【社説】国の指示権 根拠なき拡大認められぬ

地方自治を損ないかねない法改正が、なぜ必要なのか。政府の説明を聞いても疑問は少しも解けない。

自治体に対する国の指示権を広げる地方自治法の改正案が、衆院総務委員会で本格的な審議に入った。

指示権は「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」の特例として設ける。閣議決定を経て、人命保護などに必要な指示を可能にした。自治体間の事務処理の調整、職員派遣のあっせんにも関わる。

2000年の地方分権改革で国と自治体の関係は「上下・主従」から「対等・協力」に変わり、国の自治体への関与は限定されている。

指示権を広げるのであれば当然、合理的な理由を示さなくてはならない。ところが、法案の基盤となった地方制度調査会(首相の諮問機関)の答申から国会審議に至っても曖昧なままだ。

特に問題なのは指示権を行使する要件である。松本剛明総務相は「現時点で想定し得るものはない」と答弁した。大規模災害や感染症のまん延を例示するだけで、何度質問されても具体的にならない。

指示権行使をどの段階で誰が判断するかについて、総務省幹部は「関与する主体が、関与する際に行う」としか答えなかった。

この程度の説明で、必要性が判然としない指示権を認めよというのは傲慢(ごうまん)である。野党が「立法の事実がない」と批判するのも当然だ。

大規模災害や感染症のまん延をはじめ、国が自治体に指示できることは個別法に規定されている。

これを地方自治法に加えれば、指示の対象は自治体の事務全般に広がる。行使の要件が曖昧なため、恣意(しい)的に使われる懸念もある。

国の関与を限定した現行ルールは大きく変容する。それだけではない。法案に反対する日本弁護士連合会は「憲法が定める地方自治と、国と地方は対等という基本的な原則を破る」と指摘する。

指示権が妥当かをチェックする仕組みもない。衆院総務委員会で、事前と事後に国会が関与することが提起されたが、松本氏は応じなかった。

安易な行使を防ぐため、全国知事会は自治体との事前協議を求めている。法案は自治体に意見提出を求めることを努力規定としているだけで、実行されるとは限らない。

非常時に国民の生命を守る責任があるのは自治体も同じだ。協力して対応するには自治体との意思疎通が欠かせない。国が一方的に指示するようでは、かえって現場を混乱させることにならないか。

国会の審議は土台が整っていない。各党は政府に立法の論拠を明らかにするよう、さらに迫るべきだ。現状のままでは法改正は認められない。

地方自治の根幹に関わる重大な問題だ。慎重審議を求める意見書を可決した議会もある。首長と地方議員は国会審議を注視してもらいたい。

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