「結婚しても寂しい…」出張が終わっても、帰ってこない夫。タワマンで待つ妻の憂鬱

◆これまでのあらすじ

数年ぶりに再会した、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

3夫婦それぞれが、レスで悩んでいることが判明する。

子どもを欲しくない幸弘と、子宮筋腫が見つかり、出産のタイムリミットに焦る妻の琴子。

一方妻・カリンの言葉が頭にきたミナトは、出張の前日から家を出ていってしまい…。

▶前回:「写真と動画をあげるだけで月200万?世の中狂ってる」夫より稼ぐ31歳妻に、外コン夫が怒り爆発

辻カリンの不安

「ミナト、出張は2泊3日って言ってたのに…。一体いつ帰ってくるんだろう?」

午後11時、カリンはリビングのソファに身を沈め、スマホを何度も確認しながら、そう漏らした。

自宅である神谷町にあるタワマンの27階の大きな窓からは、東京の夜景がキラキラと輝いている。

6年前のデートの帰り。カリンがミナトに連れられてきた部屋が、ここだった。

「知り合いの不動産会社に紹介してもらったんだ。ここで、2人の生活を始めないか?」

それが、プロポーズの言葉だった。

あの時は、この部屋が天国のように素敵な場所で、一生幸せに暮らせるものだと信じていた。

今みたいに、寂しく過ごすことなんて、想像さえしていなかったのだ。

ミナトは、本来なら昨日には帰ってきているはず。けれど出張前に喧嘩をして以来、一切連絡が取れなくなっていた。

こういったことは、今回が初めてではない。

ミナトは喧嘩をすると、頭を冷やしたいと言って、家を出ることが何度かあった。

大抵は、次の日には何事もなかったかのように帰ってくる。

けれど今回は、LINEを送っても未読スルーだし、出張前日から出ていったので、もう4日も会っていない。

― 事故に遭っていないかな?
― 浮気相手のところに行ってしまったんじゃ…?
― 私と離婚しようと思ってる…?

