孤立出産で罪に問われる女性たち 異国で死産した20歳の技能実習生は男児をごみ箱に「置いたのか」「捨てたのか」 傍聴人で埋め尽くされた法廷の記録#1

交際相手の家のごみ箱に死産した赤ちゃんの遺体を遺棄したとして起訴され被告人となった20歳のベトナム人技能実習生の裁判が14日、福岡地裁で始まった。

予期せぬ妊娠出産ののち罪に問われる技能実習生はこれが初めてではない。「家族を支えたい」と異国の地へやってきた若い女性を、このような事態になる前に救うことはできなかったのか。

福岡地裁で初公判

起訴状によると、ベトナム国籍の技能実習生グエン・テイ・グエット被告(20)は2024年2月、福岡市にある交際相手の家で出産した男の赤ちゃんの遺体をビニール袋に入れ、ごみ箱に遺棄したとされている。司法解剖の結果、男の赤ちゃんは死産だった。

14日、初公判は福岡地裁で2番目に大きい規模だという法廷で開かれた。48ある傍聴席はすべて埋まった。中に入れない人や記者もいた。この裁判に対する関心の高さがうかがえた。

「遺棄していません、無罪です」

小柄で、黒く長い髪をひとつにまとめ、マスク姿で出廷したグエット被告。通訳者を介して「まったく違います。遺棄していません、無罪です」と起訴内容を否認した。裁判長から「投棄はしていない?」と確認されると、「そうです」とはっきりと答えた。

検察側「男児をごみと一緒に処分しようと…」

冒頭陳述で検察側は、「誰にも知られずに男児の遺体をごみと一緒に処分しようと考え、キッチンばさみでへその緒を切断し、遺体をビニール袋に入れてごみ箱に捨て、さらにごみ箱を覗き込んでも遺体が見えないようにケーキが入っていた空き箱を被せた」と主張した。

検察側が説明した事件の経緯と状況

検察側は事件の経緯や状況を次のように説明した。

【2023年7月】グエット被告が食品製造会社で技能実習生として働き始める。【2023年12月】グエット被告は自分が妊娠していることに気付いた。勤務先に相談するとベトナムに帰国させられるかもしれないと思い、妊娠したことを周囲に相談できなかった。
【2024年2月2日】グエット被告は博多区の勤務先に出勤したが、勤務中に腹痛に耐えられず午前10時ごろ早退。交際相手の家に帰宅した。
その後、トイレで男児を出産した。死産だった。
夕方、交際相手が帰宅すると、グエット被告がリビングの床に横たわっていた。服や床は血で汚れていた。交際相手は知人とともにグエット被告を病院へ連れて行った。
その後、被告は別の病院へ緊急搬送された。
グエット被告は病院を訪れた技能実習生を支援する組合の職員や警察官に、男児をごみ箱に捨てた旨申告した。
警察官がその後、交際相手の家のごみ箱内から男児の遺体を発見した。

弁護側「投棄したという事実を争う」

一方、弁護側は「『投棄した』という事実を争う。死体遺棄については無罪」と主張した。弁護側は、次回の裁判で冒頭陳述を行い、無罪を主張する理由を述べることになっている。事件当時のグエット被告の様子を立証するため、産婦人科医の意見書を準備する方針だ。具体的には、当日のグエット被告がどんな体調だったのか、どれほど過酷な体の状態・精神状態だったのか、妊婦あるいは死産したお子さんを産み落とした母親の体の状態などを、専門家の視点で意見を述べてもらうという。

法廷で小さく手を振った仲間の技能実習生

傍聴には、グエット被告と同じように来日した仲間の技能実習生たちも訪れていた。初公判が終わると、退廷前に再び腰縄をつけられるグエット被告をじっと見つめていたが、勇気づけるためだろうか、ひとりが小さく手を振るとグエット被告の顔がこの日初めて少しだけほころんだ。まだあどけなさの残る、普通の20歳の女の子に見えた。

遺体をごみ箱に「置いたのか」「捨てたのか」

初公判終了後に開かれた、支援者たちへの報告集会。

グエット被告の弁護人・池上遊弁護士は「検察側が『ごみと一緒に捨てようとした』と表現したことに大変な憤りを感じる」と述べ次のように話した。

グエット被告の弁護人・池上遊弁護士「グエットさんは交際相手などによって病院に搬送され、警察官が認知して遺体を発見し、退院したタイミングで逮捕された。グエットさんが遺体をごみ箱に置いたとして、グエットさんがきちんと処置を受けて交際相手の家に戻ってきていたらどうなっていたか、取り出して普通に埋葬したのではないか。それができない状況にあったのではないか。
彼女が遺体を置いたことを『死体遺棄』と言うのがいいのかどうか。検察官の主張は都合のいい一部を抽出して『死体遺棄』と構成しているにすぎないのではないか。死体遺棄として有罪にし、処罰することが本当にいいことなのか。
日本人として技能実習生をこの国に迎え入れることを政策として選択させている以上、社会全体として考えなければいけないことではないかと思う。」

同じ職場で働く技能実習生「グエットさんを無罪に助けてください」

裁判を傍聴していた、グエット被告と同じ職場で働く技能実習生は報告集会で支援者たちにこう訴えた。

「みなさんグエットさんが働ける仕事を紹介してください。もうひとつ、グエットさんを無罪に。助けてください。」

死産した子の扱い2023年最高裁の判断

技能実習生をめぐっては、2020年、ベトナム人技能実習生(当時24歳)が、死産した双子の遺体を段ボール箱にいれるなどして遺棄したとして死体遺棄罪に問われた。1審2審とも有罪判決を言い渡したが、2023年3月、最高裁判所は1審2審判決を破棄し、無罪を言い渡した。

無罪が確定した女性を支援した団体の代表も、14日の報告集会に駆けつけた。

コムスタカー外国人と共に生きる会 中島眞一郎代表「最高裁判決が出たのに、どうして警察はまた同じことを平気で行ってメディアも同じように実名報道をするのか、というのが率直に感じた疑問。
逆転無罪となった事件を個別にとどめて、他には適応させたくないという強い意思を感じる。
死産して遺体をゴミ箱の中に置いたことを検察は「投棄」、さらに上に被せた、隠した、隠匿と強調しているという印象をすごくもった。
孤立出産した人を犯罪視しけしからん人として批判する価値観や犯罪者として罰した方がいいと思うか、保護すべきか。世の中の価値観の転換や変化が大きく影響してくると思う。
無罪にして、起訴させない、逮捕させないことにもっていきたい。」

グエット被告のメッセージ

報告集会では、グエット被告からのメッセージも紹介された。

「ベトナムにいる家族は経済的にとても困っています。そのため、私は日本で働き続けたいです。妹(10)、弟(3)、私はまだ若い。
送還されたらどんな仕事をしていったらいいか分からない。日本で働き続けたい。また、私の身に起きたような逮捕、裁判のような悲劇を避けるために、どのように対応すべきか、みなさんにはその方法を広めてほしい。」

今後の裁判

「家族を支えたい」と異国の地へやってきた若い女性を、このような事態になる前に救うことはできなかったのか。
裁判は、次回6月26日に弁護側の冒頭陳述と証人尋問が行われ、7月の被告人質問を経て、判決が言い渡される予定だ。

予期せぬ妊娠と出産ののち罪に問われる女性があとをたたない。
喜びに包まれるはずの出産・・・彼女たちはなぜ孤立出産にいたったのか。
今後、グエット被告の裁判で語られる言葉や証拠を記録し報告していく。

RKB毎日放送 記者 原口佳歩

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