是枝監督に聞く「日本の映画とクリエイティブ都市・福岡のこれから」

福岡を拠点に活動するクリエイターたちの支援や情報発信を行う「クリエイティブ・ラボ・フクオカ」。2024年3月末、クリエイティブ・ラボ・フクオカ主催で行われた「是枝監督による映画づくりのための特別講座」の様子を取材しました。講座後のインタビューでは、福岡の印象や、福岡とつながりが深い韓国の映画製作環境、福岡が映画・映像クリエイターたちにとって、より魅力的なクリエイティブ都市になるためのヒントも聞くことができましたよ。

世界の是枝監督が、福岡の映画・映像クリエイターを直接指導

>>クリエイティブ・ラボ・フクオカ

ゲーム、ファッション、音楽、映画・アニメ、デザインなど、クリエイティブに関連する企業が多いことでも知られる福岡。福岡を拠点に活躍するクリエイターも多く、それぞれの分野に関連したイベントも多数開催されています。

こうした活動をバックアップし、クリエイティブ産業のさらなる振興に取り組んでいるのが、今回の講座を行った「クリエイティブ・ラボ・フクオカ」です。

福岡市内のクリエイティブ事業者を対象にした「未来技術活用によるコンテンツ創出支援」、企業や表現者の発表と交流の場でもある最先端エンターテインメント体験型フェス「The Creators」、さまざまな分野のクリエイターやゲストとの交流を通してビジネスの成長を後押しする「Creators Meetup“GROWING”」など、多方面からの支援を行っています。

今回は、クリエイティブ・ラボ・フクオカが企画した、1日限りの特別講座を取材し、映画制作のリアルをたくさん聞くことができました。

2024年3月31日、九州大学大橋キャンパス会議室で行われた「是枝監督による映画づくりのための特別講座」

「是枝監督による映画づくりのための特別講座」は、事前応募で選ばれた福岡の映画・映像クリエイター5名が参加。大人数を対象にしたセミナーとは違い、1人20分の持ち時間のなかで、自己紹介、作品の上映(約15分)のプレゼンテーションをし、是枝監督から直接、作品の講評やアドバイスをしてもらうというスタイル。

後半は、受講者からの質問に答え、自身の映画づくりや、世界のなかの日本映画、日韓の映画製作現場の違いなど、日本を代表する映画監督として第一線で活躍する是枝監督だからこそ話せる、映画業界の貴重な話を聞くことができました。

大きく異なる日本と韓国の映画制作現場の違い

なかでも興味深かったのは、日本と韓国の映画制作現場の違い。

是枝監督

『ベイビー・ブローカー』を1本撮っただけで、韓国映画を語るのもおこがましいですが、韓国映画の制作環境は、アメリカ映画にかなり近いスタイルだと感じました。良い面と悪い面の両方がありますが、良いところは日本に比べて、制作環境が圧倒的に健全なところです。

1週間の労働時間の上限はしっかり決められているし、撮影終了から次の撮影開始までは必ず12時間空けなければならないし、毎週休む曜日も決まっていて、一旦決定すると絶対に動かせません。

撮影開始前に専属のシェフと契約し、毎日現場で温かい食事を食べられるのもアメリカ的でした。『ベイビー・ブローカー』は、ある程度、予算がある作品だったので、スタッフの数もきちんと確保されていました。

日本では現場で寝起きしたり、36時間くらい寝ずに働いたりということが武勇伝っぽく語られる過酷な状況も残っていますが、韓国ではそういうことはない。

『万引き家族』の撮影期間は撮影実数42日で約2か月弱でしたが、『ベイビー・ブローカー』は撮影実数45日で2か月半(75日)。つまり2か月半で30日は休みがあるんです。おかげで、撮影中に過労でスタッフが倒れるなんてこともありませんでした(笑)。

