“呪われた青春ラブストーリー”がSNSで大バズり 『初恋ハラスメント』制作陣が語る「緻密な戦略の裏側」

2024年3月30日、テレビドラマ『初恋ハラスメント~私の恋がこんなに地獄なワケがない~』(中京テレビ)がXでトレンド入り、Yahooリアルタイム検索で一位を獲得するなど、大きな話題となった。

キービジュアルやタイトルから、キュンキュン系の恋愛ドラマだと誰もが思うだろう。くわえてローカル局による深夜の単発ドラマだ。それがなぜ、ここまで大きな話題になったのだろうか。それは、計画的に散りばめられた不穏な“違和感”が理由となっている。

「このドラマ、何かがおかしい」。そう感じた視聴者によって考察が飛び交い、SNSを中心に情報が拡散。世間の興味を存分に惹きつけた最高の状態で、放送に至ったのだ。

今回は、そんな大きな波を起こした本作の監督・宮岡太郎氏と、プロデューサー・綾田龍翼氏にインタビュー。大成功を収めたこのプロモーションはいかにして生み出されたのか。また、その戦略を可能にした作品の構造についても語ってもらった。

・ホラーモキュメンタリーのその先へ

高校時代、憧れの先輩・清村春太へ想いを伝えられぬまま、卒業を見送った緑川夏希。数年後、社会人となった2人は運命の再会を果たし、初恋が再び動きだすかと思いきや…。夏希が目にしたのは、地獄のパワハラ上司と化した春太の姿だった。

(参考:https://www.video.unext.jp/title/SID0101871/c_txt=b?rid=SID0101871&utm_medium=a_n&utm_campaign=a_n&utm_content=SID0101871&cid=D33365&utm_source=filmarks&adid=XXX)

――『初恋ハラスメント~私の恋がこんなに地獄なワケがない~』が生まれたきっかけについて教えてください。

綾田龍翼(以下綾田):社内で若手の企画募集が行われたんです。僕はもともとホラーが好きで、宮岡さんの『恐怖人形』という作品もすごく好きでした。なので、次に企画を出す機会があったら宮岡さんにお願いしようと決めていたんです。

宮岡太郎(以下宮岡):今回は「地上波の深夜枠でチャレンジングなことをしよう」という企画だったので、普通のドラマというよりは、何か捻ったり構造的に変な要素を入れ込んだほうがいいなと感じていました。

綾田:まっすぐなホラー作品というよりかは、テレビのしくみを使ったものにしたいという相談をしていたんです。そのときに宮岡さんから「地上波の電波に怨念がのった恋愛ドラマはどうだろうか」という提案があって。

――「怨念がのった恋愛ドラマ」とは、かなり斬新ですね。

宮岡:できるだけホラーと離れたジャンルと掛け合わせたほうが、メリハリがつくと思ったんです。ホラーとは正反対の思いっきり明るいジャンルってなんだろうと考えたときに、少女漫画のような青春キラキラ系ドラマかなと感じました。青春キラキラ系ドラマが怨霊に乗っ取られていくって、おもしろそうじゃないですか。

――そんな作品は聞いたことがありません(笑)。

宮岡:なかなかぶっ飛んでますよね(笑)。

綾田:海外発祥の『ドキドキ文芸部!』というインディーズゲームがあるのですが、そういった恋愛ドラマとサイコホラーが融合した作品からも、ヒントをもらいました。

宮岡:僕はホラーやサスペンス作品が好きなのですが、綾田さんはテレビやゲームなどあらゆるジャンルのホラーを知っていて、しかもモキュメンタリーのジャンルにも造詣があるので、新鮮な刺激をもらいましたね。

綾田:ホラー好きと言う点で宮岡さんと仲良くさせていただいて、本当によかったです。お互い共通の作品に対するリスペクトがあったので、そこで通じ合えたのかなと思っています。

――今回の作品は、ジャンルでいうとホラーモキュメンタリーになるのでしょうか?

