法が想定していない「候補者の言動」つばさの党による選挙妨害行為に思う

政治団体・つばさの党による選挙妨害行為は、ついに警察による家宅捜索という事態に至った。「立候補者による行為」が問題になることは異例だ。だが近年は、選挙を通じてヘイトスピーチを振りまくことへの懸念も起きている。立候補者による想定外の言動をどう考えるか、RKB神戸金史解説委員長が解説した。

激しい他候補への攻撃

今日の朝刊を見ますと、政治団体・つばさの党に、公職選挙違反容疑で家宅捜索に入ったニュースがすごく大きく取り上げられています。映像を見ると、とんでもないです。もう「取り締まったらいいじゃないか」と普通考えますよね。とは言え、いろいろ複雑な問題がここにはあります。

選挙での発言の自由は非常に重要で、今日の読売新聞でも「選挙活動や表現の自由に配慮しつつ、現行法の運用で積極的な取り締まりを行うか、法改正にまで踏み込むかが焦点になりそうだ」と解説しています。朝日新聞には「自由妨害罪の表現はあいまいな面があるが、乱用されているわけではない。選挙活動に関する規制はできる限り抑制的であるべきで、警察の介入を容易にする法改正は必要ない」という識者の話も出ています。

候補によるヘイトスピーチも想定されていなかった

このニュースを見ながら私は、2019年の地方統一地方選挙を思い出していました。ヘイトスピーチを繰り広げている団体が、選挙に立候補したんです。これに対して、「ヘイトスピーチをやめさせなければ」と考える人たちが事前に勉強会を開いたので、見に行ったのです。どこまでが選挙違反と見なされ、公職選挙法の自由妨害罪と捉えられてしまうか。どのくらいの音量だったらどうなるのか。どれぐらい続けたらどうなるか。いろんなことを、判例を基に勉強している様子を見ました。正直言いますと、その方々たちはヘイトスピーチの蔓延を防ぐために、いざとなったら「逮捕されても仕方がない」という覚悟を決めていました。非常に悲痛な表情で。もちろん、誰も逮捕なんかされたくないです。されたくないけれど、ヘイトスピーチが選挙を通じて拡散されていくこと、それが子供たちやお年寄りの耳に届いてしまうことを「何としても防がなければいけない」という顔をしていたのです(注:結果的に、逮捕者は出ていない)。

法が想定していない「候補者の言動」

憲法でも公職選挙法でも、ヘイトスピーチを行うために選挙に出てくると想定していないですし、街頭演説の形で相手候補の演説を妨害する行為も想定していません。普通、選挙演説カーがすれ違う時は「ご健闘をお祈りします」と、形だけでも言います。昔の言葉ですが、選挙で選ばれるよい人=選良という言葉があります。公務員が「公僕」と言われるように、政治家は「選良」と言われるわけです。選挙で選ばれるのはよい人たち、当然立候補する人たちも基本的には社会をよくしたいと思ってるよい人たちという前提で、法律は成り立っています。だからこそ、そうではない人たちが立候補してきているのであれば「法改正が要るじゃないか」という議論になるのもわかります。

一方で、「現行法でできる」という慎重な抑制的な考え方もあります。実際に今回は、選挙後ではありますが、事件として着手したわけですから、できなくはないじゃないか。法律で決めてしまうと、いくらでも発言させないようにできてしまうかもしれない。その恐れから「現行法で」という考え方もあります。

さらに言うと、「現行法でもできる」場合は、ピシッと決めないということでもあります。その場ごとに警察が判断することになります。「警察が恣意的に判断できてしまう余地が残るじゃないか」という考え方もできるわけです。

きっちり決まってないことを権力側に運用を任せることの危険性は、戦前から非常に言われてきたことです。昭和の治安維持法時代にはすぐに演説を中止させて拘束することが横行していました。今、日本の社会で警察がそんなことをするとは思いませんけれども、余地を残してしまうのではないかというのは、「現行法でもできる」と言う側の弱さではあるわけです。

警察が恣意的に動いたらどうなるか

2019年に北海道警が安倍晋三首相にヤジを言った人を排除した問題がありました。警官は「聞きたい人もいますから、別のとこに行きましょうよ」と柔らかいスマイルを浮かべたまま、ゆっくりと排除していく。「どういう法的根拠に基づいてるんですか」とその人が言っても、何も答えない。「ジュース買いますから、ちょっと離れて話しましょうよ」とか。ヤジは公選法違反でも何でもなく、むしろ逆に排除が憲法違反じゃないかと裁判にになり、1審・控訴審ともにヤジが「演説自体を事実上不可能にさせるものではない」という判断を示しています。この人たちは当然、拡声器なんて使っていません。拡声器を使って妨害しているわけじゃない人たちを、警察は既に排除しちゃっているわけです。こういうことは、起こりうるのです。

ですから非常に難しい問題をはらんでいます。政治団体・つばさの党がやったことは許されないことだろうと思いますが、私たちの良識の中でこういったものを止めていくことも必要だろうとも思います。YouTubeを使って動画が拡散することも背景にあるのかなと思うので、新しい時代にどう向かい合っていったらいいのかという問題をあらわにしている事件だと思います。

※選挙ヘイトを巡る現実は、神戸解説委員長が監督したドキュメンタリー映画『リリアンの揺りかご』で詳細に描かれている(U-NEXTで有料配信中)。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュースやドキュメンタリーの制作にあたってきた。報道部長、テレビ制作部長、ドキュメンタリーエグゼクティブプロデューサーなどを経て2023年から報道局解説委員長。最新ドキュメンタリーは映画『リリアンの揺りかご』。

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