超低遅延映像伝送アプリ「Live Multi Studio」インタビュー。技術背景や今後の展望を聞く

TBSとWOWOWが2024年3月に公開した超低遅延映像伝送アプリ「Live Multi Studio」が話題だ。これまで、拠点間の映像を低遅延・高品質で伝送するというサービスはいくつか存在していたが、機材や費用の問題でなかなか手が出しづらかった。Live Multi Studio(以下、「LMS」)は、一般的なMacやiPhoneを使用して、誰でも簡単に接続が可能で超低遅延とあって、配信業界を中心に話題になっている。そこで同話題のサービスの技術や今後の展開について開発陣に話を聞くことができたので紹介しよう。

泉氏:Live Multi Studio誕生の経緯を教えてください。

WOWOW
馬詰氏:

経緯と致しましては、2014年よりWOWOWとTBSテレビの共同プロジェクトとして「Live Multi Viewing」(以下、「LMV」)と呼ばれる低遅延のマルチアングルの配信アプリを開発しました。そこから発展して、2019年よりTBSテレビと共同で独自のリモートプロダクションシステムの開発を継続しました。その開発を行っていく中で双方向型超低遅延プロトコル「LMS」が誕生しました。

左奥より。TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術設計部 藤本剛氏、WOWOW 技術センター R&Dユニット 馬詰真実氏、TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術設計部 永山知実氏

TBSテレビ
永山氏:

LMSは、リモートプロダクションを低コストに実現したいという強い思いからスタートしました。私達は現地のスタッフを最低限に抑えて、カメラ、スイッチング、リプレイ、テロップの操作は全て拠点スタジオからという制作手法に積極的に取り組んでいます。その実現には、超低遅延での映像・音声・制御信号の伝送は必須でした。
また、映像の品質を担保することも大事なポイントです。回線は一般的なインターネットを利用しているのですが、ネットワークに詳しくない方も使いやすいようにUIにもこだわったソフトウェアになっています。

iOSアプリのイメージ

泉氏:これほどの機能を無償で公開した理由はなぜでしょうか。

馬詰氏:

まずは多くの方に知っていただきたいという思いから、全機能を無償で公開しました。他の映像制作に携わっている方々に使ってもらってフィードバックを頂き、サービスをよりよくしていきたいと考えています。

泉氏:無償公開することで、競合テレビ局などが使用することに抵抗などを感じることはありませんか?

TBSテレビ
藤本氏:

むしろ積極的に使用して欲しいと思っています。他局さんからも多数の問い合わせをいただいています。垣根を感じてほしくないという思いのほうが強いです。

泉氏:今回開発されたLive Multi Studioは、SRTやWebRTCのエンコード、デコードの部分を簡単に導入できる印象がありました。そのあたりは意識して考慮された感じですか?

藤本氏:

WebRTCとSRTには、どちらもメリットとデメリットありまして、いいところ取りをしたいという思いがありました。しかし、映像伝送には両方の良さを兼ね備えた技術は見当たりませんでした。そんなときに自分たちの部署で設計・開発が可能でしたので、独自開発してみようということになりました。
その当時、僕らの会社はコンテンツ制作の企業であり、ツールを作るということにあまり馴染みはありませんでした。「本当にできるの?」みたいなざわつきが起きましたが、製品化まで実現することができました。

泉氏:LMSはどのようにして簡単接続を実現しているのか、そのあたりの技術的な背景を聞かせてください。

藤本氏:

WebRTCに少し似ています。WebRTCの場合、STUNと呼ばれる経路確保のためのサーバーがありますが、それと似たようなサーバーがLMSにもあります。なので、直接私達が用意したサーバー経由で本線から通ってるわけではありません。きっかけを作ってくれるサーバーがクラウド上にあり、映像や音声は端末同士が直接データを送受信します。

泉氏:アップルのiOSやmacOS対応版を公開していますが、今後、AndroidやWindowsへの対応予定はありますか?

藤本氏:

Android版は、過去にはLMVのアプリで実装経験があります。しかし、対応しなければいけない項目がかなりありまして、幅広い機種を用意してテストしなければいけませんでした。LMSでは、現時点では対応予定はありません。ただし、今後、メジャーな機種のみ対応など、機種限定ならば可能性はゼロではありません。
Windowsも、似たような状況にあります。デバイスの固有の機能にアクセスしていますので、互換性がありません。対応は見合わせているのですけれども、Androidよりは対応する可能性が高いです。

泉氏:Mac版アプリの「Player」グループにあります「Make Fast」の機能は、現時点で開放されていますか?また、どのような機能なのでしょうか?

藤本氏:

Make Fastは、現在使える状態にあります。この機能は、再送要求バッファに応じた複数の受信パターンがつくれる機能です。新しい概念の機能なのですが、なかなか理解してもらえなくて反省しています。LMSを使っていくうちに、この機能は必須と思っていただける機能です。今後は有料版で使えるようになる予定です。

馬詰氏:

Make FastのMulti Latency機能はLMSの特徴の1つであり、特許を取得している技術になります。この機能をオンにすると、受信のパターンを複数作れます。例えば極力低遅延を実現したければ、Delayは「0」の設定にすることで、少し安定性には欠けるけれども最短遅延で伝送が可能になります。Delayを500msほどに設定すると、安定性を重視した受信パターンを作ることができるようになります。
カメラマンがオペレーション用に利用する際は、最短遅延に設定するとよいでしょう。配信する本線用の映像伝送には、遅延を入れて安定性を高めた設定がお勧めです。そして、この超低遅延映像と安定した本線映像の伝送を、一本分の伝送帯域のみで実現できるのが、最大のポイントです。

Delay 1000msで安定させた本線映像(上)と操作用の超低遅延映像(下)の違い

泉氏:今後の有料化の際に、決まっていることがありましたら教えてください。

永山氏:

アプリの公式ページ上には、今夏に新たなプランを開始予定、と掲載しています。

永山氏:

今後、有料化の予定ではありますが、お試しとして使っていただける無償プランは、現状よりは機能を制限しつつも、継続予定です。そこは、ご安心していただければと思います。

泉氏:料金形態は年間なのか月単位なのかが気になります。

馬詰氏:

その辺りも検討中です。期間が短い方が使っていただきやすい方々が多いのではないかと思っています。その一方で、年間契約のほうがいいという方もいらっしゃるのかもしれません。そのあたりは、是非ユーザーの方々にご意見を伺って決めていきたいなと思っております。

泉氏:ライセンスは端末ごとに必要なのか?そのあたりも気になります。

永山氏:

端末ごとではなく、付与されたライセンスIDを各端末・アプリケーションで自由にご利用いただけます。また、今後クラウドで全部完結するようなサービスも開発を予定していますので、ご期待ください。

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