地球外生命の探査はどこまで進んでいる?–「宇宙に命はあるのか」著者のNASA小野雅裕氏にインタビュー

NASA ジェット推進研究所(JPL)に勤める小野雅裕氏は、土星の衛星エンケラドゥスでの探査を目指すヘビ型ロボット「EELS」のプロジェクトに携わったほか、火星ローバー「パーサヴィアランス」を運用するなど、地球外生命探査の最前線の現場で活躍する人物だ。UchuBizでは2022年に同氏にインタビューの機会を得ている。

NASA ジェット推進研究所(JPL)の小野雅裕氏

同氏は2018年に初版発行した「宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八」の著者でもある。ここ数年で様変わりした最新の宇宙開発の状況も踏まえ、このたび加筆・修正を加えた「新版 宇宙に命はあるのか 生命の起源と未来を求める旅」として、2024年5月に出版した。

そんな小野氏に、現在携わっているプロジェクトについて伺うとともに、書籍のテーマでもある「地球外生命は存在するのか」という疑問について思いを聞いた。

NASAの「地球外生命探査」の現在

――まずは、ヘビ型ロボット「EELS」のプロジェクトの状況について教えてください。

カナダの氷河に行って、EELSを実際に動かす実験をしました。EELSの最終的な目標は、氷で覆われた土星の衛星であるエンケラドゥスで氷の裂け目に入りながら生命を探すことです。氷河には水が流れることでできあがったムーランと呼ばれる深さ20~30メートルの穴がたくさんあり、それがエンケラドゥスの環境に近いと思ったんですね。

そこにEELSを2台持って行き、トータルで30~40人くらいのスタッフが3週間ほど泊まりがけで実験に取り組みました。氷河は別世界というか、まるで違う惑星にいるような感覚で面白かったですよ。作業は大変でしたが、EELSが見事に裂け目の中を自動で降りていくことができて、実験としては大成功でした。

ただ、その後EELSのプロジェクトは中断している状態です。できれば次は月に持って行きたいなと思っているのですが、今は資金集めを模索しているところです。

――火星ローバーの「パーサヴィアランス」の運用もされていましたが、そちらはいかがですか。

現在はチームをまとめる立場に変わったことで、パーサヴィアランスに直接関わる業務のエフォートレベルは落としてはいます。ただ、着陸から3年が経ち、進捗もいくつかあります。

パーサヴィアランスの目的は火星に存在していたかもしれない生命の痕跡を探ることです。40~35億年前までは液体の水が存在していたと考えられていますので、その頃に生命がいてもおかしくありません。

まだ、その確かな証拠まではつかんでいませんが、それに向けて岩を掘ってサンプルをたくさん集めているところです。主には生命の痕跡となる有機物が見つかる可能性がある堆積岩です。堆積岩のできやすい、かつては湖だったと思われるクレーターの底を走り回って集めたのですが、調べてみると火山岩でした。なぜ湖の底なのに火山岩なのか、という謎が1つ増えたんです。

それ以外に生命の痕跡が残っている可能性が高いと思われるのが炭酸塩です。火星の軌道上から得られたデータで炭酸塩の存在しそうな場所を大まかに把握していましたので、その付近で探し回り、ようやく数週間前に見つけることができて大喜びしていました。

次はそのサンプルを地球に持って帰ってこようという段階。まだ計画が右往左往しているところもありますが、非常にエキサイティングな状況ですし、その次を見据えた研究もあります。いろいろなことが少しずつ前に進んでいますね。

――進捗がある一方で、ヘビ型ロボット「EELS」のプロジェクトが資金の都合で中断されているのは残念ですね。

やはりお金は大事なんです(笑)。夢を実現するためにはお金が必要で、でも簡単に得られるものではありません。なので、今は一生懸命いろいろな人にEELSを活用することでどんなことができるのかを説明して回っているところです。ロケット開発黎明期の人たちも、きっとこういう風に苦労したんだろうなと思っています。

ただ、気持ちはいつだって折れていません。大事なのは、少ないお金から始めたとしても、技術的な進歩を重ねて成果を少しずつ積み上げて、みんなを説得できるところまでもっていけるか。そういう人間関係の構築や信頼を勝ち取る過程こそが、この先何年かかるのか、という部分では大きいんですね。

地球外生命は存在する? 見つかるとすればどんな形?

