医療費に「ブレーキ制度」導入 スイスで6月国民投票

患者の電子カルテに診察結果を入力する小児科医。ツーク州の病院にて撮影 (KEYSTONE/© KEYSTONE / CHRISTIAN BEUTLER)

スイスで6月、基礎医療保険の給付の伸びを抑える「コスト・ブレーキ」導入案が国民投票にかけられる。上がり続ける保険料に歯止めをかけるのが狙いだ。

スイスの医療制度は世界でも極めて高額だ。医療費の国内総生産(GDP)に対する比率は1990年以降右肩上がりで、2021年時点では11.8%となっている。

医療費の爆発的な増加により基礎医療保険料が毎年大幅に引き上げられ、特に低所得世帯の家計を圧迫する。複数の世論調査では、医療費の高騰が国民の最大の関心事に挙がっている。

「コスト・ブレーキ」案を提案したのはスイスの主要政党の1つで中道の中央党(Die Mitte/Le Centre)だ。基礎医療保険のコスト上昇を抑えるイニシアチブ(国民発議、下記のメモ参照)を立ち上げ、国民投票に持ち込んだ。基礎医療保険は国内居住者に加入が義務付けられている。

なぜ医療費は上昇し続けるのか

スイスの医療費を押し上げているのは他の多くの先進国と同様、高齢化と医療技術の進歩だ。

しかし、スイスの制度固有の要因もある。連邦内務省保健庁(BAG/OFSP)によれば、医療措置の重複、誤ったインセンティブ、非効率的な構造により、医学的には正当化されない治療が数多く行われている。

チューリヒ応用科学大学の調査は、効率性を向上させれば医療費は70億~80億フラン(約1兆2000億~1兆3000億円)削減できると試算する。

「コスト・ブレーキ」制度の内容は?

基礎医療保険の給付額は過去10年間で約31%上昇した。一方、同期間に名目賃金は約6%しか上がっていない。2020年に出された中央党の提案は、基礎医療保険の給付額の増え方に対して経済・賃金上昇に連動したブレーキ制度を導入し、両者の乖離(かいり)がこれ以上広がらないようにする。

具体的には、基礎医療保険における加入者1人当たり保険給付額の年間伸び率が賃金上昇率を2割上回った場合、連邦政府は州、基礎医療保険会社、医療提供者と協力して是正措置を講じなければならない。賃金上昇が1%なら、医療費の上昇は1.2%を超えてはならないという計算だ。

提案では、公的部門が具体的にどんな措置を講じるべきかには触れていない。これについては議会の議論に委ねられる。

政府、議会の対案は?

連邦内閣(政府)と連邦議会は中央党の提案に反対し、対抗措置として間接的対案を出した。国民投票で中央党の提案が否決されれば、レファレンダム(国民表決)を起こされない限り政府・議会の対案が自動的に発効する。

政府・議会の対案は基礎医療保険の給付額に一律のブレーキをかける代わりに上限目標を定めるという内容だ。目標は毎年、連邦と州が見直す。

目標値を超えた場合、政府は関係団体と協議の上で是正措置の内容を決める義務を負う。特に料金などの調整、医療サービス提供者の認可が是正措置に含まれる可能性がある。

政府と議会は、これにより給付額の増加を体系的に検証でき、「全ての関係団体は、医療上不必要なサービスを削減する責任を果たすことが求められるだろう」としている。

賛成派の主張

中央党は自党の提案が、医療費の爆発的な増大と基礎医療保険料の上昇を食い止める解決策になると主張する。

またブレーキ導入によって、医療に携わる全ての関係者が、以前から議論の俎上に上がっていたコスト削減策を実行に移すことになるだろうと訴える。その中でも特に指摘されているのが日帰り手術の奨励、ジェネリック医薬品の優先、電子カルテ使用などだ。

中央党の提案なら、スイスの医療制度の質を落としたり、サービスを削減したりすることなく、医療費の増大を食い止めることができると断言する。

反対派の主張

複数の医療業界団体などでつくる反対委員会は、医療費を経済状況と連動させるのは不合理で危険だと訴える。不況の時にこそ、国民の健康状態が悪化する傾向があるからというのが理由だ。

また、当局がコストを削るために基礎医療保険の適用範囲を狭める可能性を懸念する。基礎医療保険料は下がらないのに保険の対象サービスが減らされ、医療を受けるための待ち時間も増えるという。

反対委員会は、中央党の提案は患者が公的保険か任意保険加入かによって医療の質が左右される「二層医療」につながり、経済的余裕のない人々を苦しめると訴える。

誰が賛成し、誰が反対しているのか

中央党の提案は左派(社会民主党=SP/PS、緑の党=GPS/Les Verts)、右派(国民党=SVP/UDC、急進民主党=FDP/PLR)のいずれの支持も得られていない。

編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

© swissinfo.ch