Spotifyのビジネス的成長が音楽業界にもたらすもの 印税分配新ルールの狙いも聞く

オーディオストリーミングサービス・Spotifyが、音楽業界に対する支払いや還元についてまとめた年次レポート「Loud & Clear」の2023年版を発表した。今回より初めて国別のデータも公開されている。日本の国内アーティストがSpotifyで生み出した印税は、2023年だけで200億円以上。さらに約6割がインディーズアーティストであるという。「アーティストとファンをつなぐことによってアーティストが生活できるように還元する」ことをミッションとして掲げる同社のビジネス的な成長や、ストリーミングサービスの市場拡大がアーティストや音楽業界に与える影響について、スポティファイジャパン株式会社 代表取締役 トニー・エリソン氏に話を聞いた。また、インタビュー後半では、今年の4月より施行され、一部で議論を呼んだ印税分配の新方針についても話を聞くことができた。(リアルサウンド編集部)

■インディーズ活況、海外リスナー拡大…2023年のレポートから見えるもの

ーーSpotifyは音楽業界に対する支払いや還元についてまとめた年次レポート「Loud & Clear」を2021年より毎年発表しています。2023年のグローバルレポートも先ごろ発表されましたが、どのようなアップデートがあったでしょうか?

トニー・エリソン(以下、トニー):おかげさまでこの1年間、Spotifyはビジネスとして非常に大きな伸びがありました。Spotifyは大勢のアーティストやクリエイターが作品への対価が得られるようにすることをミッションに掲げており、ビジネスが成長するということはアーティストやクリエイターへの還元も大きくなるということです。2023年にSpotifyのグローバルでの音楽業界に対する支払額は、90億米ドル(約1兆4000億円)に達し、その伸び率は6年間で3倍という結果になりました。そして、その内訳として印象的なのがインディーズの割合です。全体の約5割を占めていて、支払金額は45億米ドルでした。

ーーインディーズのアーティストやレーベルが半数を占めているというのは、リスナーやユーザーとしてはあまり実感していない部分かと思うのですが、サービス側としてはいかがですか。

トニー:ストリーミングの広がりをはじめとする昨今の音楽業界全体の動きが反映された結果であるように思います。インディーズの比率が大きくなっているというのは、そのシーンやコミュニティに勢いがある、元気があると捉えることができるかと思います。アーティストにとってはさまざまな活動の可能性や選択肢が広がっているとも言えるかもしれません。

ーーまた今回の「Loud & Clear」では、初めて国別のデータも発表されました。日本についてはどのような結果が出ていますか?

トニー:国内アーティストが昨年Spotifyで生み出した印税は、200億円を超えました。これはSpotifyが日本でサービスを開始した翌年の2017年と比較すると1,800%以上の増加となります。日本の音楽業界の市場規模が3000億円とされているので、7年間でここまでの数字に到達できたのは、我々自身としてもある程度評価できるのではないかと思います。もちろんここからまだまだ大きくしていきたいと考えています。ここで特に興味深いのは、昨年国内アーティストが生み出した印税のほぼ半分は、海外リスナーによるものだったということです。国内需要をさらにいっそう大きくしていくことには引き続き注力していますが、海外からの増収に取り組んでいくのは、Spotifyというサービスが日本国内にある意味、Spotify Japanの存在理由でもあると感じています。「邦楽の輸出時代はこれからだ」という話を最近よく耳にするようになりましたが、Spotifyにおいてはすでにこれが始まっているというのは非常に嬉しいことです。

さらに国内アーティストが生み出した印税の内訳を見ていくと、その約6割がインディーズのアーティストやレーベルによるものでした。ストリーミングが活性化すれば、さまざまなアーティストに作品を届けファンを増やす機会が広がり、アーティストが多様な形で活躍できる環境を整えていくことができるのです。インディーズで活動するアーティストが将来的にメジャーレーベルと契約する可能性もあるでしょうし、日本のアーティストエコシステムは非常に活気があると言えるのではないでしょうか。

日本はストリーミングの普及がまだ海外のレベルに至っていないと言われることもあります。しかし、逆を言えば今後まだまだ伸びしろがあるということですし、ここからが楽しみです。

■ストリーミング独自のレコメンドやデータがもたらした変化

ーーストリーミングをきっかけにしたアーティストとリスナーの新たな出会いが、アーティストのその後の活動に影響を与えることも増えています。日本国内のアーティストがストリーミングで初めてリスナーに発見・再生された回数が27億回以上という驚きの数字も発表されています。