――書籍では「宇宙と命」をメインテーマにされています。どのような思いからこのテーマに至ったのでしょうか。

僕が6歳の頃に、ボイジャー1号2号が初めて天王星、海王星などの外惑星まで行ってものすごい発見をしてきた。それを見て「すごいなぁ」と子ども心に思ったことが原点にあります。僕はエンジニアですから、自分の作ったものがそうやって大きな発見をしてくることに憧れるんですよね。

では、僕が生きている間、キャリアとしてはおそらく残り20~30年の間に、人類史に未来永劫残るような次の大きな発見って何だろうと考えると、地球外生命の発見だと思うんです。そもそも生命は偶然で生まれたのか必然だったのか、宇宙にはありふれているのかそうでないのか、多くの疑問があります。もし地球外生命がいるのなら、地球と比べてみたいですよね。たとえば地球の生命と同じように20種類のアミノ酸を使っているのかとか。

僕は生命という現象をまだ全然理解できていません。なぜかというと地球にある生命しか知らないからなんですよね。僕自身、日本で生まれて米国に来て、米国のいろいろなものと比べることで日本のことが理解できたところもあります。なので、生命も地球のものと地球外のものを比べることで、初めて「生命とはこういうものなんだ」とわかるような気がするんです。次の20~30年にあり得る人類史に残る大きな発見、僕が貢献できるかもしれない発見はそれだと思いました。

小野氏の著書「新版 宇宙に命はあるのか 生命の起源と未来を求める旅」(C)SBクリエイティブ

――もし、地球外生命が発見されるとすれば、どのようなものになると思いますか。

おそらく人間の形をしたものではないと思いますし、小さな微生物のようなものだと思います。地球は46億年前に誕生し、生命は40億年前に生まれたと言われていますが、魚や昆虫のような高等生命ができたのはせいぜい5億年前です。「カンブリア爆発」と呼ばれる、地球生命の飛躍的な複雑化・多様化が発生したときですね。

もし宇宙人がランダムな時期に地球にやってきたとすれば、だいたい9分の8の確率で微生物しかいない時代の地球に行き当たることになるわけです。ひょっとすると微生物程度のものがいる星くらいなら、宇宙にありふれているかもしれない。けれど、カンブリア爆発が起きたような惑星となると、ものすごく少ないかもしれないですよね。

もちろん、どのくらいの密度で存在するだろうか、というのもありますが、何百~何千光年の距離であれば、望遠鏡などを通じて得られるスペクトルからその星の大気組成を分析して、生命が存在する証拠を見つけることもできるかもしれません。だから、これからは系外惑星の観測もどんどん面白くなってくるでしょうね。

小野氏が羨む「日本の宇宙開発」

――この5~6年で宇宙業界を取り巻く状況は大きく変わってきたように感じています。小野さんとしては最近は何に注目していますか。

まず「月」が盛り上がってきましたよね。火星のさらに遠くへ行くのがちょっと遅れてしまったような気がしますが、それでも月にはいろいろなオポチュニティがあるのは間違いありません。今最も盛り上がっている産業利用以外に、サイエンティフィックな意味でも面白いことがたくさんあるんです。

たとえば、「Endurance-A」というミッションの構想があります。地球と違って、月には30億年以上昔の古い岩石が地表のそこかしこに露出しているので、その岩を調べれば地球よりも古い太陽系の情報が残っていると考えられます。そこで、そのミッションでは無人のローバーで月面を約2000km走行して、その間に岩を100キロ集めて宇宙飛行士に渡し、最終的に地球に届けることを計画しています。日本列島を縦断するような距離を無人で走るわけですから、エキサイティングですよね。

もう1つ、PSR(Permanently Shadowed Crater)と呼ばれる光が当たらない月のクレーターで水の起源の手がかりを探そうとする動きも面白いですね。

ispaceのように月に眠っているとされる氷を資源として利用しようという考え方もありますが、サイエンティフィックな意味でも非常に貴重なものなんです。その氷はもしかすると何十億年という長い年月をかけて少しずつ溜まったものかもしれませんから。

地球の水がどこから来たのか、今のところは大きな謎になっています。地球はアイスラインの内側にあって、太陽の熱で水が蒸発してしまう場所ですから、本来なら地球に水は存在しえないはずなんです。その地球の水の起源を知る手がかりが、月のクレーターの氷で見つかる可能性があるんですよね。

