『ミッシング』吉田恵輔監督 フィルモグラフィを通じて言いたいことを埋めていく【Director’s Interview Vol.404】

意地悪だけど優しくて、笑えるけれど泣ける。圧倒的な振り幅をひとつの作品で成立させる天才監督、吉田恵輔に、石原さとみが直談判をして実現した『ミッシング』。行方不明になった幼い娘を探し続ける年若い母親。彼女の出口の見えない苦しみの日々を描くヘビーな物語は、これまでのキャリアを捨てる覚悟で望んだという石原さとみから、心身の七転八倒をさらけ出す大熱演を引き出した。

『ミッシング』は数々の映画賞に輝いた前々作『空白』(21)から派生して生まれ、吉田監督がネクストレベルに達したことを宣言するかのような傑作となった。しかし一体、外野が勝手に感じたネクストレベルとはいかなる境地なのか? 吉田監督の現在について、本人に語っていただいた。

※吉田監督の『よし』は土に口です。

『ミッシング』あらすじ

とある街で起きた幼女の失踪事件。あらゆる手を尽くすも、見つからないまま3ヶ月が過ぎていた。娘・美羽の帰りを待ち続けるも少しずつ世間の関心が薄れていくことに焦る母・沙織里(石原さとみ)は、夫・豊(青木崇高)との温度差から、夫婦喧嘩が絶えない。唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田(中村倫也)を頼る日々だった。そんな中、娘の失踪時に沙織里が推しのアイドルのライブに足を運んでいたことが知られると、ネット上で“育児放棄の母”と誹謗中傷の標的となってしまう。世の中に溢れる欺瞞や好奇の目に晒され続けたことで沙織里の言動は次第に過剰になり、いつしかメディアが求める“悲劇の母”を演じてしまうほど、心を失くしていく。一方、砂田には局上層部の意向で視聴率獲得の為に、沙織里や、沙織里の弟・圭吾(森優作)に対する世間の関心を煽るような取材の指示が下ってしまう。それでも沙織里は「ただただ、娘に会いたい」という一心で、世の中にすがり続ける。

『空白』から『ミッシング』へ


Q:『空白』の公開時にはもう『ミッシング』の話をされていましたよね。テーマとしても『空白』の延長線にある作品というか、一瞬のバリエーションといいますか。

吉田:そうですね。『空白』のクランクアップの翌日くらいにはもう(脚本を)書いてましたから。(『空白』を撮影した)蒲郡の三部作を作るって冗談で言ったんだけど、その翌日に(新型コロナの)緊急事態宣言が出て、『空白』の編集がしばらくできなかった。それで一ヶ月ヒマになって、ちょうど『BLUE/ブルー』(21)と『空白』を続けて撮って、『神は見返り求める』(22)はまだ撮影前だったけど、手の中にあったシナリオがどんどん映像化されていって、新しいのを一個書かなきゃなって思ってたんで。じゃあ蒲郡三部作の2本目は何だろうって考えて、『空白』の続編に近いものを書き始めたんです。

だから最初の頃の脚本には『空白』の添田(古田新太)や野木(藤原季節)が出てきていて、青木(崇高)くんの役を漁業組合の人にしたのは添田と喧嘩をするくだりがあったから。今回みかん農園が出てくるのも、『空白』を撮影した時に蒲郡でみかんばっかり食べてたからなんです(笑)。

Q:じゃあ『空白』を撮影しながら『ミッシング』の構想が固まっていった?

吉田:いや、蒲郡から東京に帰る二日前にたまたまミキサー車が走ってるのを見かけて、ふと「ミキサー車っていいな」って思ったんです。「何かから逃げたがってるミキサー車の運転手」っていう人物が浮かんできて、じゃあ何から逃げたがってるんだろうと考えて、はたと「預かってたお姉ちゃんの子どもがいなくなっちゃったんだな」って思ったんです。それで「ミキサー運転手の男がいて、自分のせいで姉の子どもがいなくなった」っていう物語を考えて、そこから走り出した感じです。

だいたいいつもスタートは軽い気持ちで、書いていくうちにぜんぜん違う話になる。入口はなんだっていいんです。でも結局そうなると、姉の子どもがいなくなったミキサー車の運転手より、子どもを探してるお姉ちゃんのほうが中心人物というか、主役はそっちだよなと。だとしたらその旦那だってキツいよなってなったり、報道するテレビ局のこともなんとなくセットで見えてきた。