宮岡:個人的には、モキュメンタリーとはまた違う新しいジャンルの作品になったと思っています。モキュメンタリーは最近すごく市民権を得てきましたが、だからこそほかの作品で見せ方が出尽くしているなとも感じていたんです。

そこで、モキュメンタリーでもないさらにぶっ飛んだジャンルをやるとしたら何だろうと考えた結果、ドラマそのものは普通に制作しているけど、その撮影の裏で助監督・菅沼がハラスメントを受けていて、その怨念により番組が呪われていくというコンセプトになりました。

普通のドラマでもなければモキュメンタリーでもない、“第3のジャンル”をつくりたかったんです。本作は本編に入る前に9分間の事前番組が挿入されているのですが、正直モキュメンタリーと言えるのはその9分間だけですね(笑)。

――ハラスメントというテーマも、なかなか攻めた設定ですよね。

綾田:ハラスメントは、脚本を担当した谷口マサヒトさんのアイデアです。恋愛ドラマになると決まった際に、谷口さんがいろんな恋愛ドラマの案を出してくれたんですけど、話し合っていくなかでテレビ局がテーマとして扱う意義もあるよなというところでハラスメントをテーマに置くことに決めました。

・目標は都市伝説化 緻密な計画によって起こしたバズの波

――放送当日はXでトレンド入り、Yahooリアルタイム検索で一位など、大バズりしていましたよね。この現象はいったいどのようにして起こったのでしょうか?

綾田:そもそもプロモーションの条件がかなり厳しかったんです。ローカル局の深夜単発ドラマ、しかも若手の企画番組なので宣伝予算もありませんでした。

くわえて恋愛番組としてプレスリリースを打つと嘘をついていることになるので、それは編成担当の判断としてできないと。逆にホラー番組としてリリースしてしまうと、今回の作品は地上波の電波が意図せず怨霊に乗っ取られたという設定だから、僕たちの企画が根本から崩れてしまいます。結果誰にも何も言えないという状況でした(笑)。

――それは八方塞がりですね……。

綾田:それでも番組のことは知ってもらわなくてはいけなかったんですけど、逆にこの状況は上手く使えるなと思って。0円で仕込めるところは全部仕掛けていきました。番組表の説明文や、公式Xのアカウントの投稿文、動画、事前に流したテレビCMの映像などですね。どれかひとつでも気づいてくれて話題になればラッキーだなと、願うような気持ちで進めていました。

綾田:あとは、番組表サイトで作品情報を縦読みにすると、「すがぬまののろいのせい」となる仕掛けもしました。これはチーフプロデューサー・浅田大道さんのアイデアなのですが、こんなベテランの方が若手の尖った企画に全力で乗ってくれることに驚きました。しかも「何かあったら俺が全部責任を被るから」と言ってくれたんです。最初からこの企画を「おもしろい」と言っていただき、一緒に戦ってくれて本当に感謝しています。

宮岡:PR戦略は綾田さんが基本的に立案をしていたんですけど、何日も前からどう不穏さを出していくのかというプランニングを、緻密に計画していました。タイミングもそうですが、リアルさにもかなり追求していましたね。

たとえば、番組公式のXで菅沼がハラスメントを受けている動画を、一定時間のみ投稿していたんです。その動画も、本当にドラマを撮影している裏で綾田さんがこっそり撮っていたものなんですよ。

綾田:以前バラエティ番組の『オモウマい店』のディレクターを担当していて、そのときの経験が活きました。その番組はディレクターがカメラを持って直接お店をまわるというものだったんですけど、不意の瞬間を捉えようとしてカメラがぶれてしまったり、その撮影方法ってリアルだなと感じていたんです。

あとは実際にSNSに投稿された告発動画なども参考にしました。いまは本当にパワハラの現場とか、駅で騒いでいる人とかを隠し撮りしてSNSに投稿することってあるじゃないですか。そのリアルさを出したかったんです。

――私も菅沼のハラスメント動画を拝見しましたが、かなり衝撃的でした。

綾田:あのハラスメント動画は、放送当日の朝4時59分に投稿したんですよ。459で(地獄)なんですけど、さすがにこれは誰も気づかなかった……(笑)。

――かなり細かい仕込みですね(笑)。あのハラスメント動画は一定時間のみの投稿したということですが、取り下げるタイミングはどのように判断したのでしょうか?