ミナトに酷いことを言われ、カリンだって怒ってはいる。でも同時に、心配でたまらない。

悪い想像がぐるぐると頭を駆け巡る。

正直カリンには、ミナトが何にそこまで怒っているか分かっていない。最近は、仕事が忙しいのか、ずっとイライラして近寄りがたいオーラを放っていた。

そのうえセックスレスで、カリンが誘ってもいつも「疲れているから」と断られる。

話し合いをしようにも、仕事で疲弊している彼に問い詰めることもできず、だんだんとすれ違っていた。

― 夫に関心を持たれないなんて、辛い…。

子どもができるまでは、自分を大事にしてくれたミナト。
だが、子どもができた頃から、すべてが変わった。

娘が生まれた頃から、ミナトとの関係が変わり始めた。

ほぼワンオペだったカリンは、不規則なモデル業と育児を両立させることが難しいと感じて、娘が1歳になる前に所属していたモデル事務所を辞めた。

家の中で子どもと2人で過ごすのは、最初は幸せで楽しかった。

ただ次第に、外の世界から隔離されたような気分になり、ミナトも仕事で家にはほとんどいなかったので、孤独感が増していく。

あれだけ自分をちやほやして大事にしてくれていたミナトも、カリンが家庭に入ってからは、人が変わったように関心を示してくれない。

その原因が、仕事のせいなのか浮気をしているのか、またはカリン自身にあるのかも分からず、途方に暮れるのだった。

甘い誘惑・辻ミナトの本音

「おー陸!来てくれたんだー!」

麻布十番にある『Pomponne』は、アットホームで落ち着きのある雰囲気のシャンパーニュ・バー。

奥のカウンター席にいたミナトは、陸に気がつき、嬉しそうな顔を向ける。

出張前に妻のカリンとケンカをしたミナトは、家に帰るのが嫌で、同級生の陸と幸弘にここへ集合するように声をかけたのだ。

「どうした急に、なんかあった?そういや、幸弘は?」

陸の問いに、ミナトはケッと吐き捨てた。

「幸弘からは、『仕事』ってだけ返事が来た。なんだよ、相変わらず冷たいやつだな」

「まあまあ。で、なんかあった?奥さんとケンカしたとか?」

優しく言う陸の肩を、ミナトはガシッと掴んだ。

「さすが!陸は俺のことわかってくれてるな。でも問題はそれだけじゃなくてさ…。俺、ヤバかったんだ。後一歩で、一生家に帰れなくなるところだった」

「どう言うこと?」

「俺さ、さっきまで出張に行ってたんだけど…」

ミナトはトラブルで出張が1日長引き、やっと今日帰ってきたのだが、ある女性と一緒だった。

他部署にいる30歳の彼女は、今回のプロジェクトだけ一緒になったチームメンバーの1人で、出張にも同行していた。

ここ数ヶ月一緒に過ごす時間が増え、お互いに信頼関係も生まれ、だんだんと距離感が近くなっているのをミナトは感じていた。

出張先でのトラブルもなんとか解決し、安堵と共に少しの解放感に包まれていた。

そんな時…。

「お疲れさまです。今日って、このまま帰宅ですか?よかったら、2人で打ち上げしませんか?」

彼女の方から誘われ、ケンカ中で家に帰りづらかったミナトは、「そうだね」と誘いを受け入れたのだ。

久しぶりに女性と2人だけの時間。

楽しく食事をしていると、彼女がスマホを落とし、拾うために前屈みになった。

白いシャツの間から覗いた胸元に思わず目がいき、ミナトは慌てて目をそらす。

すると、彼女はからかうように言った。

「ふふ、ミナトさんって、案外真面目ですよね。でもだからこそ、落としがいありそうですけど」

そう言って、偶然か意図的か、彼女の脚がミナトの脚に優しく触れてきたのだ。

「俺さ、その時。あ、この子とならできるかも、ってつい体が反応しちゃってさ。男ってバカだよな。でも、娘の顔が浮かんだの。それで、なんとか逃げて帰ってきたんだけど…」

ミナトの話に、陸は「うわあ」と大袈裟な声を出す。

「なんだよ、陸にはわかんないか?ずっとレスで悩んでた時に、魅力的な女の子が出てきたら、ついって思っちゃわない?」

「いや、わかりすぎるから怖いなって。でもそれで行ってたら、終わってたかもな」

陸の返しに、ミナトが「怖いこと言うなよ」と怯えた表情をする。

「たださ。これがカリンにはどうしても持てない感情なんだ。あんなに好きだったのに…」

ミナトはそう言って、シャンパンを喉の奥に流し込む。

「カリンがさ、レスをなんとかしたいと思ってるのは伝わってくるんだよ。セクシーな格好をしたり、スキンシップをしてきたり。でも、あいつが色々すればするほど、こっちにはプレッシャーで、その気が失せるんだ」

「で、どうすんの?ケンカしてるんだろ?今日はちゃんと家に帰ったら?」

「いや、帰んない。帰ってもまた余計なこと言って、ケンカしそうだし。まあ、ことの発端は、俺の嫉妬というか、八つ当たりなんだけどな」

仕事で朝から晩まで努力して、やっとなんとか稼げている。それでも、そのプレッシャーは相当なものだ。

そんな時に、楽してInstagramで稼いでいるように見えるカリンに、ミナトはどうしようもない黒い感情に襲われた。

この情けない姿を、カリンにこれ以上見せたくなかったのだ。

佐々木陸の秘密

夜11時になり、ミナトに別れを告げると、陸は慌てて家へと向かう。

真っ暗な部屋に電気をつけ、急いで洗濯物をかき集めて洗濯機へ押し込み、今度は食洗機を回す。

妻の杏は、自身のクリニックを経営していて診察もしている。しかも、働く女性のためにと夜10時まで開いている。

彼女が雑務を済ませて帰ってくるのは、夜12時ごろ。

綺麗好きな杏は、それまでに陸が家事を終えていないと不機嫌になる。

「疲れて帰ってきてるのに、家が汚いなんて、最悪」

それが彼女の口癖なのだ。

ついついミナトと話し込んでしまい、帰宅後すぐに家事をするが全然終わらない。

気がつけば午後11時45分。杏が帰宅した。

「ただいま。うわ、部屋汚い。もー、疲れてんのに最悪」

「あ、ごめん。今から片付けるよ」

「いつも言ってるのに。あ、そういや明日ゴミ出しだから、今回は忘れないでよね?」

杏は大きくため息をつくと、風呂場へと行ってしまった。

そんな後ろ姿を見て、陸はミナトとの会話を思い出していた。

「男ってバカだよな。つい体が反応しちゃって…」

過去の自分の過ちが一瞬頭をよぎり、振り払うように掃除に没頭する。

陸は一度だけ、同じ病院にいた看護師と、間違いを犯したことがあったのだ。

夫婦喧嘩をしていた時の突発的な行動。でも…

どうしてもそのことを杏に打ち明けられず、陸は今も秘密を抱えていた。

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ついに話し合うことになったカリンとミナト。だが事態は最悪の方向に…。

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