それで河村(光庸)さん(※2022年に亡くなった映画プロデューサー)にざっくりした第一稿を渡したら、「これいい、これやろうよ! テレビ局をさ、叩きたいんだよ!」ってなんか悪意のこもったことを言われて(笑)。いや、俺は別にそういう気ではないんだけど、テレビ局のパートを膨らませたほうが面白いかもねっていう話になって、それで最終的な脚本ができていったんです。

『ミッシング』©︎2024「missing」Film Partners

Q:『空白』も『ミッシング』も、誰か大切な人を失くしたところから始まる話ですよね。

吉田:うん、そのこととどう折り合いをつけるか。

Q:『空白』は、初期から組んでいた脚本家の仁志原了さんが2016年に病気で急逝された経験が反映された作品で、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)や『犬猿』(18)も仁志原さんとの関係がベースにあったと思うんですが、今回はテーマは繋がっていても監督のプライベート感は薄いというか、仁志原さんのことを描いているようには感じなかったんです。

吉田:うん。俺の中では、仁志原さんが亡くなったことは『空白』を作ることで折り合いをつけた気でいるんですよね。ある種の傷から自分を癒やす作業はできた気がするんだけど、でもそれができない人もいるよなって思ったんです。『空白』は取り返しがつかないことというか、もう死んじゃった誰かに対しての自分の心の決着の話だけど、『ミッシング』の環境だと、折り合いをつけちゃったらそれは「諦めたってこと?」ってなっちゃうわけだから。

いなくなった誰かを探している最中の痛みって、どうしたらその先に光が当たるんだろう、みたいなことを考えるのが今回のテーマだった気がしますね。ずっと走り続けなきゃいけない状況って、どこで息していいかわからない。ちょっとそういう人たちに向けた作品も一個作ってあげたい、という気持ちがありました。たぶんこの人たちに見える光があるなら、『空白』で見る光とは違うんだよなあって。

フィルモグラフィを通じて言いたいことを埋めていく


Q:以前に「マスコミがどうして間違うのかを描きたい」って話もしてましたよね。

吉田:そうそう。『ミッシング』は『空白』とセットで考えられるといいなって思ったんです。『空白』の編集もまだ終わってない時点から、『空白』には雑なところがあるというか、ひとつの物語の一部分しか描いてない、それ以外のことに関しては外側しか描いてない気がしていて、そのひとつがマスコミだったんですよね。『空白』だけを観るとちょっと取ってつけたようなマスコミ像だと自分では思っていて、ただ『空白』はそれを描く話じゃなかったから、『ミッシング』ではこっち(マスコミ)の話もやろうと。

空白』は、俺の中では結構大きな声を出した作品のつもりなんだけど、歯抜けの文字があるみたいな感覚があったんです。『空白』をやったことで、「いや、ちょっと待てよ」って自分で気づいたことがいっぱい出てきて、俺はもっと大きな声を出したい気がするのに言葉が足りてない。その足りない言葉を、どうしても埋めたかったというのはある。

次はさらにまた別のテーマっていうか、これも『空白』で言いたかったけど、『ミッシング』に入れ込むのはとてもじゃないけど尺的にムリ、脱線しちゃうよねって思って外した部分をやろうと思っていて。今度は学校が出てくるものを撮ろうと思ってます。

フィルモグラフィを通じて、自分が言いたいもの、言い切れなかったものを埋めていく作業をしている感覚はわりとあって、作品はそれぞれひとつの物語としてまとめているつもりですけど、続けて観てもらえれば俺の言いたいことが全部載ってますよってことになってくるっていうか。

『ミッシング』©︎2024「missing」Film Partners

Q:それは監督デビューした頃から意識をしていたんでしょうか?

