【書方箋 この本、効キマス】第65回 『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。』 廣末 登 著/コラアゲンはいごうまん

当たり前の継続が奇跡へ

僕は35年間、安定して地べたを這う無名芸人。かつての相方は蛍原徹。認知度面で、ホトちゃんに天文学的な差を付けられた僕が希望をもらった1冊が本書だった。

主人公は北九州・小倉を拠点とする暴力団の元専務理事・中本隆さん。反社に思うところあって30年の極道生活にピリオドを打つ。社会復帰を誓うも「元暴5年条項」により、離脱後5年間は暴力団員とみなされて賃貸契約や保険加入、銀行口座の開設ができない。本書は、そんな数多の困難乗り越えてうどん店開店に至るまでの実録だ。

僕は数年前、小倉にあるその店“元祖京家”で働いたことがある。と言うのも、僕の芸風はさまざまな現場を体験取材して語る“ルポ漫談”。小倉の知人から中本さんのことを聞き、「1日お手伝い体験をさせて下さい。それをネタにさせて下さい」と懇願としたのだ。中本さんは、その申し出を快く受けてくれた。

「うどん店を開店するにあたりテナントが位置する商店街にどう接するか。これが最大の問題でした」と述懐する。元暴力団の幹部が、そのお膝元で商売をする。地域の不安は言わずもがな。それをどう払拭したかが、お手伝いで見えてきた。

中本さんは毎朝、向こう三軒両隣まで掃除をする。うどんを食べに来た商店街の理事いわく、「出店前に商店街の組合、理事会、全店舗に出向き、『新参者ですがご迷惑をかけないよう頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします』と挨拶回りしたのは中本さんだけ」とのことだった。

中本さんは言う。「マイナスからのスタートでも、当たり前のことを真面目にやり続けたら誰かは見てくれてます」。苦節35年の僕には、この言葉が刺さった。

お手伝い体験からは、気さくな人柄も見えてきた。常連さんには、“店長オススメ芸人”として売り込んでくれた。ランチセットは、「よもぎ肉うどん+おにぎり+僕との写真付き」。写真を撮る間もない忙しいお客さんには、後から僕が写真の出前に行くシステムができた(商店街の方限定)。

本書の著者は犯罪社会学者・廣末登氏。取材を元に口語文で明かされる中本さんの半生は働く人、再スタートを切る人、懸命に生きるすべての人に響くだろう。

中本さんは開業後、うどんの追求に加えて、元受刑者の雇用、地域ボランティア、子供食堂の開催などの多様な社会貢献活動にも真摯に励んでいた。その地道さが奇跡を起こした。銀行口座について警察に問い合わせたところ、回答は「各団体の判断に委ねる」。ほぼ不可能に近い縛りのなか、2019年11月19日、離脱後4年半にして口座開設が許され、手提げ金庫を持ち歩く日々から開放されたのだ!

前例を作った中本さんは今日も向こう三軒両隣を掃除する。奇跡を起こす魔法は特別な呪文じゃなく当たり前のことを真面目にやり続けることと教わった。

最後に個人的な報告を1つ。実は、中本さんとは銀行口座開設が先か、僕が売れるのが先かで競争をしていた。歴史的大敗を喫した。

(廣末 登 著、新潮社刊、税込1430円)

選者:実録芸人 コラアゲンはいごうまん
1969年、京都府市生まれ。89年、オール巨人に弟子入り。自ら取材、体験した記録を長時間かけて語る唯一無二の芸風。最近のネタに「世界に一つだけの教科書」、「実験用モルモット体験」など。著書に『実話芸人』。

レギュラー選者3人と、月替りのスペシャルゲストが毎週、書籍を1冊紹介します。“学び直し”や“リフレッシュ”にどうぞ。

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