ブルーインパルス“司令塔”1番機パイロットの使命、基地上空訓練でわかったこと【ブルー密着 前編】

松島基地上空訓練に向かうブルーインパルス1番機

航空祭や日本各地の地域イベントなどで展示飛行を披露する、航空自衛隊のアクロバット専門チーム「ブルーインパルス」。全国各地を休みなく飛び回るブルーインパルスですが、普段は宮城県東松島市に所在する松島基地を拠点に生活しています。

ブルーインパルスのパイロットは普段どんな訓練をしているのでしょうか?ブルーインパルスファンを公言する編集部員が松島基地を訪問し取材してきました。今回は1番機パイロットに注目し、“司令塔”としてブルーインパルスにかける思いを前半・後半にわけてお伝えします。

“Home of The Blue Impulse”第11飛行隊舎と格納庫の内部とは

航空自衛隊松島基地は、宮城県東松島市のJR仙石線矢本駅から徒歩で30分(タクシーで5分)ほどに位置しています。取材に向かうため矢本駅ホームに降り立つと、駅名標が「ブルーインパルス」で驚きました。ここが“ブルーインパルスの街”であることを象徴しています。

© FlyTeam ニュースJR仙石線矢本駅ホームの駅名票はブルーインパルス!

© FlyTeam ニュースJR矢本駅を降りるとブルーインパルスデザインの歓迎幕が

松島基地正門に到着すると、現ブルーインパルスの飛行班長「BENGAL」こと川島良介3佐が出迎えてくれました。BENGALというのは「TACネーム」と呼ばれる、ブルーインパルスや戦闘機のパイロットが互いを呼び合うニックネームです。現場の雰囲気を伝えるために、本稿ではTACネームを含めて隊員を紹介していきます。

© FlyTeam ニュース航空自衛隊松島基地正門 © FlyTeam ニュース正門からはブルーインパルスの格納庫が見えます © FlyTeam ニュース「BENGAL」こと1番機の飛行班長・川島良介3佐が出迎えてくれました。胸にはブルーインパルスのワッペンが © FlyTeam ニュース正門を入ってすぐにF-86F戦闘機がお出迎え。F-86Fはブルーインパルス初代使用機種です © FlyTeam ニュースF-104J戦闘機。はしごを上がってコックピットを覗けます © FlyTeam ニュースこちらは国産の超音速練習機であるT-2練習機。2代目ブルーインパルス使用機種です

「先週は満開だったんですけどね……」
まだ少し残る基地内の桜や、東日本大震災で津波の被害にあい、あえてそのままの姿を保存しているという「ベンチ」のお話を聞きながら、ブルーインパルス隊員が勤務している隊舎に向かいます。これからいよいよ、隊舎と格納庫内部を見学し、基地上空展示飛行訓練に向けたブリーフィングを取材します。

© FlyTeam ニュース展示機の横には2011年の東日本大震災時に津波の被害をうけたベンチがそのままの姿で展示されていました。ここが被災地であったことを実感します © FlyTeam ニュース東日本大震災で唯一被災したブルーインパルス2番機の垂直尾翼がモニュメントとして隊舎前に置かれていました。他の機体は芦屋基地に展開していて被害を免れたそうです © FlyTeam ニュース「第11飛行隊」の表札があるブルーインパルス隊舎 © FlyTeam ニュースブルーインパルス2024年ツアーを支える隊員の顔写真が飾られています。パイロットだけでなく“ドルフィンキーパー”と呼ばれる整備員も含めて「ブルーインパルス」なのです

午前10時30分。この日2回目(2nd)の展示飛行訓練前のブリーフィングが開始。訓練は、第3、4区分の展示飛行課目を4機で実施します。「区分」というのは、ブルーインパルスが航空祭などで行う展示飛行のパターンです。その日の天候(雲の高さなど)によって実施する区分を決定します。

区分を簡単に説明すると、第1、2区分は雲の高さが十分にある場合で、垂直系(縦に機動する)の課目をメインにすべての課目を実施します。第3、4区分は雲の高さが低い場合で、水平系(横に機動する)課目がメイン。さらに天気が悪いと、航過飛行のみの第5区分となります。

