定年70歳時代「シニア間格差」というシビアな現実…50歳過ぎても「引く手あまた」と「オファー無し」選別される納得の“基準”

70歳定年制で生き残れるシニアの条件とは( 8x10 / PIXTA)

トヨタ自動車が8月から65歳以上の従業員の再雇用を全職種に拡大する。これまでは一部のみ認められていた。対象は職場が必要と判断した従業員となる。

定年制度は昭和初期の55歳からじわじわ延びていき、昭和の中盤以降に60歳、平成になると65歳までの確保措置が義務化。少子高齢化への有効策なきまま、なし崩し的に延長されてきた。

令和3年4月1日からは改正された高齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業機会確保を講ずるよう努める指針が示された。

”既定路線”の70歳定年制で広がる「シニア間格差」

今回のトヨタ自動車の決定で、定年後ろ倒しへ他社も追随しそうだが、そもそも人手不足は深刻で、すでに日本社会における70歳定年は既定路線といえる。

会社員として働くミドル・シニア世代の多くはいまのところ、65歳をひとつの節目としている。それが、70歳になることは朗報なのか。その答えは人それぞれだろう。

そうした中、人事コンサルタントの新井健一氏は、「これまでまじめにやってきた人なら、定年が延長されても、確実に”居場所”を確保できるでしょう」と明言する一方で、シニア間の格差が拡大する可能性について指摘した。

キャリア終盤だからこそ際立つ数字で測れない”実績”

「いま50歳前後の会社員はキャリア終盤です。周囲の評価はほぼ固まっています。”誠実であたりがマイルドで仕事がしやすい”、あるいは”高圧的で一緒に仕事はしたくない”。そうした、数字では測れない人間的な側面において、社内で”選別”が終わっているということです。定年が延長されていく中で、実はこうした”実績”こそが、年を重ねても自然にオファーをもらい続けられる人材としての価値になっていきます」

職場を見回してみてどうだろう。”なんだかあの人はいつも怖い顔をしているし、押しが強くていやだな”、”あの人はいつも穏やかで、変な質問をしても丁寧に答えてくれる”。特に50歳前後の年配社員に対しては、自然と選り好みしているのではないだろうか。

こうした、会社員というよりひとりの人間として、どのように仕事や上司・部下らとこれまで向き合ってきたか。それらがそのまま、各方面からの吸引力の強さと比例していくと新井氏は予測する。

地道に頑張ってきた会社員は報われ、人を蹴落としてでも横柄に強引に突き進んできた会社員はつらい思いをする。まさに会社員人生の縮図が、その終盤戦に訪れる。文字通り因果応報ということだろう。

キャリア終盤でモチベーションを落とさないためにやるべきこと

ただし、「もはや受け身では得るものは得られない」と新井氏は釘を刺す。

「これまでは従順であれば、ある意味自動的に報われるシステムの中にいたわけですが、仮に70歳を定年に見据えたとき、同じように与えられたことをこなすだけで会社から必要とされるか、自身もモチベーションを維持し続けられるかということです。自らやりたいと思うことをつかみ取る姿勢がないとこれからは人材として腐敗するばかりでしょう」

ではどうすればいいのか。新井氏が推奨するのは副業だ。

「自分がこれまで培ってきたスキルやノウハウにどれくらいの価値があるのかを知ることが重要になってきます。そのためには外に出て身をさらしてみるしか知る方法はありません。自分がやってきたこと、できることを、副業をあっせんするサイトに掲出し、どれくらのオファーがあるのかチェックし、実際に仕事もやってみてその評価を体感すればいいんです」(新井氏)

例えば人事をやってきた人なら人事コンサル、技術系なら自身のスキルがマッチする仕事、営業でも業種特有の慣習等を熟知し、人脈があるならオファーは豊富にあるだろう。趣味で培ったスキルでオファーを待つのも、可能性を広げる意味では面白いかもしれない。

水面下で進行するシニアの”選別”

こうした提言をする新井氏自身、実は、これまでに仕事を通じて知り合った、「これは」と思う人材に声をかけ、培ったノウハウを活かすためのセミナーを実施しているという。

「主に人事系ですが、これまでに知り合った会社でそれなりのポジションの方でノウハウやスキルの高い方にお声がけし、それらを社内向けだけでなく、外部でもプロフェッショナルとして使いこなせるようにするセミナーを実施しています。あくまでちょっとしたアドバイスをさせていただくだけで、その後はそれぞれがうまく活かしていただけたらという想いです。選定の基準はやっぱり、”感じのいい方である”かです。だから公募でなく、選抜型にしているんです」

こうしたことをみても、すでに水面下ではミドル・シニア間での選別は静かに進行しているといえる。そうなると”70歳定年制”を見据えると、ミドル・シニア世代にとって、いまが正念場にもなり得るということだ。

「定年を延長する企業が求めているのは、後進を育成できる人材、余人に代えがたいスキルを持つ人材です。全ての社員に対し、定年をスライドさせる気はないでしょう。そうなると、今後はシニア間にも格差が生じてくると思います。引く手あまたになる人、全くお声がかからない人。いわゆる30、40代の中途採用とは異なり、よりシビアに選別が行われるでしょうね」

トヨタ自動車の今回の定年延長では、65歳以降の再雇用時の処遇改善にも取り組むといわれている。これまでは定年延長といっても、収入が半分程度になるなど、シニア社員からはネガティブな声も漏れていた。しかし、しっかり実績も考慮した処遇が検討されるとなれば、真の意味での定年延長といえる。

活き活きと延長されたゴールへ向かうために

いま50代の会社員にとって、これから20年前後をもうひと踏ん張りする。そうした気持ちがあるなら、誰しもくたびれず、活き活きと働き続けたいだろう。

「実は日本の労働者は、”世界一不安で不満で不幸”と、国際的な労働機関からお墨付きがつくくらい辛そうに仕事している人種なんです。脳内の神経伝達物質が不足しているのが原因といわれています。でも最後くらいポジティブでいきましょうよ」と新井氏。

キャリア終盤戦を迎え、やる気ややりがいの減退を感じ、下を向きがちなら、とにかく顔を上げ、前を向く――。これまでまじめにやってきた会社員なら、その視界に再び心を躍らせてくれるようなチャンスが飛び込んでくるはずだ。

新井健一(あらい・けんいち)
経営コンサルタント、アジア・ひと・しくみ研究所代表取締役 1972年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大手重機械メーカー人事部、アーサーアンダーセン(現KPMG)、ビジネススクールの責任者・専任講師を経て独立。人事分野において、経営戦略から経営管理、人事制度から社員の能力開発/行動変容に至るまでを一貫してデザインすることのできる専門家。著書に『働かない技術』『いらない課長、すごい課長』(日経BP 日本経済新聞出版)『事業部長になるための「経営の基礎」』(生産性出版)など。

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