スポンサー収入だけで「年間45億」… なぜ私たちは「大谷翔平がCMに出ている」商品を買ってしまうのか?

(※写真はイメージです/PIXTA)

今やその名前を知らない人はほとんどいない、日本中…いや全米も熱中するアスリート・大谷翔平。テレビやスマホのニュースを見ていても、街を歩いても、あちこちの広告でその顔を見かけます。本記事では内野宗治氏による新刊『大谷翔平の社会学』(扶桑社)から一部抜粋し、“大谷翔平が持つ消費行動への影響力”について論じます。

年間45億円のスポンサー収入

2023年3月、東京。約1400万人がマスクで顔を隠して暮らす異様な大都市に、日本で最も有名な「顔」が舞い降りた。大谷翔平、言わずと知れた野球界のスーパースターだ。

第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で「侍ジャパン」の中心選手となった大谷は、大会MVPに輝く大活躍で日本を熱狂の渦に包んだ。メディアは大谷の一挙手一投足を追いかけ、連日トップニュースで報じた。

テレビの報道番組はもちろん、ヤフー!ニュースのヘッドラインも、コンビニに並ぶスポーツ紙の一面も、野球ファンのツイッター(現・X)も大谷一色。JR渋谷駅には大谷がパートナーシップ契約を結ぶニューバランスの巨大広告が登場し、地下鉄車内や駅構内は大谷が出演するJALや化粧品メーカーコーセーのCM映像がひっきりなしに流れる。

どこに行っても大谷、大谷。まるでジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984』で描かれた「ビッグ・ブラザー」のごとく、街中の至るところに大谷の顔があり、そのクールだが優しげな眼差しでこちらを見ている……。

「史上最強の侍ジャパン」と称されたこのチームにおいて、大谷は別格の存在感を放っていた。メディアやファンは大谷を、まるで神のごとく絶対的な存在として崇めた。

もっとも、日本における大谷フィーバーは今に始まったものではない。高校時代から160㎞の剛速球を投げ、特大のホームランを連発していた大谷は、18歳で北海道日本ハムファイターズに入団してプロ野球選手になって以降、常に注目を集め続けてきた。

日本プロ野球機構(NPB)でプレーした5年間にはパシフィックリーグのMVPに輝く大活躍を見せ、23歳でアメリカに渡ると、メジャー1年目に新人王を獲得。そして4年目にはアメリカンリーグのMVPを受賞し、メジャーリーグ(MLB)全体で7年ぶりとなるコミッショナー特別表彰を受けた。

大谷の今日に至るまでの華々しいキャリアは、まさに生きる伝説として常に日本ではトップニュースとなってきた。

大手企業が、「大谷翔平」を広告塔に使うワケ

日本における大谷のプレゼンスは、もはやスポーツ選手の域をはるかに越えており、控えめに言って「日本最高のセレブリティ」になっている。このことは、大谷への破格のスポンサー料を見れば一目瞭然だ。

2023年3月にアメリカの経済誌『フォーブス』が発表した「世界で最も稼いでいるアスリート」ランキングによると、2023年の大谷の推定年収は約6500万ドル(当時のレートで約85億円)で、MLBの選手としてはトップだった。

その内訳は、約3000万ドル(約40億円)が選手としての年俸で、残りの3500万ドル(約45億円)がスポンサー料などフィールド外での収入となっていた。

MLBの選手として大谷に次いでスポンサー収入が多かったニューヨーク・ヤンキースの主砲、アーロン・ジャッジのスポンサー収入が450万ドル(約6億円)だから、大谷のスポンサー収入は文字通りケタ違いだ。

この背景には、大谷が「日本市場での圧倒的なプレゼンス」というアドバンテージを有していることがある。大谷への莫大なスポンサー料を支払っている企業の多くは日本企業であり、そして日本国内には大谷に匹敵するだけの人気や知名度を誇るアスリートはいない。

一方のジャッジの場合、たとえばバスケットボール(NBA)のレブロン・ジェームズら、他競技のスター選手が強力なライバルとして存在している。

ちなみに、このランキングで総合1位に輝いたサッカー選手、リオネル・メッシの推定年収は1億3000万ドルで、うち5500万ドルがスポンサー収入だった。

サッカーが(野球と違って)世界中でプレーされているスポーツであり、メッシが正真正銘のグローバルアイコンであることを考えると、大谷がほぼ日本とアメリカだけで、メッシの半額以上のスポンサー収入を得ている事実は驚きに値する。

ちなみに大谷のスポンサー収入は2024年には、さらに額が増えて5000万ドル(約72億円)に達するとみられている。

2023年1月、大谷とパートナーシップ契約を結んだニューバランスのチーフ・マーケティング・オフィサーのクリス・デービスはこう表現している。「日本での彼(大谷)は、まず第一に“culturalicon”(文化的アイコン)であり、第二に野球選手なのだ」

文化的アイコンである大谷に企業が莫大な投資をする理由は、それだけの経済的リターンを見込めると考えているからだ。

たとえばコーセーのスキンケアブランド「コスメデコルテ」は、WBC開催中の2023年3月に大谷を起用した広告を展開し、その翌日には百貨店での新規購入数が通常の3.6倍、公式オンラインブティックでの販売個数が通常の約20倍という数字を叩き出した。

コーセーが大谷にいくら支払っているのかは不明だが、すさまじい「大谷効果」と言えよう。

なぜ人々は、「大谷翔平が広告に出ている」商品を買うのか

では、なぜ人々は「大谷が広告に出ている」というだけで、それまでは買わなかった化粧品を買うのか?

単純に、話題性のある広告によって商品の認知度が上がり、それまで商品を知らなかった人たちにも知ってもらえた、ということもあるだろう。

しかしそれ以上に重要なのは、高度に情報化した現代社会において、もはや商品の「機能」で差別化を図ることは難しく、商品が持つブランドイメージや物語性こそが消費者心理に影響を与えるということだ。

たとえば化粧品なら「その製品にどんな成分が入っているか」という素人にはわかりにくく目に見えない情報よりも、洗練されたデザインのパッケージや百貨店における優雅な店構え、そして芸能人やアスリートを起用した広告などが消費者の購買意欲を刺激する。

消費者は、たとえ大谷が広告に登場したからといって製品の中身が変わらないことはわかっている。それでも買うのは、大谷翔平というアイコンに付随するイメージ、あるいはメッセージ性に魅せられているからだろう。

もっとも、そのイメージやメッセージ性というのは多くの場合、マスメディアによって半ば恣意的につくられたものであって、必ずしも大谷翔平という生身の人間に備わったものではない。

大半の人は大谷と話したこともなければ会ったこともないが、テレビやインターネットを通して「大谷翔平」のイメージを日々膨らませ、それを消費しているにすぎない。マスメディアは人々が期待する「大谷翔平」像を創出し、それに便乗した企業が人々の消費をあおる。

それこそが、スマートフォンの画面から街中のデジタルサイネージに至るまで、生活のありとあらゆるシーンを広告が支配する現代資本主義の姿だ。

いずれにしても大谷は、単なるトップアスリートにとどまらず日本最高のセレブリティ、さらには日本という国の文化的アイコンとして、日本人の生活や消費行動にまで影響を与える存在になっている。

内野 宗治

ライター

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