話を戻して、今回は第3、4区分の訓練です。通常は天候によって区分が決定しますが、訓練では雲の高さは関係ありません。次期飛行隊長で1番機の“EDGE”江尻卓2佐は、この日が初めての第3、4区分TR訓練(Training Readiness)だそう。

ブルーインパルスで運用するT-4練習機は、前後2人乗りの複座仕様です。前席の“EDGE”江尻2佐を後席の“BENGAL”川島3佐が指導役となりサポートします。TR訓練をクリアして初めて、編隊長として航空祭で飛行できるようになるのだそうです。

© FlyTeam ニュース左から1番機“EDGE”江尻2佐、同じく1番機で指導係の“BENGAL”川島3佐。そして地上でサポートするDO(飛行指揮所幹部)の“IKKI”手島孝1尉。手島1尉はブルーインパルスとしてのラストフライトを2024年4月22日に終えたとのことです

ブリーフィングは、DO(飛行指揮所幹部)の“IKKI”手島孝1尉が気象情報などを通達してスタート。飛行班長の1番機“BENGAL”川島3佐を中心に、訓練で実施する課目やその入れ替え、ポジション、注意点などの認識あわせが行われていました。ブリーフィング開始と同時にピリリとした空気になり、全員が真剣そのものの表情です。

© FlyTeam ニュース左から、6番機“FALCON”加藤拓也1尉、5番機“ZEEK”藤井正和3佐、3番機“CORK”藏元文弥1尉。訓練前のブリーフィングは真剣そのものです © FlyTeam ニュースブリーフィングの“締め”はスモークのタイミングをあわせ

ちなみに、ブルーインパルスの訓練は通常1日3回(8時/10時30分/13時30分)行います。基地上空訓練の場合、基地周辺からでも展示飛行の様子がはっきり見えます。ただ、日によっては基地上空ではなく洋上訓練やその他で、飛行する様子が見えないこともあります。基地上空訓練のスケジュールは松島基地ホームページに掲載されているので参考にするとよいかもしれません。

■ブルーインパルス基地上空訓練
https://www.mod.go.jp/asdf/matsushima/hiko/acro/index.html

ブリーフィングが終わると救命装備室に向かい、各自耐Gスーツを着用してフライトの準備をします。ズラリと並ぶ耐Gスーツとヘルメットの上には、それを着用するパイロットのTACネームが。耐Gスーツを手に持たせてもらうと、想像以上にずっしりとしていました。女性では片手に持つのがやっとの重さです。

© FlyTeam ニュースTACネームが書かれたブルーインパルスのヘルメットの下に各自の装備品一式があります © FlyTeam ニュース「こんなに重いんですか!」「え、重いかな!?」 © FlyTeam ニュースワイルドに耐Gスーツを身に着ける1番機“EDGE”江尻2佐 © FlyTeam ニュース準備をしている姿も様になりますね © FlyTeam ニュース5番機“ZEEK”藤井3佐、6番機“FALCON”加藤1尉、3番機“CORK”藏元1尉の若い3人は訓練フライト前でもこの笑顔

基地上空訓練へ、晴天になびくスモーク

装備品を身に着けると格納庫を抜けて機体へ向かいます。松島基地はフェンス越しすぐ近くからブルーインパルスの機体や訓練に向かうパイロットの姿が見られます。見学者専用の駐車場があり、平日の訓練日であってもフェンス越しにたくさんのファンの姿があります。パイロットが訓練前後に、ファンに向けて手を振って挨拶をするのがお決まりの光景になっています。

© FlyTeam ニュース格納庫にはかつてのブルーインパルス機T-2の姿も © FlyTeam ニュース基地のフェンス越しに訓練を見守るファンに挨拶

機体の前に到着すると、整備員と向かいあって敬礼。パイロットと整備員で機体をぐるりと回って点検します。機体の下に潜り込んでしっかり点検すると、整備記録簿にパイロットがサインします。

