「胸が詰まって何も言えなかった」早期離職した部下と10年ぶり再会 新米上司時代の苦い経験こそ「成長の糧」

上司の言葉がけひとつで、モチベーションが高まった経験はありませんか?

実際のエピソードや感動的なエピソードを取り上げ、人材育成支援FeelWorks代表の前川孝雄さんが「上司力」を発揮するヒントを解説していきます。

今回は、有望な若手部下を厳しく育てようと奮起した新米上司のエピソードです。

久しぶりの再会の日に

「どうして?」目をかけていた期待の若手部下が退職 後悔する新米上司...そのやり方、熱意は正しかったのか>の続きです。

時は流れ、約10年後のある日、Aさんはある仕事のイベントでY君と偶然再会する機会を得ました。

Y君は30代半ば、転職先で昇進し活躍している様子です。Y君のほうから懐かしそうに声をかけてくれたことから、久しぶりに食事を共にすることに。2人で居酒屋の暖簾をくぐりました。

しばらく互いの近況を話し合った後に、Y君がしみじみと語ってくれました。

「Aさん。僕、当時はAさんに何を叱られているのか、まったく分からなかったんですよ。Aさん、何を言っても聞いてくれないし。なんで毎日毎日ガミガミ言われないといけないんだろう、くらいに思ってました」

Y君の話は続きます。

「でも、この歳になって、Aさんが言ってくれてたこと、わかる時があるんですよ。気づくと、若い連中に、Aさんと同じことを説教していたりするんです。ただ忙しい中ですし、ハラスメントもご法度ですから、あきらめてしまうことも多いんです。そう考えると、僕は幸せでした。だってAさん、あそこまで本気で新米の僕なんかに毎日ぶつかってくれていたんですから。面倒だったでしょう? 今は感謝の気持ちでいっぱいです」

Aさんは胸が詰まって、何も言えませんでした。

あまりにもありがたい言葉に、大人になった彼を見つめるしかありませんでした。今や上司と部下のしがらみから離れ、お互いに気を遣って話す必要がない仲だけに、余計に心に沁みる言葉でした。

「クイックウイン・パラドックス」の罠に陥らない

「でも、感謝するのは私のほうなんだ。ありがとう。君とぶつかる日々で、実は私のほうが上司として育ててもらったんだ」

そんなふうにAさんは、心の中でそっとつぶやいたのです。

仕事は、人と人との関係の中で成り立ちます。そして、まだ未成熟の若者と対峙する上司は相当のエネルギーを要します。

ことに、OJTに多くの時間がかかったり、ミスやトラブルに際し厳しい注意や指導が必要な瞬間があったりすれば、エネルギーを吸い取られるように感じることもあります。

しかし、実は、自分のほうが部下である若者から多くのエネルギーをもらい、上司として育ててもらっていたのではないか。自分が苦労した分だけ、上司として成長できたのかもしれない...。

今のAさんは、そんなふうに感じているそうです。Y君との苦い経験を経たAさんは、その後、上司としての反省や、自分を磨く道が見えたとも語っています。

Aさんのエピソードから学べる点について、いくつか触れておきましょう。

ひとつは、新任上司であった当時のAさんは、いわゆる「クイックウイン・パラドックスの罠」に陥っていたということです。

すなわち、部下のY君を一日も早く育成し、成果を出そうと焦るがゆえに、逆に自分とY君を袋小路に追い込んでいたのです。

上司が部下に対し、いくら「正解」を説いても、腹落ちしていない相手にとっては不可解でしかなく、疑念や反発が増すばかり。そうではなく、遠回りに感じても、本人自身の気づきを引き出すことが大事です。

「小さなキャリアの階段」を作り、部下自らの経験を大切に

そのためには、部下のための「小さなキャリアの階段」を作り、一歩ずつ自分で踏みしめながら上らせることです。

Y君の場合であれば、まず、我々の顧客は一体誰であり、ニーズは何かを問いかけ、自ら言語化させること。そして、そのニーズを満たすにはどんな営業企画が相応しいかを、じっくり考えさせることです。

また、部下の提案に対し、上司が頭からダメ出しをするのではなく、失敗が許される範囲で実行させてみることも大事でしょう。

その結果、顧客のシビアな反応や評価から、本人に学ばせるのです。そうした試行錯誤と気づきが得られる、余裕ある環境を与えることも大切なのです。

さらに、Y君がAさんとの再会時に述べた言葉から気づかされるのは、部下のためを思っての真剣な叱責やアドバイスは、時がくれば通じる場合があるということです。「親になって初めて分かる親心」とも言えるでしょう。

当時のAさんが、チームの業績を上げるには、覚束ないYさんに教えるより、Aさん自身やベテラン部下が稼働するほうが早いはず。でも、あえてYさんを育てるために時間を費やしてくれた有難さが分かったのです。

また、「顧客本位の仕事をせよ」とのうるさいほどのアドバイスの意味も、長年の営業現場と営業パーソンを育てる苦労を経験してみて、初めて身に沁みたことでしょう。

ローマは一日にしてならず。部下育成の成果や喜びは、部下と過ごす貴重な時間の中で、また長い上司人生の中で、じっくりと獲得できるものと心得ましょう。

(紹介するエピソードは実際にあったものですが、プライバシー等に配慮し一部変更を加えています。)


【筆者プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。
近著に、『部下全員が活躍する上司力5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)、『Z世代の早期離職は上司力で激減できる!』(FeelWorks、2024年4月)など。

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