「本当は隠したいフランスの真実」描いた『レ・ミゼラブル』製作陣の新作がスゴい!『ティアーズ・オブ・ブラッド』&『バティモン5 望まれざる者』

『ティアーズ・オブ・ブラッド』© Frakas Productions - Noodles Production - Fasten Films - Entre la vida y la murte, Aie - Eyeworks films & TV drama - Le Pacte - RTBF – FWB『バティモン5 望まれざる者』©SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023

『レ・ミゼラブル』製作陣が再集結

2021年に公開されるや、“美しき魅惑の国フランス”の真の姿に映画ファンが驚愕したヒューマン・サスペンス『レ・ミゼラブル』。その衝撃は世界に波及し、一躍注目を集めた新鋭監督ラジ・リは間髪入れずにNetflix映画『アテナ』の脚本・プロデュースを手掛けている。

自身が生まれ育ったパリ郊外の犯罪多発地区モンフェルメイユを舞台に、そのエリアを取り締まる犯罪防止班(BAC)と少年たちの対立を、手に汗握る圧倒的な臨場感で描き出したラジ・リ。その手腕は広く認められ、第72回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞、第45回セザール賞4冠最多受賞(観客賞、最優秀作品賞、有望男優賞、編集賞)のほか、第92回アカデミー賞国際長編映画賞や第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネートなど、あらゆる映画賞を席巻した。

そんな映画史に残る傑作を手がけた製作陣が新たに送り出す映画、『ティアーズ・オブ・ブラッド』『バティモン5 望まれざる者』が5月、日本で立て続けに公開される。前者は『レ・ミゼ』の脚本家ジョルダーノ・ジェデルリーニが監督・脚本を手がけたクライム・サスペンス、後者はラジ・リ監督が大都会パリの知られざる暗部を浮き彫りにする社会派ドラマだ。

「過去のない男」の哀しき復讐劇『ティアーズ・オブ・ブラッド』

ある夜、一人の若者が地下鉄のホームから線路に転落する。運転士のレオは、なんとか電車を急停車させ最悪の事態を回避したかに見えた。しかし、若者は銃で撃たれ重症を負っており間もなく息を引き取る。そして驚くべきことに、彼は疎遠になっていたレオの息子・ユーゴだった。

警察は、ユーゴが凶悪な強盗事件に関与していたとして捜査を始めるが、父親であるレオの経歴は謎に包まれていた。一方、息子を失ったレオはたった一人で警察の目を欺きながら、危険な真相へと近づいていく。果たしてレオは何者なのか? 警察、強盗団、そして過去のない男レオ、それぞれの思惑と復讐心が導く暴力の連鎖の果て、やがて悲しい真実が明らかになる……。

シブさ重視のクライム映画ファンは要チェック

ジョルダーノ・ジェデルリーニが、トンデモなソード&ガンアクション『SAMURAI』(2002年)から約20年ぶりに自らメガホンを取った本作。ゴリゴリの社会派映画だった『レ・ミゼ』を劇映画として“魅せる”部分を担っていたのがジェデルリーニなのだということがよく分かる、ミステリアスなクライム劇に仕上がっている。

ベルギーを舞台に、何か良からぬことに巻き込まれていたらしい息子の足跡を辿っていくレオと、彼の正体をつかもうと奔走する警察。のっけからツカミが非常に上手く、まったく派手な映像ではないのに冒頭の5分ほどで観客の「どうした? どうなる?」を刺激しまくる展開、そしてエグい描写に頼らずとも興味を惹き続ける手腕はさすがだ。

レオの“謎”の部分に期待を持たせながらも、「ナメてた相手が実は……」的なスカッとアクションに落とし込まないあたりも現実的。最後の最後まで「えっ……?」と深読みさせ、レオを演じるアントニオ・デ・ラ・トレの絶妙な表情演技に振り回されることだろう。フランスのベテランDJローラン・ガルニエによる音楽も主張しすぎず良い塩梅だ。

『ティアーズ・オブ・ブラッド』は2024年5月17日(金)より全国公開

大都会パリの知られざる暗部を浮き彫りにする『バティモン5 望まれざる者』

「バンリュー」と呼ばれるパリ郊外部。ここに立ち並ぶいくつもの団地には労働者階級の移民家族たちが多く暮らしている。このエリアの一画<バティモン5>は再開発が検討されており、老朽化が進んだ団地の取り壊し計画が進められていた。

市長の急逝で臨時市長となった医者のピエールは、汚職を追及されていた前任とは異なり、クリーンな政治活動を行う若き政治家。居住棟エリアの復興と治安改善を政策にかかげ、理想に燃えている。一方、マリにルーツを持つフランス人女性アビーはバティモン5の住人であり、移民たちのケアスタッフとして働きながら行政の怠慢な対応に苦しむ住人たちの助けになりたいと考えている。

アビーは友人ブラズの手を借りながら、住民たちが抱える問題に向き合う日々を送っていた。かねてから行政と住民との間には大きな溝があったが、ある事件をきっかけに両者の衝突が激化。バティモン5の治安改善のために強硬な手段をとる市長ピエールと、理不尽に追い込まれる住民たちを先導するアビー、やがて両者間の均衡は崩れ去り、激しい抗争へと発展していく――。

息が詰まりそうな社会問題と一筋の希望

『レ・ミゼ』のラジ・リ監督のもとに製作スタッフが再び集結し、バンリューが抱える問題を持ち前の臨場感と新しい視点を交えて生み出した『バティモン5 望まれざる者』。数々の映画賞を受賞したアレクシス・マネンティも『レ・ミゼ』に引き続き登場するが、本作では存在感の“変化”に注目してほしい。

団地の動かないエレベーターが象徴するように、本作には『レ・ミゼ』と地繋がりのテーマがある。人種間の諍いの裏側で“見えない化”された怒れる子どもたちの姿も衝撃的だった『レ・ミゼ』から、立場の異なる移民同士の軋轢などは引き継ぎつつ、本作では<行政の圧力×翻弄される住民>という構図を軸にしたことで、より多くの人に普遍的に響く“物語”になっている。

「行政の圧力」と言うと実感が薄いが、現在アメリカの大学で起こっているアレと例えれば、その横暴ぶりが分かるだろう。“改善”と騙る肉体的・精神的な迫害・攻撃は、反発を超えて取り返しのつかない怒りを引き起こすこともある。アリストート・ルインドゥラ演じる青年ブラズの“爆発”はラジ・リ監督の怒りでもあるはずだが、監督は突き上げた拳を振り下ろすことはせず、一縷の希望としてアビーのような若者たちを丁寧に描いてみせた。

都市開発の名のもとに富める者たちが主導する選民政策は他人事ではない。メディアの偏向報道を隠れ蓑にした国家による詐欺行為が横行する世界に、わたしたちも生きているのだ。限りなくノンフィクションに近いフィクションである本作は、政策の不備を国民の怠慢にすり替えようとする権力者に対し“正しく怒ること”の重要性を訴えかけてくる。

『バティモン5 望まれざる者』は2024年5月24日(金)より全国公開

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