「具体と抽象が入り交じった美術館に入った時と同じような感覚になるかもしれない」福士蒼汰『湖の女たち』【インタビュー】

湖畔にある介護施設で、100歳の老人が殺害された。事件の捜査を担当する西湖署の若手刑事・濱中圭介は、捜査で出会った介護士の豊田佳代(松本まりか)にゆがんだ支配欲を抱くようになる。一方、事件を追う記者(福地桃子)は、署が隠ぺいしてきた薬害事件が今回の事件に関係していることを突き止めるが…。吉田修一の同名小説を大森立嗣監督が映画化したヒューマンミステリー『湖の女たち』が5月17日から全国公開される。本作で主人公の圭介を演じた福士蒼汰に話を聞いた。

福士蒼汰(メーク:矢澤睦美(wani)/スタイリスト:髙橋美咲(Sadalsuud)) (C)エンタメOVO

-まず、本作に引かれた一番のポイントから聞かせてください。

一番は吉田修一さんの原作作品であるということと、 大森(立嗣)さんが監督をするということで、チームとして絶対に面白いものになるだろうと思いました。原作を読み進めていくと、これまで僕が挑戦したことのない役柄、作品でもあったので、ぜひ演じてみたいと思いました。

-最初に脚本を読んだ時の印象と、実際に演じてみてどう感じたかを。

最初に脚本を読んだ時は、頭で理解するより感性で見たり感じたりする作品だと思いました。薬害事件や731部隊の話は事件性があってミステリーとしての見どころも多いのですが、圭介と佳代の関係性は複雑で体で理解するしかないと思い、演じる上でも難しいと感じた部分です。2つの物語が同時に流れていて共存しているのですが、具体と抽象の共通点を探すようなお話だと感じました。どうやって演じようかと悩むこともありましたが、実際、お芝居に入っていったら、頭で理解して俯瞰(ふかん)したイメージよりも、その瞬間で作るエネルギーの方を大事にしたいと思うようになりました。

-役作りはどういう感じで行いましたか。

今作では、今までの役作りとはかなり違っていたと思います。大森監督は「自分が心からそうだと思う瞬間にその言葉を言って。行動して」という演出をしてくださいました。今までは、「役柄を魅力的に見せるためにはどうしたらいいか」を考えていたのですが、今回は自分自身の心の奥底から出る言葉や行動を優先するようにしていたので、「役作りはしない方がいい」という感覚でした。

-松本まりかさんが演じた佳代とのゆがんだ関係性が描かれていましたが、彼女の印象と共演して何か感じたことがあれば。

松本さんとは、圭介と佳代という存在でいたかったので、現場で雑談することは一切なく、言葉を交わすのはせりふのみだったんです。その上、笑顔を見せることも目線を合わせることもほとんどなかった。だから、すごく嫌な人間に見えていたかもしれません(笑)。この前も、「今でも半分嫌い。まだ信じていない」と言われてしまって…。今となっては申し訳ない気持ちもあるのですが、よりよい作品にするためには間違っていなかったと思っています。

-「役者人生のターニングポイントになる作品になった」というコメントをしていますが。これまでとは違うと思ったところは?

大森監督から、「自分が心から思ったタイミングでちゃんとお芝居をするということを心掛けてほしい」とご指導いただきました。最初はその言葉の意味をつかみ切れていなかったのですが、撮影を行っていく中で、「この感覚なのかな」と感じる瞬間があって。監督も、僕がだんだんと感覚をつかんでいくのを感じ取ってくださっていたように思います。今作の撮影が終わった後も大森監督から受けた演出を大事にしています。「最近お芝居が変わったね」と声を掛けていただくことも多くなりましたし、自分の変化を実感できるようになりました。大森監督との出会いは、僕の役者人生において間違いなく大きな財産だと思っています。

-今回は、今までのイメージとは違う役で、ある意味ダークサイト的な役だったと思いますが、演じる上で迷いはありませんでしたか。

僕の今までのイメージを覆す役柄ではあるのですが、僕の中で実はあまり不安はなかったんです。確かにこの役は、結構ディープなシーンが多いですが、自分の頭の中では、明確にイメージすることができたんです。不安というよりは、前向きな挑戦という気持ちの方が大きい作品でした。また、ずっと東京に帰らずに滋賀に約1カ月滞在したというのも大きかったと思います。滋賀で本当にこの作品に自分をささげることができたというか。東京に帰って、自宅で自由に過ごしたら、多分脳みそが戻ってしまったと思うんです。圭介が実際に生きている滋賀の地で作品と向き合えたことが、大きく影響したと思っています。

-完成作を見て、 今までの自分とは違うと感じましたか。

今回はキャラクターをあまり作らず、自分から出るものだけで演じていたので、主観性が強いお芝居をしているはずなのですが、完成したものを見た時に、自分とは別の人物のようになっていて、客観的に見られたという不思議な体験をしました。

-“新しい福士蒼汰”という感じですか。

これも僕の一部ではあるので、今までの僕と何もかもが違うという感覚ではないのですが、人間的な部分という意味では新しい僕と見ていただけるのではないかと思います。

-これからも俳優をやっていく上で、大きな作品になりましたか。

そうですね。撮影した時は29歳でしたが、20代の最後に、これから30代として成長していく過程としてはすごくいいスタートダッシュが切れたと思います。これから先も、この感覚を忘れないようにして成長していきたいなと。自分の引き出しが一つ増えた、扉が一つ開いた感覚を忘れずにいたいです。

-年齢を重ねることで、生きやすくなっていると思いますか。

この仕事を始める前やデビューして間もない頃は、仕事への責任感も芽生えておらず、甘えを生きやすさのように感じてしまっていたのかもしれません。でも今は、たくさんの経験をさせていただいたおかげで、自分のやりたいことに集中しながら、責任感も持ち合わせることができるようになった。自分の意志で歩くことができている分、本当の意味での生きやすさを感じられています。

-最後に、映画の見どころも含めて観客に向けて一言お願いします。

かなり複雑でディープな作品になっていると思います。共感するというよりも、具体と抽象が入り交じった美術館に入った時と同じような感覚になるかなと。その美術館に入って、何も思わなくてもいいと思うし、自分とは距離のある存在だと感じてもいいし、意外と心を動かされたという感情になってもいい。そんなふうに、見るタイミングによっても感じるものが全く変わってくる映画だと思うので、フラットな気持ちで見て、一緒に見た人と自分の感想を共有し合っていただけたらすごくうれしいです。

(取材・文・写真/田中雄二)

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