――日本の宇宙開発についてはどう見ていますか。

月面着陸した「SLIM」は興奮しましたね。スラスターが脱落して三点倒立状態になるような異常があったにも関わらず、オンボードでそれを検知して、自律的な判断で小型ローバーのLEV-1とLEV-2を途中でちゃんと放出している。

以前、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)の方が「何があってもLEVだけは放出するようにした」と言っているのを耳にしたのですが、非常にロバストにシステムを組んでいたんでしょうね。しかも、地上から一切コマンドを送らずに、LEVが勝手に画像処理でSLIMを見つけて写真を地球に送信したり、何度も越夜に成功したりしている。それもすごいことです。

僕は正直羨ましく感じています。JAXAはNASAよりもリスクテイキングなことをするんですよね。NASAだとあそこまで斬新な自動化はやらせてもらえない気がしているので。

ISASの所長の國中先生がSLIMの着陸を63点と厳しく自己採点していましたが、その後、同じように月面に横倒しで着陸した米国の民間企業であるIntuitive Machinesは「われわれはすごいことを成し遂げた」と大喜びしていました。同じ結果に対する態度の日米差が大きく、そこも面白いなと思いましたね。

夢を現実にする「イマジネーション」を大切にしたい

――書籍の中で伝えたいことの1つに「イマジネーションの大切さ」を強調されていたのが印象的でした。

どんなものも形になる前に誰かの頭の中に浮かぶわけで、すべてはそこから始まるんですよ。誰かが想像すると、それがいろいろな人に伝わっていって、最後に何かしらの形になるわけじゃないですか。たとえば宇宙に対する夢が人から人へと伝わっていって、雪だるまみたいに大きくなっていくことで、いずれ実現するものだと思うんです。

書籍でも書いていますが、その最たる例がジュール・ヴェルヌのSFですよね。そこから始まったイマジネーションをフォン・ブラウンらロケット工学の人たちが受け継いで礎を築き、ソ連のスプートニクあるいは米国のエクスプローラーとして実現していくという大きな流れになりました。

地球外生命は存在するのか、というのも、何千年も前からあるイマジネーションです。それがずっといろいろな人に伝わってきて、さらには僕も影響を受けて、今はそれを目指してみんなが技術開発して頑張っている。SFからロケットへとつながったように、地球外生命のイマジネーションも現実のものとなるかもしれません。だからイマジネーションは大事にしたいですよね。

――現代人は忙しさから余裕がなく、なかなか「想像」する機会が少ないようにも思います。

現代人が星空を見上げる時間はきっと減りましたよね。かくいう僕も忙しくて星を見る時間が取りにくいんですが、それでも年に一度は満天の星空をぼーっと眺めるようにしています。自分の原点に帰った気がするんです。

この間は米国であった皆既日食を友人と一緒に見に行きました。天気がイマイチで、博士号持ちの友人らが頭を突き合わせて、確実に皆既日食が見られそうな場所を何種類もの気候モデルと照らし合わせながら特定しました。おかげで皆既日食の2時間前に晴れてしっかり観察でき、終わった1時間後には雨が降り出しました(笑)。

皆既日食は一度は見た方がいいですよ。今はネットに写真が溢れていますが、それでも写真では絶対に表現できないものがあります。その1つが皆既日食だと思うんです。写真で見るのとでは体験として全然違うので。 皆既日食になるときは、周りがざわつくんです。風が変わって、虫や鳥の鳴き方が変わる。空が薄暗くなりますが、日の出・日の入りとも違う見え方です。そして日食の月の部分だけが恐ろしいほど暗い。空の一点に異世界への穴がぽっかり開いているように見えるんです。写真が氾濫している現代でも、絶対に自分の目でしか見えない、その場でしか体験できないものがあるんだと思いましたね。

日常で宇宙を感じるきっかけは少ないので、そういうものを体験してイマジネーションを広げることが大事なのかもしれませんね。

――最後に、書籍で伝えたいことや、こういう人に読んでほしいというメッセージをいただけますか。

今まで宇宙に興味がなかったという人にもぜひ読んでほしいですね。表紙イラストに使わせてもらっている漫画「宇宙兄弟」を入り口にして読んでいただくのも歓迎ですし、もちろん宇宙好きの人にも読んでほしいのですが、宇宙まわりのいろいろな面白いストーリーもあるので、文学やストーリーが好きな人にも楽しんでもらえると思います。

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