コロンビア:紛争で孤立した地域に医療を──住民と対話しながら、保健医療の普及に挑む

紛争の影響を受けたコミュニティをMSFスタッフが定期的に訪れ、住民との対話を重視しながら、一般的な病気の予防や基本的な治療法、早期発見などの知識を広めている=2024年3月1日 © Natalia Romero Peñuela/MSF

政府軍と武装勢力との間で、50年以上に渡り内戦が続いていたコロンビア。2016年に和平合意が成立したものの、翌2017年には複数の地域で暴力が再燃。人びとは未ださまざまな武装勢力の殺害や脅迫にさらされ、一般的な医療や最低限のサービスを受けることも難しい状況が続いている。 特に孤立した地域に住む人びとにとって、事態はより深刻だ。長年紛争に見舞われているチョコ県では、先住民に加え、アフリカ系住民も数多く住んでいるが、そのコミュニティの多くは川に阻まれて孤立している。

診察を受けたくても、武装勢力による暴力や移動制限が後を絶たず、移動手段であるボートを手に入れることも難しいため、医療へのアクセスが非常に困難なのが現状だ。 そのような人びとのため、国境なき意識団(MSF)は2022年3月からアルトバウドという町で活動を続けている。
チョコ県の実態、そしてMSFが進めるこの地域独自の保健医療モデルとは──。

突然の破水──移動しながらの壮絶な出産

イエシカ・モスケラさんは、チョコ県南部イストミナから県都キブドまで続く、わだちだらけの道路脇に止められた救急車の中で出産した。
出産の20時間前、彼女は不安のあまり、バウド川沿いに住む地域保健担当者マリア・ダイシー・モスケラさんの家のドアをノックした。出産予定日はまだ2カ月も先だったが、イエシカさんは破水し、激しい陣痛に襲われたからだ。そこから1時間、川を上ったところにある診療所に向かうよう、マリアさんは彼女に勧めた。
診療所で、イエシカさんは病院での治療が必要と告げられ、さらに2時間、川を進み、そこから救急車で4時間かけてキブドに向かった。出産は、そのさなかに行われたのだ。 誕生した赤ちゃんは、バイタルサインが極端に弱い状態だったが、看護師が蘇生を行い、1年半後には健康な幼児となった。

「もしイエシカを診療所に紹介していなかったら、この子は亡くなっていたでしょう」とマリアさんは語る。この地域では、誰もがマリアさんを知っている。彼女は医療を受けることが難しい133のコミュニティを支援するため、MSFから訓練を受けた地域保健担当者の一人なのだ。

イエシカさんと、無事1歳半を迎えた赤ちゃん。陣痛時、MSFの訓練を受けた地域保健担当者マリアさんのおかげで、診療所で診察を受けることができた=2024年3月1日 © Natalia Romero Peñuela/MSF

移動制限、地雷、天候──治療を受けられるかは運次第

この地域で医師の診察を受けるには、ある程度の運が必要だ。日中に病気になるなら運の良い方と言える。なぜなら、夜間になると武装集団の命令で、人びとは移動の主な手段である川での移動を避けるからだ(武装集団側はそんな命令は出していないと否定している) 。
このような移動制限は日常茶飯事で、コロンビアの市民権と人権の保護を監督する国家機関「コロンビアン・オンブズマン事務局」によると、2023年にはチョコ県全域で124件の強制監禁(村から出ないように命じられる)が発生し、4万人以上が影響を受けたとしている。 また、チョコ県の住民の多くは、強制集団移住の犠牲となっており、大勢の人が家を追われ、別の場所に移ることを余儀なくされている。さらに、人びとは強制失踪や対人地雷、不発弾という絶え間ない脅威にさらされ、医療従事者も暴力の標的になっている。 医師の診察を受けるには、雨が降り、川に十分な水が満たされて、最寄りの大きな町まで3~15時間の間に移動できることが条件だ。また、モーター付きのボートを所有している、あるいは貸してくれる友人がいることも重要になる。というのも、ボートを持っているコミュニティはほとんどなく、この周辺地域に暮らす約10万人のための救急船もないからだ。