トニー:先日、アメリカ・カリフォルニアに行った際、ヒスパニック系の方が竹内まりやさんなどのシティポップの楽曲を流しているところに遭遇したんです。誰が選曲しているのかと聞くと「Spotifyのマイプレイリストだぜ!」と言っていました。とても嬉しい出来事でしたが、そういうことって今はもう珍しくないんですよね。先ほど、多くのリスナーは自分が聴いている音楽がインディーズなのかメジャーなのかということをあまり意識していないのではというお話もありましたが、プレイリストやパーソナライゼーションによって、楽曲がリリースされた時代や、国や言語すらも関係なく、世界中のリスナーがそれぞれ気に入った音楽を自然に楽しむ時代がやってきたように感じますね。

ーーSpotifyが日本でサービスを開始してから7年半が経ちました。ここまでお話しいただいたような傾向を含め、ストリーミングの普及が国内の音楽シーンにもたらした変化についてはどうお考えですか。

トニー:この7年間であらゆることが本当に変わりました。Spotifyは日本でも音楽ストリーミングにおいてようやくトップサービスになることができましたが、2016年秋のサービス開始当初からしばらくは主要なカタログが揃わない時期が続いていましたし、日本ではストリーミングは根付かないのではないかと思われていた時代もあったかと思います。しかし、今となってはストリーミングで音楽を聴くことが主流になり、CDやLPのようなフィジカルと共存できるメディアであるという認識も広がりました。ストリーミングは音楽業界にとって次の進化を生み出すもの、うまく活用すればCDが主流だった時代以上の可能性があるとポジティブに捉えられるようになったと感じます。また、世界展開を考えるアーティストが増えているというのも大きな変化だと思います。ストリーミングによってリスナーの聴取行動が可視化されるようになったことで、リスニングデータやインサイトをもとに海外ツアーなどの計画も組みやすくなっているのではないでしょうか。

先ほどもあったように、ストリーミングが得意とするのはアーティストとリスナーの出会いの機会を創出することです。アーティストがリスナーとつながるチャンスを広げ、熱心なオーディエンスやファンを作り、さらにビジネスを広げられるような場を提供することが、Spotifyが日本のアーティストに対して用意できる大きな付加価値だと考えています。

ーーここ数年、音楽シーンの多様化が進んでいるため、アーティストやレコード会社からしても、自分たちの音楽をいかに求めている人たちにリーチさせることができるかという点は、今後ますます重視していくポイントだと思います。そういう意味でもSpotifyをはじめとしたストリーミングサービスが果たす役割は大きいのではないかと。

トニー:今のお話にあった「求めている人にリーチする」というところにストリーミングならではの価値や面白さがあると思っています。リスナーと楽曲のマッチングは、パーソナライゼーションやアルゴリズム、サービス側のプレイリストの編成などを通して、リスナーに対して「あなたの音楽テイストやいまの気分に合うのはこういう曲です」とサジェストしていくことで生まれるものですが、ユーザー自身が求めていることを自覚していない、あるいはこれまでは求めていなかったものの好きになりそうな曲ともマッチングするということが大事であり、醍醐味なんですよね。ユーザーが求めているものと意識していないけれどマッチングしそうなもの、双方をレコメンデーションするというのが、ストリーミングならではなのかなと。

ーー確かにストリーミングで新しく音楽の趣味が広がる経験をしたことがある人は少なくないと思います。

トニー:自分が求めているという自覚はないけれど、耳にした途端「これだ!」っていうのがありますよね。レコメンデーション、パーソナライゼーション、プレイリストなどに加えて、Spotifyには複数で一緒に音楽を楽しめるBlendやJamといった機能もあります。そういった多様な形で音楽との出会いが生まれることについては、日本でもリスナーの皆様にもアーティストの皆様にも喜んでいただいているように思いますね。

■SNSで議論を呼んだ新方針の真意とは

ーーここからは昨年発表され、今年4月に施行された印税分配などの新方針についてお聞かせください。そのうちの一つにあった「年間再生数が1,000回未満の曲には楽曲利用料を支払わない」という部分がSNSで一部議論を呼びました。変更になった経緯や具体的な内容について改めてご説明いただけますでしょうか。

トニー:この部分だけが独り歩きしてしまったように思います。全体の仕組みや変更に至った背景などが伝わっていないのは非常に残念です。まず最初にお伝えしないといけないのは、Spotifyはミッションステートメントにもある「アーティストとファンをつなぐことによってアーティストが生活できるように還元する」ことに一貫して取り組んでいる会社であるということ。我々はアーティストが作品というアートを通じて生活できるような環境を作ることがミッションですから、Spotifyが収益を欲張っているというのは完全な誤解です。「インディーズに還元していることを謳いつつも、メジャー贔屓じゃないか」「アンチインディーズ、アンチDIYじゃないか」と揶揄されることもあります。