吉田:だんだんそうなってきたんじゃないですかね。例えば『ばしゃ馬さんとビッグマウス』は夢との決着のつけ方みたいなことを描いていて、『BLUE/ブルー』でも同じようなことやってるけど、あれって結果がわかるものと、結果がわからないもの、いわゆる文系と体育会系の違いなんですよ。

芸術だと「俺はいいと思ったよ」って言えることも、スポーツだと「誰が見ても負けでしょ」ってなるっていうか。同じ負けるにしても負け方の種類が違う。「あ、こっちはまだ描いてなかった」って思う自分がいて、フィルモグラフィでそれを埋める作業をやってるんだよね。あと、同じことができない。飽きちゃうの。だから次、次って考えちゃうんでしょうね。

Q:『ミッシング』はテーマとしても物語としても、落とし所が難しい作品だったんじゃないかと思うんですが、監督はどの段階で「この映画を終わらせられる」と思ったんでしょうか?

吉田:基本的には、彼女(石原さとみ演じる沙織里)がどう光を見るかってことがゴールだと思ってました。その光っていうのは、こんな状況にありながらも、他者のために泣いたりとか、他者のために自分が動けたりとか、そういうことをやれたときに自分に返ってくるんじゃないか。っていうか、 その先に光があるだろう、あってほしいっていう願いが、俺にとってのゴールだなって思ったんです。。

ゴールは成り行きまかせ


Q:監督の中で優しさの分量が増してきてませんか? それとも今回はあまりにも登場人物をひどい目にあわせたから、優しさでバランスを取ろうとしています?

吉田:でも俺は最初っから、ずっと愛を描いているつもりではあるんですよ。もちろん現実の辛さを見せようってところもあるんだけど、でも一番は「人って捨てたもんじゃないよな」って思ってる。ただ愛は描きたいんだけど、俺の作り方だと相当な地獄を見せてからじゃないと、俺自身がその愛を実感できないんですよね。

例えば男女が「愛してる」っていう言葉を使うには、死にかけるくらいの状況まで追い込まないと言っちゃいけないというか、それでしかあんまり本当だと思えない。だからどんどんどんどん追い込んじゃう。まあ、そこまで追い込まなくても愛は見えるはずなんだけど(笑)、たぶん、相当な地獄を見ないと俺は泣けないんだよなあ。

Q:前作の『神は見返りを求める』は一見コミカルですけど、観る人によってはすごく不安になるような不穏さがあって、今回は相当酷い状況を描いているのに、かなり優しさが感じられる作品になっていると思うんです。

吉田:『神は見返りを求める』は“ゆりちゃん”が火傷しちゃったりしたけど、現実でいうと『ミッシング』の方がキツい。ムロ(ツヨシ)さんも背中刺されちゃったりしたけど、でも大したダメージではないじゃんって話ですよね。でも確かになんか後味は悪い(笑)。でもこっちは後味はいい。途中は地獄ですけど。『空白』も結構、後味はいい。

『ミッシング』©︎2024「missing」Film Partners

Q:ですよね。作品の後味がどっちに振れるかっていうのは、監督にとってあまり重要じゃないのかも知れないと思ったんです。

吉田:うん、あまり重要じゃないですねえ。結果的にそうなるっていうか。『ヒメアノ~ル』(16)もわりと後味よく終わってると思うんですね。「最後泣いた」とか書いてある感想も読むんだけど、最初に書いた脚本はすごくぞっとするような終わり方でした。そういう話を書いたけど、なんかちょっと終わり方を変えたいなって思って、感動ではないけど、なんかキュンってする方に持っていったんです。

明確な終わりを決めて書き始めるっていうことはあんまりないですね。「これはこういう物語にするんだ!」っていうものも、ないといえばない。成り行きまかせといえば成り行きまかせなのかもしれないです。

空白』なんか、ゴールが決まらずにどうしようどうしようってずっと考えてた記憶がありますもん。ほとんど書き終わったのにラストシーンだけ見つからなくて、「そもそもこれはどんな物語だっけ?」っていうのを最後の最後でやっと見つけた気がする。『ミッシング』も相当四苦八苦しましたけどね。うん、相当四苦八苦したなあ(笑)。

Q:撮影中に脚本を変えたりすることはあるんですか?