川をボートで移動するMSFスタッフ。中には、診療所から12時間以上かかる地域もある=2024年3月1日 ©Natalia Romero Peñuela/MSF

合併症予防や死亡率低下に成功 MSFの保健医療モデル

MSFは、このような日常生活におけるさまざまな課題を考慮し、プロジェクトを運営している。それは、とりわけ辺鄙で、十分なサービスが行き届いていない場所に住む人びとに医療を届け、医療ケアを受けることが最も困難な民族に焦点を当てている。 MSFのプロジェクト・コーディネーターであるハビエル・マトスは言う。「紛争の複合的な影響、医療提供における大きな格差、そしてこの地域の地理的な条件も考慮すると、MSFの保健医療は地域密着型、分散型、そして民族重視でなければならないと考えています」 MSFがこの地域で行っている保健医療モデルには、3つの重要な要素がある。

一点目は、アフリカ系住民および先住民の健康に関する認識や習慣について、MSFがよく理解していることだ。この知識を活用して、一般的な病気を予防し、治療が容易なうちに早期発見できるよう、彼らに伝え続けてきた。 MSFの医療アドバイザーであるジョハナ・ビナスコ医師は、「私たちが受ける医療相談のほとんどは、マラリア、下痢、呼吸器症候群、皮膚疾患に関連するものです」と言う。

これらの病気はすべて予防可能、または基本的な医療を受けていれば解決できます。

また、MSFは衛生的な食物の調理と保存方法、蚊帳の使い方、清潔で安全な飲料水を提供するためにMSFが設置した貯水タンクの使い方などについて、地域のヘルスプロモーターにトレーニングを行っている。

さらに、一般的な病気に対する基本的な治療に加え、専門的な治療の必要がある患者を診療所に紹介できるよう、病気の危険なサインを識別するための訓練も行っている。 二点目は、MSFはネットワークを通じて、患者が診療所に行くための交通費と、コミュニティから離れる日数分の食費を負担していることだ。
そして三点目として、患者が紹介された先の医療施設のサービス強化を支援している。
これらを行うことで、プロジェクトは過去2年間、幼児の重篤の合併症の減少や、2歳未満児の死亡率の低下など、多くの顕著な結果を残してきた。
「私たちの分散型モデルは、紹介患者数が最も多い5歳未満児の重篤な合併症を予防し、マラリアなど予防・治療可能な病気による2歳未満児の死亡率を下げるのに役立っています」とビナスコは言う。 2022年3月から2024年2月までに、MSFの訓練を受けた地域保健担当者は、9985件の医療相談を行い、72人に心理的応急処置を施した。また、2097人を診療所に紹介し、うち1388人は緊急であった。一方、MSFの訓練を受けたヘルスプロモーターは、健康問題の予防に関する5172件の講演を行い、4万6915人の参加者を集めた。

アフリカ系住民や先住民のコミュニティとの関わりを重点に置いている=2024年3月1日 ©Natalia Romero Peñuela/MSF

1万人に対し医者は2人以下 深刻な状況は続いている

こうした成功にもかかわらず、この地域の困難な状況は続いている。移動制限や地雷のために、多くの人びとは診療所にたどり着けず、十分な食事もとれない。また、畑に行けず、漁業や狩猟もできないため、特に子どもたちが栄養失調に陥る危険もはらんでいる。 加えて、既存の保健システムにも深刻な欠陥がある。
「外傷、事故、出産時の合併症など、何の前触れもなく発生する病状に対しては、緊急の紹介が必要ですが、不安定で非効率なシステムで対処せざるを得えません」とビナスコは言う。
世界保健機関(WHO)は、人口1万人に対して最低23人の医師を配置することを推奨している。コロンビアの平均は24人だが、アルトバウドには人口1万人に対して医師が2人以下だ。 僻地に住む人びとは、病院にたどり着くまでに丸一日かかることもある。より高度な治療が必要な場合は、キブドのサンフランシスコ・デ・アシス病院に行かなければならないが、同病院は4年前からコロンビア当局の調査・管理下に置かれているため、治療の保証はされていない。

さらに、先住民の中には、医療スタッフから差別を受けていると訴える者もいる。 「私たちは、この地域に住む人びとの医療アクセスの改善と、民族に焦点を当てた分散型ケアの推進を求めています」とマトスは言う。
ビナスコも「MSFの保健医療モデルは、患者の生活実態に基づいています」と同意する。

患者の生活習慣を尊重し、医療などの基本的権利へのアクセスを強化することで、彼らの尊厳を回復する一助となるのです。

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