【週末映画コラム】新作のラインアップに時代劇が並ぶ喜び『碁盤斬り』/『鬼平犯科帳 血闘』

『碁盤斬り』(5月17日公開)

(C)2024「碁盤斬り」製作委員会

柳田格之進(草なぎ剛)は、身に覚えのない罪をきせられた上に妻も失い、故郷の彦根藩を追われ浪人となった。今は娘のお絹(清原果耶)と一緒に江戸の貧乏長屋で暮らしている。

何ごとにも実直で、曲がったことが許せない格之進は、趣味の囲碁においても真っすぐな勝負を心掛け、碁会所で大店の主・萬屋源兵衛(國村隼)と知り合う。2人は意気投合し、たびたび手合わせをするようになる。十五夜の夜、源兵衛宅に招待され碁を打つ格之進だったが、50両が紛失し、盗みを疑われる。そんな中、旧知の藩士から、かつての事件の真相を知らされた格之進は、柴田兵庫(斎藤工)への復讐(ふくしゅう)を決意する。

古典落語の「柳田格之進」を基に、白石和彌監督が初めて時代劇のメガホンを取ったヒューマンドラマ。そのほかの共演者は中川大志、奥野瑛太、音尾琢真、市村正親、小泉今日子。加藤正人が脚本を手掛けた。

主人公の格之進は、清廉潔白過ぎて融通が利かない男だが、かえってそれがあだとなるという皮肉が描かれる。また、前半は江戸情緒を背景に、ほのぼのとした明るい調子でつづられるが、格之進の復讐の旅が中心となる後半は陰惨な調子に変調する。

つまり前半は白石監督らしからぬ意外性を感じさせつつも、後半はいつもの白石調に戻るといった感じか。その変調が面白いし、背景や雰囲気、殺陣、せりふなどから、久しぶりに本格的な、しかも新たな時代劇を見たという気分になる。

この間の格之進の変化を草なぎが見事に表現している。役柄のせいもあるが、山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』(02)の真田広之や、『武士の一分』(06)の木村拓哉とも通じるものがあると感じた。

落語の「柳田格之進」の落ちは、演者によって異なるが、この映画の落ちもなかなかいい。その点、脚本の加藤正人の功績は大きなものがあるといえるだろう。優れたスポーツ映画や競技映画は、描かれる対象のルールを知らなくても楽しめるが、この映画も囲碁を知らずとも楽しめる。

『鬼平犯科帳 血闘』(5月10日公開)

(C)「鬼平犯科帳」時代劇パートナーズ

火付盗賊改方長官・長谷川平蔵(松本幸四郎)のもとに、彼が若い頃に世話になった居酒屋の娘おまさ(中村ゆり)が現れ、密偵になりたいと申し出る。平蔵にその願いを断られたおまさは、平蔵が芋酒屋主人と盗賊の2つの顔を持つ鷺原の九平(柄本明)を探していることを知り、独断で調査に乗り出すが…。

これまで何度も映像化されてきた池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズを、十代目・松本幸四郎主演で新たに映像化したシリーズの劇場版。主人公の鬼平こと長谷川平蔵の過去と現在を交錯させながら、それぞれの時代で愛する者を救うために闘う平蔵とおまさの献身を描く。

テレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」に続いて、若き日の鬼平・長谷川銕三郎を幸四郎の実子である八代目・市川染五郎が演じた。そのほか平蔵の妻・久栄を仙道敦子が演じ、劇場版ゲストとして志田未来、北村有起哉、松本穂香、中井貴一ほかが出演。

中村吉右衛門=鬼平のテレビシリーズを見慣れた者にとっては、おいの幸四郎の主演で新たに復活したことは喜ばしい。しかも正調時代劇としてしっかりと力を入れて作っている。

もちろん、鬼平役の吉右衛門と幸四郎、おまさ役の梶芽衣子と中村をはじめ、ドラマ版との役者の格の違いは否めないところもあるが、新シリーズはまだ始まったばかり。今後の成長に期待したい。ベテラン勢では相模の彦十役の火野正平がなかなかよかったし、敵役の北村も好演を見せる。

時代劇は伝承していくべきものだから、形はどうあれ、とにかく作り続けていくことが大事。そういう意味では、この映画の出来のよさはうれしい限りだ。くしくも、草なぎ剛主演の時代劇『碁盤斬り』も今週から公開される。新作時代劇が新作ラインアップに並ぶのは気持ちがいい。

ただ、惜しむらくは、吉右衛門版のエンディングを飾ったジプシー・キングスの「インスピレイション」が踏襲されなかったこと。エンディングを見ながら、頭の中で勝手に「インスピレイション」を流している自分がいた。

(田中雄二)

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