綾田:投稿してからずっとエゴサーチをしていて、不安になっていくようなコメントが2、3個出てきたあたりで、宮岡さんに相談して取り下げました。取り下げたのは投稿してから4時間後くらいだったと思うのですが、予定より少し早めでしたね。正直不安でいっぱいでした。ハラスメントを受けているところなんて、みんなもあまり見たいものではないと思ったので。

――放送当日の予告動画には、どんな仕掛けをしたのでしょうか?

綾田:予告動画は地上波とネットの両方に流したのですが、地上波の動画には2回くらい菅沼の遺影のような写真を差し込みました。ネットはいくらでも巻き戻したりスロー再生にして検証できてしまうので、仕込みは地上波だけに絞りました。思わず誰かと共有したくなる“都市伝説”のような存在にしたかったんです。ただ地上波の予告動画が流れるタイミングはこちらでコントロールできるものではないので、ハラスメント動画のタイミングも含めて奇跡的な広がり方でした。

宮岡:Xのハラスメント動画が削除されて、その直後に流れたテレビCMで違和感に気づき、SNSの考察隊が細かな種をすべて回収して、拡散し、意図的に仕組まれていることが認知されていったんです。今回の作品を通して、誰かひとりが違和感に気づいてくれれば全国に広がっていく、SNSの拡散力の凄さのようなものを実感しましたね。

・“いつもの自分”を演じる 役者たちの演技力に支えられた

――本作の裏の主人公である、菅沼役の星耕介さんの存在感はすごかったですね。

宮岡:助監督という設定なんですけど、実は10数年前に業界で働いていた過去の自分を投影しているんです。当時は今よりもハラスメントが横行していて、働き方改革も未整備で……。自分の顔を鏡で見たときに、クマがびっしりついて「誰の顔?」と思ったことがあるんです。

そういうボロボロにされてしまった助監督の辛さ、嘆きを本作に投影したいなと思いました。その説得力を出せる方を探しているときに星さんの顔を見て、「この人だ」と直感で感じたんです。

――主演である清村春太役の小宮璃央さん、緑川夏希役の吉田伶香さんは、物語ではキャラクターを演じつつ、撮影裏の映像では役者としての“自身”を演じるという、複雑な役割をこなしていましたね。

宮岡:2人とも「頭がちょっとおかしくなりそう」と悩んでましたね(笑)。演じている役とは違うものがひとつあいだに挟まっているような感覚だと思うのですが、すごくいいかたちで演じてもらいました。

綾田:本人役で引き受けてくれたというのも、すごく大きかったですね。

宮岡:とくに吉田さんはハラスメントをするシーンがあったので、なんとか一緒にチャレンジしてほしいという思いで、マネージャーさんとも話し合いました。

宮岡:小宮くんは、自分のなかで細かい演技プランを持って撮影に臨んでくれました。モキュメンタリー部分である事前番組のパートのお芝居も、一つひとつに意味を持って演じてくれたので、その部分も注目して見てほしいですね。

・恋愛、ホラー、そしてコメディへ……新境地への挑戦は続く

――今回のプロモーションを経て、コンテンツとSNSの関係性に対してはどう感じていますか?

