長谷川博己主演『アンチヒーロー』現実とドラマの“奇妙なつながり” プロデューサー「モデルにした訳ではないが…」

長谷川博己演じる弁護士の明墨正樹(©TBS)

長谷川博己が主演を務めるTBS系日曜劇場『アンチヒーロー』。殺人犯をも無罪にしてしまう主人公・明墨正樹(あきずみまさき)は信頼のおける弁護士なのか。明墨の“本当の目的”とは何か――。日曜劇場らしいスピード感と先が読めない展開で話題を呼んでいる。

『VIVANT』『マイファミリー』『ドラゴン桜2』『義母と娘のブルース』などヒット作を連発し、満を持してリーガルドラマに挑んだ飯田和孝プロデューサーに、本作制作のきっかけや、魅力について聞いた。

法律は“逆転劇”に向いている?

──飯田さんが今回、法律をテーマにしようと思ったのはなぜですか。

飯田和孝プロデューサー(以下、飯田P):ドラマ『佐々木夫妻の仁義なき戦い』(2008年)に助監督で入っていた経験から、法律は“逆転劇”に向いていると感じていたためでした。法律とか学校の校則、会社の規律など、ルールを決めているのって、結局、人間ですよね。決める人が変われば、ルールも変わってしまうことがあるのに、それでもルールが世の中の均衡を保っている。そう考えると法律も、すごく脆いものだと思うんです。

──絶対的なモノに見えて、脆いモノということが、逆転劇に向いているわけですね。

飯田P:裁判を起こすなんて、人生に1回ある人の方が少ないと思います。ただ、信号が青になったら渡るとか、日常では誰もが法律に則って生きている。身近にも遠くにも感じられる法律というものに、題材としての面白さを感じたところもありました。

──法律は時代で変わっていきますし、中には悪法と呼ばれるものもあると言われています。

飯田P:悪というのも、ある人にとっては悪でも、ある人にとっては善かもしれないと、捉え方がたくさんあるところが面白いと思ったんですよね。そう考えて行く中で「じゃあ法律以外の何が尺度になり得るんだろう」と、“自分なりの尺度”を持って、それに従って生きる本作の主人公・明墨正樹という人物像を思いつきました。

明墨は自分なりの「尺度」を持って弁護を引き受ける(©TBS)

生きていくことは“天秤”にかける「選択」の連続

──明墨は5年前に検事から転向した弁護士ですが、有罪率99.9%といわれる日本の刑事裁判でも無罪を勝ち取る。そのために手段を選ばないやり方には、最初はちょっと驚きました。

飯田P:第1話では長谷川博己さん扮する明墨のやり方がひどいと思った方もたくさんいらっしゃると思います。でも、言っていることは正論で、実際、1話を見た弁護士の方からは「弁護士としてあの戦い方は当然」と言われました。どこまでリアリティを担保した上でキャラクターとして攻めるかは、取材したり、法律監修の國松崇弁護士や脚本家4人と話し合いながら作っていきました。

──第1話では裁判に勝つために、証言者である尾形(一ノ瀬ワタル)のAPD(聴覚情報処理障がい)を“利用”します。障がいを利用したことについて批判はありませんでしたか。

飯田P:障がいを利用するのは酷いと感じた人もいたかもしれませんが、1話を最後まで見ていただければ「障がいを理由に差別するようなことを許してはいけない」というセリフもあります。それでも賛否両論が出ることは、視聴者の皆さんの中にそれぞれの尺度がある表れだろうと思っていました。

実際にはAPD(聴覚情報処理障がい)というものを知るきっかけになったというコメントもいただいたので、やる意義はあったと感じています。とはいえ、当然非常にデリケートですので、社内の審査部や考査部、医療監修の先生とも相談しながら作り上げた部分です。

一ノ瀬ワタル演じる尾形はAPD(聴覚情報処理障がい)を抱えている(©TBS)

──さまざまな立場の専門家の意見を取り入れながら台本が作られているわけですね。

飯田P:明墨を描く上で、依頼人のために全力を尽くす弁護士という姿はまずブレてはいけないと。その上で、明墨だったら障がいにどう踏み込んでいくかを考えました。

たとえば皆さんも80歳の親と電車に乗ったとき、障がいがある若い人が同じ電車に乗ってきたとして、自分の親を椅子に座らせたいと考えたりすると思うんです。そういう判断って、状況や障がいの捉え方によっても変わるのではないでしょうか。

これは“天秤”なんですよね。生きていくことはさまざまな選択の連続であって、その選択のために誰しも天秤を持っている。その天秤は自分の物差しであることが多いけど、本作ではそこに法律も影響してくるというところに面白さがあると思います。

コロナ禍でうまれた「行き過ぎた正義感」への疑問

──善悪の基準や、法は誰のため、何のためみたいな思いは、飯田さんの中にずっとあった疑問ですか。

飯田P:ここ3~4年で生まれてきたものですね。コロナ禍でそれぞれの「正義」が際立って見えて、SNSなどでもそうですが「行き過ぎた正義感」みたいなものに対する疑問が生まれてきました。さらに近年は官僚や政治家の汚職など、いろんなところで綻びが一気に出てきています。