一方で、変化が急激に進みすぎた弊害のようなものもあります。韓国では映画ファンも、批評家も、現場スタッフもすごく若い。

『ベイビー・ブローカー』の現場も、20代・30代がメインで、チーフがだいたい40代。僕とカメラマンのホン・ギョンピョさんが同じ年で、当時59歳でした。しかも、ギョンピョさんはその年で、現役カメラマンとしては業界最年長だったんです。

韓国では、技術革新が進んだ結果、いろんな部分で世代交代が進み、50代以上の製作スタッフが淘汰されてしまったようです。日本で60代といえば、まだ中堅ですが、韓国では引退する年齢。このスピード感が本当にいいことなのか、やや疑問があります。

また、韓国ではフィルム撮影自体がもはや存在しないから、映像もデジタル合成が主流です。『ベイビー・ブローカー』では、実際に街中で車を走らせ撮影しましたが、撮影部は「街中で車を走らせるなんて10年ぶりだ」と言っていました。『合成の方が芝居に集中できる』という役者いますが、撮る側にとっては選択肢の幅が狭いと感じましたね。

『ベイビー・ブローカー』カンヌ版ポスター (C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

また、韓国ではほとんどの映画が、事前に全カットの絵コンテが入った完成形のストーリーボードを用意します。それを見せて投資家を募るんです。映画業界内でお金を回していく日本と違い、韓国では映画が投資の対象となるビジネスの循環がしっかり確立されています。

僕の場合は、「決定稿は撮影しながらでないと出ない」と説明し、結果的にはそういう対象になりませんでしたが、韓国では撮影前に企画の完成度をシビアに審査をします。そうすることで、制作本数をしぼるから、その分1作品にそれ相応の予算を投じられるのだと思います。

ちなみに、韓国で制作される映画が年間200本なのに対し、日本では3・4倍の700本近くが製作されています(いずれも劇場公開作のみ)。700本が多すぎるというと、上から目線になるかもしれませんが、実際に「このクオリティとこの脚本で撮影に突入していいのか?」と感じる映画もある。

もう少し本数を絞ったうえで、1本あたりの予算を上げていくことも、関わるスタッフの生活を守るためには必要です。そこは日本映画が改善すべき部分だと思っています。

福岡といえば…、美味しいご飯と、橋本環奈!(笑)

2011年に公開された映画『奇跡』では、福岡ロケも行った是枝監督。他にも、映画公開に向けたPRキャンペーンなどで、来福する機会も多いと思いますが、福岡という街にはどんな印象をもっているのか伺いました。

是枝監督

最近は、地方キャンペーンが減って、福岡にもあまり来ていないんですけど、「ご飯がおいしい」というイメージはありますね。印象に残っているのは、透明なイカのお店「河太郎」に連れて行ってもらったこと。

他には、水炊きを食べに行ったり、行きつけの寿司屋に行ったり。岡田准一くんに教えてもらったラーメン屋「玄瑛」は、福岡に来るたびに行っていました。

『奇跡』の福岡ロケでは、博多駅以外に、百道浜小学校や雑餉隈の銀天町商店街で撮影させてもらいました。雑餉隈のあの古い商店街は、好きだったなあ。出演者のオーディションで何度か来ていたので、ロケ地はロケハンをして選びました。

でも、僕にとって福岡といえば、やっぱり橋本環奈のイメージが強い。『奇跡』のオーディションで会ったのが、小学校6年生のときで、いまみたいになるとは思いませんでしたけど、とにかくバイタリティがあって、口の減らない子でした(笑)。

是枝作品の原風景とロケ地へのこだわり

是枝監督の映画には、地方都市の風景がよく出てくるイメージがあります。撮影のロケーションへの特別な思い入れなどをきいてみました。

是枝監督

僕の映画は東京での撮影が一番多いですよ。ただ、北関東の風景が現体験としてあって、集合住宅が好きだから、団地などは好きですね。それから鉄塔や送電線がある風景にも惹かれます。個人的に海辺が好きなので、海沿いでの撮影は多いです。

「東京は撮影許可がなかなか出ないので、撮影がものすごくやりにくい」と是枝監督。当初の脚本では、東京が舞台だった『怪物』を、長野に変更し撮影することにしたのは、そうした制作サイドの事情があったそう。

