ラグビーW杯で一世風靡したキックまで伝授 1日限定で五郎丸歩の“日本代表復帰”が実現したワケ

臨時コーチとして指導した五郎丸歩さん、自らキックのお手本も披露した【写真:吉田宏】

U20日本代表候補の合宿で直接指導、「代表」と名の付くチーム合流は引退後初

千葉・長生郡で合宿中のラグビーU20日本代表候補が5月16日に練習を公開。2015年ワールドカップ(W杯)で日本代表の躍進を支えた五郎丸歩さん(静岡ブルーレヴズ・クラブ・リレーションズ・オフィサー)が、臨時コーチとして未来のジャパンを直接指導した。日本中で五郎丸ブームを巻き起こしたキックを伝授。世界で戦う心構えも説いた。U20代表候補は19日からニュージーランド(NZ)遠征を行い、7月2日にスコットランド・エディンバラで開幕するワールドラグビーU20トロフィー(同17日決勝)への準備を進める。(取材・文=吉田 宏)

◇ ◇ ◇

“桜の戦士”にあの男が返ってきた。プレースキックの独特の“ルーティン”で一世を風靡した五郎丸さんが、引退後初めて「代表」と名の付くチームに合流。懐かしい桜のエンブレムが胸に縫われたチームウェアで、後輩たちを指導した。

「丁度シーズンが終わって一息ついて。そのタイミングでオファーが来たので参加しました。(体は)たいぶ緩んでますよ。頭の中でイメージしている自分の体の動きとだいぶ違う。でもまぁ、こういう機会で桜のジャージーを着るというのは光栄なことだし、自分の経験が何か彼らの役に立てれば嬉しいですね」

そう笑ったが、表情には充実感が滲んでいた。15年W杯での快進撃と自分自身の人気沸騰の中で、その後の日本代表には参加せずレッズ(オーストラリア)、トゥーロン(フランス)と海外強豪国でのチャレンジを選んだ。2021年シーズンで現役を引退すると、ジャージーをスーツに着替えて、所属するヤマハ発動機(現静岡ブルーレヴズ)のスタッフとして観客動員、チケットの販売などマネジメントのフィールドでチームを支えている。

今回は、同じ静岡でヘッドコーチ(HC)経験もあるU20日本代表の大久保直弥HCのオファーを快諾。1日限定でスーツから再びラグビーウェアに袖を通した。

「(コーチは)全く初めて。教えるのは1ミリもキャリアないです。でも、教えることないくらい皆上手ですよ」

控え目に話す五郎丸さんだが、大久保HCは「インターナショナルで10年以上もやってきたのは普通の選手じゃない。ちゃんと自分の言葉を持っている。そういう人たちの話を20歳の選手が聞いた時は、コーチの言葉よりも遥かに説得力がある」とW杯で南アフリカから歴史的な金星を掴んだ英雄からの学びに期待する。

現役時代のゴールライン上からゴールポストを狙うメニューを伝授【写真:吉田宏】

“五郎丸臨時コーチ”の理由、進化への貪欲さを持たせたい指揮官の狙い

前日には、同じ静岡所属で、今季限りで現役を引退したばかりの弥富勇毅さん(SH)も臨時コーチとして招くなど、人脈をフル活用して強化に役立てる。昨秋の代表候補招聘から断続的に続く強化合宿の中で、未来の日本代表たちに今まで以上に進化への貪欲さを持たせたいという思いが、指揮官の胸中にはある。

「いちばん重要なのはマインドセット。昨年12月から選手を見ていますが、本当に分かっているのか分かってないのかという印象だった。なんだかマスクをしているような表情(無表情)で話を聞いている。でも、こういう経験(五郎丸らのコーチング)をしていくうちに、選手から少しずつ今まで聞いたことがなかったワード(言葉)が出てきている。僕らはあくまでもヒントを与えているだけで、考えなきゃいけないのは選手なので、その手助けに少しでもなるかなと思っています」

今回の五郎丸さんによるキック練習でも、コーチ陣が選んだキッカー候補以外にも、「五郎丸の話を聞きたいので自分からやりたいと」(大久保HC)志願して参加した選手も出てきた。

「そういう意味では、少しずつだけど欲が見えるかなと思います。代表になりたい、世界で戦いたいというね。2027年(次々回W杯)を現実的に捉え始めたという手応えはあります」