吉田:いや、脚本は撮影前には決まってるんだけど、今回は石原(さとみ)さんがやるって言ってから2年くらい時間が経って、その間に石原さんには子どもが生まれて、俺もその間に脚本を直したくなっちゃった。だから石原さんに、2年近く経ってから書き直した本を見せたら「だいぶ変わりましたね」って言われました。

最初の頃は古田新太さんとかも登場してたし、藤原季節くんとかとも繋がった話だったし。あと沙織里が推しのライブに行ってなかった。本人に責任がないというか、子どもが失踪したときは仕事をしてたことになってたんです。

でもそれだと沙織里がずっと怒ってる人になっちゃうというか、怒ってるだけのお芝居をずっと見てたら飽きそうだなって思っちゃった。本人は怒っていながらも、「でもライブ行ってた私もアレなんですけど」っていうような何かがないと。旦那にしても「お前ライブ行ってたじゃん!」みたいな気持ちが、2人の間のちょっとした弊害になっていたほうがいいと思って、そこは結構大きく変えちゃいましたね。

吉田恵輔と石原さとみ、まるで下町と港区(笑)


Q:吉田監督が描く登場人物には、どうしようもない人だけど愛嬌あるんだよなっていう絶妙なバランス感覚があると思うんですが、今回の沙織里役は本当に張り詰めていて、観客側としても愛嬌を感じる余裕があまりない。これは監督の狙いなのか、それとも石原さんの演技によるものだったんでしょうか?

吉田:俺の想定では、映画が始まって40分くらいは、お客さんはみんな沙織里のことが嫌いになるだろうなと思ってたんです。ずっとキーキーギャーギャー怒ってるんで、それを面白がる人はいるとしても、感情移入するとか、好きになって応援しようとかいう人はいないだろうなと。

でもそこから取り返す予定だったというか、後半のロングインタビューのシーンとかが始まればお客さんも「そりゃ辛いよねお母さんは」ってなって、だんだん同情票が集まってくるという計算のもとで書いてるわけです、一応は。でも石原さんに実際にやってもらったら、パワーがスゴいから「コレは余計に嫌いになるな!」って思って(笑)。

スケジュール的にも最初の方にキーキー言ってるところばっかり撮影してたから、「この時点で俺もすげえ嫌いなんだけど……」とか思うとだんだん不安になってきて(笑)。でも物語の後半とかの一番いいシーンはラストの方に撮ってるから、その頃になると「ああよかった、取り返してきたぞ!」みたいな感じでした。

空白』でも、古田さんの傍若無人なパワハラ夫みたいなキャラは苦手な人は本当に苦手なんだろうけど、そうはいっても古田さんってどっかコメディアン的なところがある。フォルムもそうだし、ただ「気持ち悪い、怖い」っていうより、ちょっと許されるところがあるキャラな気がするんですよね。石原さんの沙織里にはそこの可愛げがないっていうか……。

Q:石原さとみさんに対して「可愛げがない」っていうのも、いろいろ価値観がひっくり返る感じがして面白いですけど(笑)。

吉田:石原さんくらいキレイすぎるというか、この手のタイプの人がギャーギャー言うと性格悪く見えるんですよね。途中までは、「だけど大丈夫! こっから取り返せる、はずだ!」って自分に言い聞かせながら撮ってました。あとは石原さんがどこまで表現で母性を出せるかが勝負だなって思ってたら、俺はまんまと現場でその母性に泣いたので、「うん、なんかよかった!」ってなりました(笑)。

『ミッシング』©︎2024「missing」Film Partners

Q:吉田監督はこれまで、一旦キャスティングしたらお芝居はわりと演者にお任せしつつ、シーン自体はあらかじめ想定していた感じに収めるようなアプローチをされてきたと思うんですけど。

吉田:そうですね。この枠の中では、役者がどんな暴れ方をしても、右に行こうが左に行こうが大丈夫っていうのはありました。でも今回は、特に撮影の序盤は「このテンションで合ってるんだっけ?」っていう不安が今までで一番ありました。

Q:それは石原さんが予想外の演技をしてくるから?