(C)2023「怪物」製作委員会

地方都市はまずロケ誘致に力をいれるべき

是枝監督

制作部には、フィルムコミッションがしっかりしている土地で撮影したいという思いが明確にあります。だからサポート体制がある地方都市はとても魅力的なんです。

東京近郊だと、長野や名古屋が撮影しやすいですね。特に名古屋は、道路封鎖ができて、全車線使っても構わないし、古い建物の使用にも協力的です。

ーーーそれでは、福岡が映画・映像クリエイターにとって、より魅力的な“クリエイティブ都市” になるために、どうすればいいでしょう。

まずは、ロケ誘致をきちんとやるべきだと思います。国内だけでなく、日本で映画を撮りたがっている海外の映画人は多いんです。それなのに、なかなか撮影許可が出ないから、台湾や韓国へ行ってしまう。

行政の支援や、税制的な優遇制度は整える必要がありますが、そこも考慮したうえで、ロケの誘致に力を入れるといいのでは。そのために、フィルムコミッションの役割は重要です。

ーーー最後に、クリエイティブ都市を目指す福岡市にメッセージをいただきました。

福岡は韓国にも近いし、立地的にいえば、東京よりもずっとアジアの中心になりうる場所だと思います。その立地を生かして、日本で一番国際色豊かな映画製作のハブとなるクリエイティブな都市を目標にされるといいんじゃないでしょうか。

海、山、都会の街並みと、絵になるロケーションも豊富で、交通の便にも恵まれている福岡市。世界から映画関係者が集い、地元クリエイターが活躍できるより魅力的な街になるように、福岡フィルムコミッションとも連動した、クリエイティブ・ラボ・フクオカの今後の活動にも期待したいですね。

是枝裕和(これえだひろかず)/映画監督

1962年6月6日、東京生まれ。 1987年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリ一番組を演出、2014年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。

主なテレビ作品に、水俣病担当者だった環境庁の高級官僚の自殺を追った「しかし…」 (1991年/CX/ギャラクシー賞優秀作品賞)、一頭の仔牛と子どもたちの3年間の成長をみつめた「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(1991年/CX/ATP賞優秀賞)などがある。

1995年、『幻の光』で映画監督デビュー。『誰も知らない』 (2004)、 『歩いても 歩いても』 (2008)、 『そして父になる』 (2013)、『海街diary』 (2015)、 『三度目の殺人』 (2017)などで、国内外の主要な映画賞を受賞する。2018年、 『万引き家族』 が第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞、第91回アカデミー賞外国語映画賞にノミネート。2019年、カトリーヌ ・ドヌーヴを主演に迎え、全編フランスで撮影した日仏合作映画『真実』が第76回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門のオープニング作品として正式出品。 2022年、韓国映画 『ベイビー ・ブローカー』 がカンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞(ソン ・ガンホ)、エキュ メニカル審査員賞をW受賞。最新作の『怪物』 (2023)は、第76回カンヌ国際映画祭にて脚本賞、クィア ・パルム賞を受賞した。

―取材を終えてー

実際のインタビューでは、この他、プロデユーサーの人材不足や、サポート体制が整っている海外の話など多岐にわたりました。是枝監督が淡々と、しかしすごい熱量で時間をかけて、これからの日本映画を考えて行動しているのが伝わってきました。

なかでも、私の中で一番印象深かったのは「日本は海外の映画人にとても人気がある」というロケ誘致と、福岡で映画を製作してもらうことの重要性。ロケ地めぐりをする国内外の旅行者は本当に増えています。

「風景も、食べ物も、映画文化も、歴史も、圧倒的に豊か」なのに、日本でなかなか撮影許可が下りずに、台湾や韓国に行ってしまうという状況が多発しているそう。チーム福岡で力をあわせての映画ロケ・製作は、今までもありましたが、もっとできるんじゃないか。模索してみたいと思います。

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