしょう。

筆者の助言…介護離職をせずに生活を改善する方法

介護離職をしなくても済むように、この国には「介護保険」があります。

介護保険サービスは大きく3つに分けられます。

1つは「訪問サービス」です。自宅へ介護職や看護師、リハビリの専門職が来て入浴介助やリハビリなどさまざまなサービスを受けられます。

2つ目は「通所サービス」です。日中にデイサービスなどへ通って食事や入浴、リハビリなどのサービスを受けられます。その間、家族は自分の時間を過ごすことができます。

最後に、「入所サービス」です。こちらは自宅での生活が難しくなった人のためのもので、生活の拠点が自宅から介護施設へ移ります。お金に余裕がなく、介護度が重度となると特別養護老人ホームなど、年金の範囲で入居できる施設があり、日常生活に必要な介護(食事、排泄、入浴など)が受けられます。

これらをうまく活用することで、家族にかかる介護の負担は大きく軽減されます。

また、介護離職を選択せずとも、国の制度には介護休業制度があります。

「介護休業制度」とは

① 「介護休業」

介護休業とは、労働者が要介護状態(負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態)にある対象家族を介護するための休業です。対象家族1人につき3回まで、通算93日まで休業できます。

雇用保険の被保険者で一定の要件を満たす人は、介護休業期間中に休業開始時賃金日額の67%相当額の介護休業給付金が支給されます。

② 「介護休暇」

介護休暇は年5日まで取得可能です。1日または時間単位での取得ができるため、通院の付添いや介護サービスの手続代行の場合に利用でき、ケアマネジャーとの打合せなどにも活用できます。

③ 「短時間勤務等の措置」

事業者は「短時間勤務の制度」もしくは「フレックスタイムの制度」「介護費用の助成措置」など、その他これに準ずる制度を1つ以上導入しなければなりません。

短時間勤務等の措置については事業者ごとに違いますが、対象家族1人につき利用開始の日から連続する3年以上の期間で2回以上の利用が可能です。

④ 「所定外労働の制限(残業免除)」

所定外労働の制限(残業免除)は1回につき、1ヵ月以上1年以内の期間で利用でき、回数の制限はありません。事業主は申請があった場合、残業を免除しなければなりません。介護で残業ができない時は「所定外労働の制限(残業免除)」を利用しましょう。

ただし、事業の正常な運営を妨げる場合は、事業主は労働者からの請求を拒めます。

⑤ 「深夜業の制限」

介護が終了するまで深夜(午後10時から午前5時まで)の労働を制限することができます。利用できるのは1回につき、1ヵ月以上6ヵ月以内の期間で回数の制限はありません。介護で深夜に働けない時は「深夜業の制限」を利用しましょう。

Aさんは介護離職を思いとどまり、介護休業の申請を決断

筆者からこれらの助言を受けたAさんは、まずは介護休業制度の申請をすることに決め、感謝の言葉を残して帰っていきました。

介護離職の問題は、介護休業制度や介護保険サービスを利用することである程度解決できます。介護は急に起こるため、まずは慌てずに「どのようなサービスや制度があるのか」を知ることが大切です。1人で背負い込んで無理をする必要はありません。

最期の看取りの時期であれば介護期間も短く、悔いを残さないためにも介護離職という選択肢もありますが、介護が終わった後の自らの生活も考えておく必要があります。

困った時には地域包括支援センターや自治体の相談窓口で情報収集してみてはいかがでしょうか。

武田 拓也
株式会社FAMORE
代表取締役

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