それを自分の中でいろいろ紐解いていくと、前々からの慣例に従ってやっていたことが、今の時代ではNGになっているものが多いなと。であれば法律も、できたときから時間が経てばその社会にフィットしなくなってきていることがあるんじゃないか、と考えました。

──SNSでをぶつけたことで、2次加害となり、被害者が亡くなるというケースもありました。誹謗中傷は厳罰化され、法律によって罰せられるケースが少しずつ出てきてはいますが。

飯田P:結局、法律は現実との追いかけっこなんですよね。世の中の規律や人を裁く法律も、人が作ったもので、抑え込むしかないところが難しさであり、ドラマとしては面白さでもある。それをドラマで描くことで知ってもらい、考えるきっかけになればと思っています。

テレビドラマを発信する以上、やはりより多くの人に観てもらう必要があり、少なからずそこから何かを得てもらう使命もあると思っています。特に、日曜劇場を作る上では「家族で観てもらいたい」というのが1番重視しているところです。子どもと一緒にドラマを観たとき、「親ならどうするか」「どう子どもに伝えるか」という会話のきっかけになるといいなと思っています。

現実とドラマの“リンク”は意図していた?

──第6話では、女性の裁判官と女性の雑誌副編集長が登場しますね。女性の登用をテーマにしようと思ったのはなぜですか。

飯田P:女性の登用については、たぶんどの会社でも言われていると思うんですが、「女性だから」登用する、という意味合いが明文化されることで、反対に不平等や軋轢が生まれていると思っています。そういった現状を題材にしました。

──女性が正当に評価されず、“下駄を履かされている”という色眼鏡で見られることへの女性の憤りも描かれていますね。ジェンダーの問題について、制作陣の皆さんでどんな話し合いをされたのでしょうか。

飯田P:脚本家は男女2対2なので、意見を出し合いました。とくに台本を作る上で「こういう役っていつもは男性がやっているよね」「じゃあ、今回は女性にしよう」というような話しはしていました。ただ、それは「女性だから」ではなく、実際に活躍されている女性がいる現実を嘘なく描くとそうなる、という感じです。

正直、我々も敏感にそこ(ジェンダーの問題)を見られているかというと、不十分だと思います。マスコミ業界はまだまだ男性社会で、一般企業とズレている部分があるのではないかとも思っています。だからきっと「現実はこうじゃない」というお声もいただくと思いますが、そこはご意見を真摯に受けとめながら、今後の糧にしていこうと思っています。

神野三鈴演じる瀬古裁判官(©TBS)

──司法と政治のつながりは、これまでの日曜劇場でも描かれてきましたが、そこに今回はメディアが入ってきているところも踏み込んだように感じました。

飯田P:メディアを入れたのは、物語の展開上必要だったからですが、メディアの偏った視点などは多少なりとも入れ込みたいと思っていました。現実とのリンクで言うと、政治の硬直している状況なども、奇しくも似てきていると注目しています。本作はもともと昨年の2~3月ぐらいから作っていますが、その頃予期しなかったことが現実に起こっているので、その辺りはどう受け取られるのか、楽しみではあります。

──特定の事件や人物をモデルにしたわけではないのですか。

飯田P:プロットを作った後で、現実世界でさまざまな問題が噴出しました。ドラマ内の政治家の問題も実在の事件につながって見えると思いますが、モデルにした訳ではありません。もともと世の中にあった問題として描いたことが、たまたま今、現実でもフォーカスされて、ドラマと合致してしまっているだけだと思います。

──現実とドラマがリンクしていくことをどうご覧になっていますか。しめしめなのか、ヒヤッとするのか、どちらでしょうか。

飯田P:どちらの気持ちもあります。ただ、ドラマを身近に感じてもらうためには、視聴者の方に「現実にも起こりうること」だと意識してもらう必要があって、たとえば『VIVANT』も隣の人が「別班」かもしれないという目で観ると、ドラマに感情移入しやすいですよね。そういう意味ではしめしめと思う部分もありながら、傷つけてしまう人がいる可能性は考えながら慎重に進めています。

──志水の描写は再審中の袴田事件(58年前に旧清水市で一家4人が殺害された事件)を想起する視聴者もいるようで、ここにも現実とのリンクを感じます。

飯田P:5月22日には「袴田事件」の再審について最終弁論もありますしね。明墨が志水をなんとか助けようとする展開を描く上で、過去の冤罪事件について、判例などを参考にしています。その中にはもちろん袴田さんの事件に関する資料もありました。ただ、ちょうどこのタイミングで再審が行われるなんて、こちらが予想してやろうと思ってもできないことです…。『アンチヒーロー』の二次的要素として、こうした偶然にも目が向き、ドラマの外の社会で起きていることにも関心が広がっていくと嬉しいです。

撮影現場では『アンチヒーロー』Tシャツを着ているという飯田和孝プロデューサー

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