© FlyTeam ニュース整備員とパイロットが向かい合って敬礼! © FlyTeam ニュース整備員とともにヒビなどがないか念入りに確認します © FlyTeam ニュース機体の下までもぐりこんでチェックします © FlyTeam ニュース最後に整備記録簿にサイン © FlyTeam ニュース搭乗前、ハンドサインで気合いを入れます

機体のチェックを終え、パイロットが機体に乗り込むといよいよエンジンスタート。1機ずつ滑走路に向かいます。この日は天気は良いものの風が強く……というよりもかなりの強風で、かぶっている帽子が飛ばされるほどでした。こういった場合は、強風時専用の滑走路に移動して離陸します。

11時30分。1機ずつテイクオフして訓練飛行開始です。本日使用する機体は2番機、3番機、4番機、予備機の4機。航空祭などでは当然、1番機には1番機のパイロットが、2番機には2番機のパイロットが搭乗しますが、訓練ではそうとは限りません。この日のように通常6機の展示飛行を4機で行ったりするので、機体とその役割が航空祭と異なることもあるのです。訓練を見学する際は、そうした点に注目してみても面白いかもしれません。

© FlyTeam ニュース1機ずつ滑走路へ © FlyTeam ニューススモークを吐いて、いよいよテイクオフ! © FlyTeam ニュース3機によるチェンジオーバーターン! © FlyTeam ニュース機体同士の距離の近さに注目です © FlyTeam ニュース5番機(4番機ですが)のインバーテッド&コンティニュアスロール © FlyTeam ニュースフライトを終え揃って帰投 © FlyTeam ニュース1番機“EDGE”江尻2佐と“BENGAL”川島3佐

「進入を変えるだけで見え方が変わる」さらに進化したブルーインパルスを見せたい

訓練を終えた1番機次期飛行隊長“EDGE”江尻2佐にお話を伺いました。
江尻2佐はF-15戦闘機のパイロットとして、第201飛行隊(千歳基地)や飛行開発実験団(岐阜基地)のテストパイロットなどを経て、昨年2023年7月からブルーインパルスの隊員となりました。
ブルーインパルスの訓練について、「T-4練習機を飛ばすだけなら誰にでもできますが、ここでは常に正しい経路・速度で飛行することが必要なほか、1番機は空の状況を見て、予定する課目を実施するのか、組み替えるのか、瞬時に判断し連携をとる能力が求められます」と話します。元々ファイターパイロットとしてキャリアを積んだ江尻2佐でも、日々試行錯誤の毎日だそう。

© FlyTeam ニュース次期ブルーインパルス隊長“EDGE”江尻2佐

まもなくブルーインパルスの隊長となりチームを統率していく立場として、どんなチームにしていきたいか?ファンにどんなブルーインパルスを見せたいか?聞いてみました。

「モットーである"Challenge for the creation"の精神を忘れずに、航空祭などで見ていただく課目がさらに見栄えよくなるよう進化させていきたいと思っています。“進化”といっても、課目を大きく変えてしまうわけではありません。進入の仕方ひとつ変えるだけで、地上からの見え方が変わってくるので、そういった点で試行錯誤や工夫をしつつ、代々引き継いできたブルーインパルスの技をしっかり継承していきたいです」

"EDGE"江尻2佐率いる「ブルーインパルス」がまもなく始まります!

後編は5月25日(土)に公開します。知られざるブルーインパルスの内部事情が1番機パイロットによって明かされるほか、同基地第21飛行隊所属のF-2戦闘機も少しだけお見せします。

◾️松島基地航空祭について
2024年8月25日(日)に「松島基地航空祭 2024」が開催されます。また、前日24日(土)は東松島市の「東松島夏まつり」が開催され、2日間に渡ってブルーインパルスが飛行します。地元ならではのブルーインパルスの勇姿を見に、足を運んで見てはいかがでしょうか。

※ブルーインパルスの隊員は2024年4月19日取材時点となります

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