吉田:それはやっぱり大きいです。あと結構勝負だったのは、娘の美羽を描いてないこと。美羽がいなくなる前の、石原さんとの親子のシーンがもっとあったら沙織里のことももっと好きになれるはずなんだけど、沙織里って映画の出だしからキレてる人なわけですよ。

でも美羽がいなくなるまでの日々を最初にやっちゃうと、みんなの偏見に繋がらないんです。偏見ってまず嫌いになるところからだから。観客を、劇中でSNSで叩いてる人たちと同じ状況に置きたかったんですよね。

もちろん「沙織里が最後まで嫌われるのはイヤだ!」っていう怖さはありましたけど、そこまでしないといけない必要もあったというか。石原さんってたくさんCMやってたり好感度ランキングも高い人だから、「ウゼえなこいつ」とまで思わせるには結構な勝負していかないと、やっぱり偽物に見えちゃうんですよね。

Q:石原さんについては、そもそも向こうから出たいという話がなかったらキャスティングしなかったと仰ってましたよね。

吉田:だって、俺と石原さとみって聞いたらみんな「えぇ?」って思いません? なんかスベりそうな匂いしかしない。こっちは下町で向こうは港区みたいな(笑)。でも映画を観たら、別に大丈夫だと思ってもらえるとは思うけど。

Q:監督も最初は「大丈夫かな?」って思ってた?

吉田:いや、「大丈夫かな?」は結構ずっと思ってたよ(笑)。

Q:何が一番心配だったんですか?

吉田:石原さんが結構な肩の振りまわっしっぷりで現場にやってきて、その場で「何でもやります!」って言ってくれるんだけど、同時に「正解はわかりません!」とも言ってるんですよ(笑)。

役者って、物語のゴールを見据えて「今はこれくらいに抑えておこう」みたいに逆算した芝居ができる人が結構いるじゃないですか。「このシーンではこういうアプローチを入れてみよう」とか。石原さんはそれがゼンッゼンないというか、一切勝算がないの。さっきも言ったように、最後は沙織里の母性に持っていって観客みんながこの人たちの幸せを願うようにならなきゃいけないんだけど、「そういう変化までをちゃんとコントロールできるのかなあ、俺も君も」っていう不安が一番ありました。

それに今までは主役とほぼ喋ってなかった。『空白』の古田新太さんとも、役についてなんてひと言も喋ってない。衣装合わせで初めて会って「古田さん、なにかありますか?」って聞いたら「なんにもないです」っていうから、「あ、こちらもないです」って(笑)。台本持ってきてこのシーンはああだこうだ言ってくるタイプは基本苦手だし、もしかしたら俺からそういう空気を出してるのもあるのかも知れないですけど、あんま俺に言ってこないんですよ、みんな。

Q:でも今回の石原さんは違った?

吉田:今回はもうとんでもないです! 助監督が、台本を持ってずっと役者の横にいる俺を見て「珍しい!」って驚いてたもん。「カット」って言った後、またすぐ台本持って石原さんの横に行ってずっと話してる。そんなのあまり見かける風景じゃないですから。

Q:じゃあ今回はいつもより時間もかかったんでしょうか?

吉田:ぜんぜんかかってます。でもそれは最初から言ってましたね。「時間かかるぞ、今回は」って。

空白』の時に、葬式のシーンで片岡礼子さんがひとりだけ10何テイクかかったことがあったんです。片岡さんも、衣装合わせのときから肩振り回して「やるわ!」みたいな人で、でも同時に「こわい!」みたいな、石原さんとまったく同じタイプで。自分でわかっていたことだけど、今回はそれとまったく同じタイプの人間が主役だから、「あぁ、あの時の片岡礼子さんをずっと撮るんだ……」とは思ってました(笑)。

俺は答えは脚本に書いてるつもりなんで、いつもは上手い人たちがちゃんと正解をわかって演じるものを、どの角度から切り取って、編集して、ミキサーで音量の強弱を調整するように芝居のトーンを調整するかみたいな作業なんですよ。だから芝居のやり方に間違ってるとかはなくて、ただ「トーンだけ合わせてね」ってやり方でずっとやってきたところに、石原さんはオーケストラなのに「ところで私の楽器はどれですか!?」って言ってくる感じで(笑)。

でもやっぱり、「さすがは石原さとみ」って思ったんですよ。「わかんないわかんない!」って迷いまくった結果、ちゃんとスゴイものを見せてくれる。それはもちろん今までの技術や才能があった上でなんだけど、自分でコントロールできなくても、やっぱり人の心を動かすものを出してくる。今回は一緒に手探りで何かを作っていく、すごくクリエイティブな時間だった気がするし、監督という職業としては今までで一番面白かったし、一番濃かったですね。

小ネタのさじ加減


Q:吉田作品といえば、思わぬところで笑いを放り込んできたり、小ネタを忍ばせたりするのが定番ですけど、今回は、そういうネタを散りばめつつも、一切笑いのために使ってなくないですか?

