元日向坂46影山優佳、後遺症でサッカー人生を終えた弟へ「支え方を見つけて、一緒に頑張ります」

影山優佳【写真:ENCOUNT編集部】

国士館大サッカー部4年・影山秀人「練習中に意識を失い…」と報告

サッカーマニアとして知られる元日向坂46の影山優佳(23)が15日、インスタグラムのストーリーズを更新し、自身の弟で国士舘大サッカー部MF・影山秀人(4年)が「サッカーを続けられなくなりました」と公表したことへの思いを示唆する文章をつづった。

「私の大切な英雄に、ヒーローインタビューをするという夢があったからこそ、孤独を感じながらもその仕事を頑張ってこれました。本人の気持ちを思うとなんて言葉をかけたらいいのか、そしてどうやって一緒に前を向いたらいいのか、わからなくなったのに、そんな時でさえ笑顔でいる英雄が本当にかっこいいです。私にできる支え方を見つけて、一緒に頑張ります」

花束を手にした自身の写真もアップしており、文末で「ちなみにこのお花をくれたのも例のハンサムボーイ。新しい未来も絶対に大丈夫」とエールを送った。

秀人はこの日、Xを更新し、「【サッカーを続けられなくなりました。】」と報告した。

「これまで僕のサッカー人生に関わってくれた全ての方々へ感謝の思い、そして僕自身の現在の心境を伝えたいので拡散していただけると幸いです。秀人(シュート)という名前で生まれ、始まった僕のサッカー人生に突然終わりがきてしまいました。3月の練習中に意識を失い、命こそ助かったものの後遺症が残り競技としてサッカーをプレーすることができなくなってしまったからです」

その上で「波が寄せるようにやってくる吐き気が落ち着き、今これを書いています」と前置きし、悔しさをつづっている。

「今年は大学ラストイヤーで自分がチームを引っ張っていく覚悟と責任をもってオフシーズンから激しいチーム練習や自主トレに取り組んできました。マリノスJYで経験した屈辱的な過去も高1で部員の半分が怪我人だった過去も進路選択で周りから馬鹿にされた過去も今シーズン活躍すればすべてを正解にできると思った。そんな思いの中で僕のサッカー人生は突然終わりを迎えてしまいました。まだ21歳とはいえ子供の頃から人生の全てを捧げたサッカーを失ってしまうことは簡単には受け止めきれず、このツイートをするまでにも心の整理に多くの時間がかかりました」

一方で「幸せも感じています」と記している。

「僕は今生きていて人生は続く。命を落とす可能性もあった中で意識が戻った。そんな幸せ者の自分にできることはこれまでのサッカー人生よりも豊かな人生を送ること。大学の2部練後も社会人フットサルに参加するほどサッカーが好きな自分にとってスパイクを脱ぐことは寂しい気持ちでいっぱいですが第2の人生も常識にとらわれず自分だけのキャリアを歩んでいきたいと思います。これまで僕を直接指導してくださった方々、応援・サポートしてくださった方々のおかげで最高のサッカー人生を送ることができました。その方々への感謝の思いを第2の人生を通して表現していきます。影山秀人、強く生きます!!」

秀人は暁星小、横浜F・マリノスのジュニアユースから三菱養和ユースを経て国士舘大でプレーしていた。昨年4月14日にはXで「僕自身は“影山秀人の姉”と呼ばれるようになりたいとは思っていません。互いが違う土俵でそれぞれの目標に向かって努力しているため、比べることができないからです。周りに左右されることなく、自分の夢に向かって頑張っていきます」(原文ママ)と思いをつづっていた。ENCOUNT編集部

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