五郎丸さん自身も、この日の朝に静岡から合宿地までの移動時間を使って、選手に落とし込むための資料を作成した。

「これからニュージーランド、スコットランドと海外挑戦があるが、自分のユース代表時代を振り返ると、遠征に行くだけで満足していた。仲間と一緒に行ける、代表という名前を背負えるという感じだった。でも、もうそういう時代ではなくなっているんです。ツアーを通じて自分が何を得たいのかとか、強化のピラミッドならジャパン(正代表)、ジャパンXV(準代表)があって、その下がU20だから、(代表)HCは自分たちを見ているよと。3年後(のW杯)はオーストラリアですけれど、彼らが行ける可能性も十二分にあると思いますね。そこは諦めずに、しっかりと世界でも結果を残してくださいと話しました」

自らの積み上げてきた経験、世界と戦う心構えを後輩たちに語り掛けたのはわずか10分程度だったが、“世界の五郎丸”のメッセージが、これからニュージーランド、スコットランドでの過酷な勝負に挑む桜の蕾たちを、どこまで自己変容させられるかも注目だ。

1日限定の“代表復帰”に充実の表情を浮かべる五郎丸さん【写真:吉田宏】

代名詞のキックも伝授「キックって専門職だけれど、日本にはコーチはあまり多くない」

実際のキック練習では、上半身も含めた体の使い方や、どの筋肉を鍛えるか、より長く、正確なキックのために蹴った軸足を踏ん張らずに、前に駆け込むようにステップを踏む技術を直接指導。ゴールライン線上にボールをセットして、ゴールポストを狙ってキックする練習など、五郎丸さんが現役代表時代に続けていたメニューも伝授した。

「キックって専門職だけれど、日本にはコーチはあまり多くない。なので自分が力になれればいいと思ってこの合宿に来ました。100人いれば100通りの蹴り方はあるが、自分は原理原則だけしか教えない。あとは自分の体に合ったフォームとか、蹴り方をマスターしてくださいというスタンスです。まだ伸びしろはめちゃくちゃありますよ」

オーバーエイジ選手を加えた「ジャパンXV」で優勝した4月の「パシフィックチャレンジ」(サモア)でもキッカーを務めたSH高木譲治(京都産業大学2年)は、「どうやったら飛ぶのか、どう蹴ったらどこに行くのかというキックのメカニズムを、一から教えてもらいました。自分のキックのルーティンは五郎丸さんとは違う。そこを改善すれば飛距離が伸びると分かったので、取り入れていきたい」と伝説の男の直接指導からの収穫を得た。

チームはニュージーランド遠征で、同国学生代表(NZU)と2試合(25、30日)、クルセイダーズの若手チームとの合同練習などを行う。「選手層も含めて、7月へ向けたチームの底上げ」を遠征の位置づけに据える大久保HCは、主将を務めてきたFL太安善明(天理大2年)、トライゲッターのFB矢崎由高(早稲田大2年)を、コンディション調整のために遠征メンバーから外す方針を明かした。

「矢崎の場合は、いま日本代表に呼ばれてもすぐに活躍できるレベルにいる。もう一回リコンディショニングさせて、7月にいい状態でやれることを一番に考えてという結論です。太安の状態も良くなっているが連れていかないという方針で、7月には参加する前提で休ませます」

NZ遠征でのゲームキャプテンは、指揮官が「サモア遠征でMVP級の活躍をしてくれた。特にボールを持っていない時の動きは、本当に献身的で素晴らしかった」と評価するユーティリティーBK竹之下仁吾(明治大)を軸に進めている。

桜の予備軍が最終目標に据えるワールドラグビーU20トロフィーは、優勝チームのみが翌シーズンにトップ12か国によるU20チャンピオンシップに昇格する。わずか1日のセッションだったが、五郎丸さんは「関わったチームというのは、やはりすごく楽しみですし、日本のラグビー界を背負っていくメンバーです。特に2035年、38年のW杯とかは、あり得る選手たちが沢山いる。そういう意味では(自分の指導が)足しになればいいですね」と期待を込めた。

日本中を熱狂させた2015年W杯が、結果的に五郎丸さんにとって桜のジャージーでの最後の雄姿となったが、プール戦敗退というピリオドを打たれたのがスコットランド代表だった。そして桜の予備軍にとっても、その宿敵とのU20トロフィー・プールA最終戦(現地時間7月12日)が、チャンピオンシップ昇格をかけた大一番。五郎丸臨時コーチへ朗報を届けるためにも、真夏のエディンバラへとチーム進化を加速する。

吉田 宏 / Hiroshi Yoshida

© 株式会社Creative2