綾田:Xが発達したことによって、口コミや感想、考察がすごく低いハードルで発信できる時代だなと改めて感じました。本作はSNSで考察を巻き起こすことも狙いのひとつだったのですがあえてその部分のハードルは低く、比較的わかりやすくはしていて、同じくらい“感想”を盛り上げることを意識しましたね。それこそ、宮岡さんの『恐怖人形』は、画面に向かって視聴者がツッコミたくなるシーンもあるんですよ(笑)。

宮岡:今回でいうと、「菅沼出てきすぎだろ!」ってことだよね(笑)。

綾田:そうですね(笑)。みんなで一緒になって盛り上がれる要素って、多分いまのSNSではすごく大事な要素なんだと思います。今回はモキュメンタリー部分の考察もありますし、本編の菅沼さんに対しての感想もおもしろい声が多くて、その感想がさらに広がっていったような気がします。

――たしかに終盤は、私も思わず画面に突っ込んでしまいました(笑)。

宮岡:実はこの作品を本格的なホラーにするか、別の方向性に持っていくかは撮影直前まで悩んでたんです。感想が盛り上がってほしいな、というのはすごく僕も感じていたんです。もちろんもっと怖くすることはできたのですが、ホラー好きな人しか見れない作品にするよりはコメディとしても見れるくらいにして、エンタメ好きの方にもアプローチできるかたちにしました。

綾田:途中から菅沼さんを応援したくなりますよね(笑)。

宮岡:「ハラスメント監督の作品をめちゃくちゃにしろー!」みたいな(笑)。菅沼応援上映とかいいかもね。結果的に菅沼というキャラクターは、想像以上に魅力的になったと思います。

――改めて、視聴者のあいだで話題になりやすい作品についてはどう考えていますか?

綾田:考察や口コミがなくても、作品単体で感情が動くようなおもしろさが必要だと思います。本作は最初が怖いんですけど、後半は思わず笑ってしまう。だんだんジャンルが変化していくことで興味を惹かれていく、“単体としてのおもしろさ”もあって、賛否両論含め話題にしていただけたのかなと思います。

宮岡:僕は“1枚絵の強さ”も、話題を起こすひとつの要素かなと感じています。『恐怖人形』という作品も、2メートルの人形がチェーンソーを持って走っている映像がバズったんです。今回は菅沼さんの顔がアップになっているシーンですね。このインパクトだけで、「何このドラマ!」と思ってもらえるのではないでしょうか。

――YouTubeでいうサムネイルみたいなことですね。

宮岡:そうですね。『このテープもってないですか?』(テレビ東京)や、YouTube作品の『フェイクドキュメンタリー“Q”』など、完成度を突き詰めて考察が盛り上がっている作品もあるので、SNSで話題になる方法にも種類があるかなと思っています。本作でも、視聴した方がそれぞれに様々な考察を持ち帰ってほしいと願って、最後にあるセリフを菅沼が視聴者に放って幕を閉じるかたちにしました。

綾田:『島崎和歌子の悩みにカンパイ』(テレビ東京)という番組では、途中にほかの国の電波が入ってきて、外国の番組が始まるんです。でもその国は存在していなくて、国も言語も演出の大森時生さんがつくったそうです。そういった背景の練り込みの凄さなども、話題になる要素のひとつですよね。それぞれに突き詰めた部分があり、その時々で別の戦い方を考えていかなくてはいけないなと思います。

――最後に、今後挑戦してみたいことについて教えてください。

綾田:いまはテレビを見る人が減っていると言われたりもしていますが、SNSも含めて、地上波だからこそ実現するおもしろさはまだまだあると思っています。今回はXも巻き込んで、ひとつのお祭りみたいにできたのかなと感じています。今後もそういった切り口で、どんどん挑戦していきたいですね。

宮岡:本作はドラマ撮影の裏側という設定でしたが、この構造でもっといろんなことがやれるのではと思っています。今回は事前番組を冒頭につけて制作しましたが、本編のみに絞ってもう少し考察の難易度の上げたものをつくるとか。どんな仕事や場面にも言えますが、「何が裏で起こっているのか」を考察させるドラマは、今後もやっていきたいですね。

(取材/文=はるまきもえ)

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