大塚食品、ポカリスエット原料の異物混入を通報した社員を「軟禁状態」に

大塚食品「ポカリスエット パウダー」(「Amazon.co.jp」より)

大塚食品の工場で、非食品用のポリ袋の利用が原因で、粉末タイプの「ポカリスエット」などの原料にホコリや樹脂片が混入。同社は事実を把握しながら適切な対応を取らなかったため、男性社員が県と社内に内部通報したところ、男性は別の部署へ異動させられ常に管理職に囲まれ待機するという「軟禁状態」に置かれたとして、男性は慰謝料などの支払いを求めて同社を提訴した。企業が、公益通報制度を利用した社員を不当な労働環境に置くというケースはよくあることなのか。また、同制度を利用することは危険をはらんでいるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

医薬品、化学製品に加え、「ポカリスエット」「ボンカレー」「オロナミンCドリンク」「カロリーメイト」などの食品製造も手掛ける大塚グループ。国内・海外あわせたグループ会社数は190社以上、連結従業員は3万人を超え、売上高2兆円(2023年度)を誇る巨大企業グループだ。大塚製薬、大鵬薬品工業と並びグループの中核的存在である大塚食品で、コンプライアンスを無視した事態が生じている。

21年、大塚食品の滋賀工場で粉末タイプの「ポカリスエット」などの原料が入った袋に異物が混入し、社内調査によって、非食品用のポリ袋が使用されていたことが判明。同社はリコールなどの適切な対応を取らなかったため、男性が滋賀県に公益通報を行ったところ、県は同社へ立ち入り調査を行い、再発防止策を講じるよう行政指導をした。だが、同社は社内に問題の周知を行わず、再発防止も徹底しなかったため、男性は経営陣に内部通報を行った。すると、その男性一人しかいない別の部署へ異動させられた上、管理職に囲まれ、常に監視カメラを設置された環境のなか、社内システムにアクセスができずPCの前に座って待機する状態を強いられていたという。男性は昨年8月にうつ病を発症し、同社に対し220万円の慰謝料など損害賠償を求めて訴訟を提起した。

内部通報者の“身バレ”はザラ

大塚食品はメディアの取材に対し「違法な対応を取った事実はありません」などとコメントしているが、食品メーカー社員はいう。

「大塚食品側の強硬な姿勢をみる限り、同社としては『最終商品に異物が混入していたわけではないので、会社の基準に照らし合わせるとリコール案件には該当しないのに、男性が会社の指示・方針を背いて勝手な動きをみせて混乱を報じさせている』という認識なのではないか。同社が県による立ち入り調査後もリコールをしなかったということは、県もリコールまではする必要はないと判断したのかもしれない。かといって、通報した社員を、退職を強要するかのような不当な労働環境下に置いてよいという話にはならず、事実であれば明らかに問題といえる」

大手電機メーカー管理職はいう。

「旧態依然とした大企業がいかにもやりそうなこと。現在では多くの企業で内部通報窓口が設置されているが、通報内容が通報者の上司になどに伝わって通報者が“身バレ”してしまうというケースはザラにある。管理職にとっては部下に職場の問題を内部通報されたりすると、自身の失点になって昇進・昇格に響くので、通報した人間を説得して通報を取り下げさせようとしたりする。間接部門であるコンプライアンス部門や人事部よりも営業や製造など現場を持っている部署のほうがパワーバランス的に上という会社も多く、また管理職も内部通報制度についてよく理解していないので『余計なことをしてくれた』くらいの認識しか持てない。結果、こうした事態がまかりとおることになる」

大手IT企業管理職はいう。

「どこの大企業も表立ってはリストラ部屋や追い出し部屋はないと言うが、そのようなわかりやすい形ではなくても、“一人部署”に異動させて仕事を与えなかったり、数人くらいを窓のない部屋に入れて延々と単純作業をやらせるということをやっている企業は結構多い。もっとも、この大塚食品のように管理職が囲んでずっとPCの前に待機させておくというのは、かなり異常なケースだろう」

ないがしろにされる公益通報制度

公益通報とは、事業者による違法行為を労働者が組織内の通報窓口や権限を有する行政機関などに通報する行為。公益通報者保護法によって、事業者が公益通報をしたことを理由として労働者などを解雇したり、降格や減給など不利益な取り扱いをすることは禁止されている。また、事業者の内部通報担当者には守秘義務が課されており、通報に関する秘密を保持しなければならない。

大企業においても、この公益通報制度がないがしろにされ通報者が不利益を被るケースは枚挙に暇がない。

07年、オリンパスが取引先から機密情報を知る社員を引き抜こうとしているとして、男性社員が社内の内部通報窓口に通報。これを受け会社側は男性を複数回にわたり配置転換し、男性は配置転換の無効と損害賠償を求め同社を提訴した(男性が勝訴)。

14年、みずほ銀行の男性行員は上司の問題行為を支店長に報告したところ、別の部署に異動させられ再三にわたり人事部から退職勧奨を受け、16年4月から20年10月まで4年半もの間、自宅待機を命令された。男性は社内の内部通報制度を利用して複数回にわたりパワハラ防止法違反が生じている旨を通報したが、銀行側は規定に定められたコンプライアンス担当部門による対応を行わず、男性に退職勧奨を行っていた当事者である人事部が対応を行っていた。

18年、日本郵便の複数の郵便局長が九州支社副主幹統括局長の息子である郵便局長の内規違反について、同社の内部通報窓口に通報。すると統括局長は通報者に役職の辞任を求めるなどし、通報者の一部は地元の郵便局長会を除名されたりした。

通報した社員への嫌がらせや不正な人事が横行

山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。

「日本では歴史的に『讒言』『諫言』『戯言』という言葉の通り、権力者の側近が政敵や敵対関係にある貴族や武将を陥れることについて忌まわしく思う文化があります(鎌倉時代の梶原景時など)。現代でも、会社の不正を上司に指摘するも、その上司が面倒くさがり、また、こうした部下に対して『仕事もせずに』というアホな考えを持つようです。

ドラマや映画では、ここから、信頼する同僚や尊敬している他の部署の先輩が応援して会社の不正を暴いて一件落着なのですが、現実ではそうはいきません。不正が会社の上層部が絡んでいることであったりすると、決算や株価対策のために何とか隠そうとするのが実態です。世間に知れ渡っていないだけで、通報した従業員に対する有形無形の嫌がらせ、不正な人事などが多くまかり通っています。本件も“騒がないようにする”ための嫌がらせの一環と考えられます。

現在、こういった不正な人事は、20年前に成立した公益通報者保護法で規制されていますし、ほとんどの企業において『公益通報窓口』を設置することが義務付けられているので、無視はできないはずです。しかし、実際は『不正な人事に対する罰則』のようなものはなく、『公益通報を受けた企業の担当者が、人事や役員などに通報者の名前を教えたことに対する罰則』の程度であり、あまり防止策にはなっていません。

それよりも、マスコミなどがこういったニュースをがんがんやることで、こういうふざけた会社を晒しあげることが大切です。また、私自身、この問題に20年近く関わっているのですが、経験からは『弁護士に通じて通報する』のがベストと考えています」

(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)

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