では、どうしてこの新たなルールを導入したのか。その前にSpotifyはアーティストに対して直接印税を支払っているわけではなく、Spotifyがライセンス契約するレーベルやディストリビューター(配信事業者)などの権利者に対し、ストリームシェアに応じて印税を分配しているという説明から始めないといけません。その先のアーティストが実際に受け取る金額は、彼らと権利者が交わしている契約によります。

現在Spotifyで配信されている1億以上のトラックのうち、過去1年間に再生回数が1,000回未満であったトラックは、月平均0.03米ドルの印税しか発生していません。これらの微小な金額は、レーベルやディストリビューターなどの権利者には分配されるものの、その先のアーティスト等へは行き渡らずそのままになっていることがある。ここが問題であり、アーティストにちゃんと行き渡る形にしていこうという対策の一つなんです。

ただ、支払われないというのにはもちろん理由があります。権利者からアーティストへの最低支払額に満たない(通常一回の引き出しあたりの最低支払額を2から50ドル程度と定めていることが多い)、その支払いに対し銀行手数料がかかる(通常一回あたり1から20ドル程度)などです。そのような事情から行き渡らないという課題に対して、レーベルやディストリビューターなどのパートナーの皆さんと取り組んでいる一つが今回の新方針です。

その一つの条件として設定したのが「過去1年間に1,000回再生以上」というもので、全体の総再生のうち1,000回再生未満のトラックの再生回数は0.05%、つまり総再生回数の99.5%は1,000回再生以上のトラックが占めています。ただ、全体総再生における割合は低いものの、アーティストに行き渡っていない少額の印税をトータルすると年間数千万米ドル、つまり数十億円ぐらいの経済価値になる。それがアーティストに行き渡らないというのはもったいない。つまり、この金額を1,000回再生以上の楽曲を対象に按分しましょうということなんです。あえて繰り返しますが、これによってSpotifyが収益を上げるということではなく、Spotifyから権利者へお支払いする総額自体も変わりません。

ーーそういうことなのですね。

トニー:今回の件に限らず、ストリーミングエコノミクスについては度々議論が起こります。もちろん単価で言えば1再生あたりいくらというのは当然CDには勝てません。ただロングタームな金額で考えていただきたいのです。ストリーミングでは一度配信されれば長く、国内のみならず海外でも聴かれる可能性が広がります。また、なにか1曲が聴かれるとそのアーティストの他の楽曲も聴かれ始めるなど、トータルとして積み上がっていくのもストリーミングならではです。

また、最近確信を持って言えるのは、先ほどCDとストリーミングは共存できるというお話をしましたが、実はストリーミングが盛り上がるとCDなどのフィジカルも売れるということなんです。海外でもストリーミングが主流となる中で、アナログ盤のようなフィジカルがカムバックしている動きがありますが、CDへのニーズが依然高いというのは、日本のマーケットの一つの特徴かもしれません。今後の日本の音楽業界の収入源は、CD+サブスクリプション型ストリーミング+広告型ストリーミングの組み合わせになるのではないでしょうか。Spotifyとしても広告ビジネスについては今後さらに強化していきます。ストリーミングはさらに安定した土台になっていくと思っていますし、ストリーミングでのアーティストとリスナーの出会いが起点になって、多岐にわたるビジネスチャンスに広がっていけば、ストリーミングの真価がいっそう見えてくるんじゃないかと考えています。

ーー最後にSpotify Japanとしての今後の展望についてお聞かせください。

トニー:僕自身は一番大変だった立ち上げ初期に在籍していなかったですが、日本でもSpotifyがアーティストや音楽ファンの皆さんに愛していただけるサービスになれたのは、その創立期メンバーの努力や試行錯誤があったからだと思っています。そういう積み重ねを経て、ようやくこれだ、という姿や進むべき道が今見えてきている気がしますね。海外と単純に比較してしまうと、例えば音楽ストリーミング全体の市場普及率は欧米では7~8割ぐらいなのに対して、日本は今もまだ3~4割です。時間が経てば自然に他の国のようになるということはなく、努力しないといけないと考えていますし、Spotifyがさらに努力しないと8割どころか5割もいかないと思っています。Spotifyが日本にある理由は、国内需要の拡大、海外のビジネスチャンスのきっかけを作ることの2点。それが実現できればきっとストリーミングそのものもさらに普及していくし、市場全体が大きくなればアーティストや文化にもより貢献できる。まだまだこれからで、大きな可能性に満ちていると確信しているので、楽しくやっていこうと思っています。

(文=久蔵千恵)

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