吉田:うん。今回がアート寄りってわけじゃないんだけど、いつものギャグの流れではありつつも、コメディではないっていうか、うまく色を塗って笑えないようにしました。本当は小ネタを入れようとは思ってなかったんですよ。ただガマンできなかった。ガマンできなくて、つい書いちゃうの(笑)。いわゆるコメディ的な部分については、「これ面白いぞ!」って思いながら書いてる気持ちよさ、射精感みたいなものはいつもと同じなんですよ。でもこの映画では、もし隣の席のヤツが「ワッハッハ」って笑ったら、お客さんが「なんだコイツ!」って思ってくれるといいなあって。

『ミッシング』©︎2024「missing」Film Partners

Q:そのさじ加減がこれまでと違うといいますか、まさに吉田監督のネクストステージだと思ったんです。

吉田:やっぱりこういう話だと、本当にお子さんが見つからない親御さんがいる可能性を考えるというか、例えば「3.11の津波で亡くなりました」という設定でふざけるのはだいぶよくないじゃないですか。それとちょっと近いというか、変なギャグをぶっこむわけにいかない。でも日常ってそういうことがたくさんあると思うんだよね。だから上手いこと忍ばせないと。

Q:そうやって画面に忍ばせたのが、序盤にしれっと出てくるオリジナルの富士山のゆるキャラってことでいいですか。

吉田:あれは俺じゃないよ! 美術さんが作ってくれたの。「なんかマスコット作ります?」っていうから俺は「じゃあ作ろうよ」って言っただけで。

Q:でも「じゃあ作ろうよ」って言って、できたものにOKを出して、画面の中に置いて撮ってるのは監督なわけですよね。

吉田:だけど、アレはあるもん! どこのテレビ局だってマスコットはいるもの!(笑)

でもそういうギリのところで、一個、編集段階でカットしたのがあるんです。食べ物屋で中村(倫也)さんと(細川)岳くんが喋ってるシーンがあって、中村さん演じるテレビマンの砂田が「そうか、俺って美羽ちゃんが見つかると思ってないんだ……」って気づいてしまう。あそこで店員が「お待たせしました」ってかき揚げ丼持ってくるんだけど、そのかき揚げがビックリするほどデカいの。それで岳くんが「でっけえ」って言うんだけど、マジで「バカなの?」っていうくらいデカいの。

でもこっちが仕込んだんじゃなくて、そういう店なんですよ。撮影に使ったのが実際にそういう店なんだけど、さすがに不謹慎だなと思ってやめました。撮ってはみたものの、ちょっと邪魔すぎてシーンが台無しになる。真面目な砂田が考え込んでるところに、かき揚げがとんでもない高さの山盛りになってて、もう目がおかしくなるんです(笑)。

Q:じゃあ『ミッシング』は「あの吉田監督が山盛りのかき揚げを出せなかったくらいの映画」ってことですね(笑)

吉田:そうそう。いつもなら絶対に見せてるから。そんなかき揚げが出てきたら、かき揚げナメで撮ってるよ!

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監督/脚本:吉田恵輔

1975年生まれ、埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作する傍ら、塚本晋也監督作品の 照明を担当。2006年、自主制作映画『なま夏』(06)で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞。同年、『机のなかみ』で長編映画監督デビュー。2008年に小説「純喫茶磯辺」を発表し、自らの手で映画化。2021年公開の『BLUE/ブルー』、『空白』で、2021年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第34回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞で監督賞を受賞。『空白』は、第76回毎日映画コンクール・脚本賞、第43回ヨコハマ映画祭で作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞と4冠に輝いた。『さんかく』(10)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『麦子さんと』(13)、『犬猿』(18)、『神は見返りを求める』(22)などオリジナル脚本の作品を数多く手がけるほか、人気漫画を原作とした『銀の匙 Silver Spoon』(14)、『ヒメアノ~ル』(16)、『愛しのアイリーン』(18)などの話題作も監督している。

取材・文: 村山章

1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。

『ミッシング』

5月17日(金)全国公開

配給:ワーナーブラザース映画

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