【書店危機】今必要なこと『ブックオフから考える』谷頭和希が提言する“せんだら需要”と“非画一性”

■中小の書店を支援する動きをどう見る

地方はもとより都心の大型書店やチェーンの書店も相次いで閉店するなど、書店を取り巻く情勢は厳しさを増している印象を受ける。個人の嗜好やニーズが多様化し、多岐にわたる娯楽が誕生する中、書店はどのようにあるべきなのか。

『ブックオフから考える: 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社/刊)などの著作があり、サブカルチャーから書店事情全般に精通する谷頭和希氏に話を聞いた。

――日本各地で書店が閉店し、ニュースになることも増えています。こうした現状について、谷頭さんはどう考えていますか。

谷頭:書店が減少するのは仕方ない側面があると思います。業界全体の制度的な問題はありますが、顧客の目線からすると、既存の書店の多くは、利用者のニーズを満たせておらず、空間的な魅力に乏しいなどの問題があるからです。駅前の個人経営の書店は、ちょっと暗かったりしてどこか入りづらい雰囲気がありますよね。書店関係の話になると、本をつくる側や流通させる側の目線で語られることが多いのですが、消費者目線で本を取り巻く環境を見たら、大型書店にニーズが集まるのは必然だと見ています。

――中小の書店を経済産業省が支援すると発表しました。国が書店を支援する取り組みは今までほとんどありませんでしたが、この動きはどのように見ていますか。

谷頭:実際、書店の減少自体は大きな問題だと思いますから、業界全体のバックアップの第一歩としては、良いと思います。ただ、このチャレンジが意味のあるものになるかどうかは、これからの実際の取り組みにかかってくるでしょう。懸念されるのは、中小の書店を応援する名目で、大手に対して過剰な規制が強まること。こうなるとよくないと思う。中小書店の既得権益だけを増やすことにはならないでほしい。

――確かに、それでは本末転倒ですね。

谷頭:業界にとってもっとも望ましいのは、大型書店、中小の書店、チェーンの書店、個人経営の尖った書店、はたまた中古書店など、様々な店が共存している関係。一概に本や書店と言っても、人によってニーズが異なりますからね。何かを抑制して、何かだけを強くバックアップするのではなく、うまくバランスを持たせることが大事です。

■ブックオフが地方のインフラに!?

――谷頭さんはブックオフに関する著書もあります。ブックオフといえば、10年ほど前は漫画家や小説家、出版社を脅かす存在として猛烈に批判されていました。ところが、最近ではほとんど批判されなくなりましたよね。「漫画村」などのネット上の海賊版など、様々な脅威が出現して情勢が変わった影響なのかもしれませんが、この変化は個人的にも驚いています。

谷頭:具体的な時期を挙げると、まず、2020年手前ぐらいから少しずつ潮目が変わり始めたと考えています。最初にブックオフがインフラだと書いたのはおそらく私なのですが、仲俣暁生さんが編集されている『マガジン航[kɔː]』 の連載で2019年に『ブックオフは公共圏の夢を見るか』という原稿を発表したところ、初回のビュー数が非常に高かったのです。原稿を出す前には、批判が来るのではないかと戦々恐々だったのですが(笑)、記事へのコメントを見ると賛同の声が圧倒的に多く、予想とまったく逆の反応でした。

――いったいなぜ、賛同が多かったと考えていますか。

谷頭:ブックオフが誕生して年月が経ち、自身の文化のルーツと捉える人が増えたためでしょう。1990年代に青春を過ごした人たちは、2010年代には40代後半になっているわけですからね。こうした流れを後押ししたのが、2020年、ブックオフに関する様々な作家のエッセイを載せた『ブックオフ大学ぶらぶら学部』(夏葉社/刊)です。この本、小さな出版社から出ているにも関わらず、発売と同時に即売したんですよ。ブックオフで本を買っていると言うと、それまでどこか後ろめたいものがあった人もいるはずですが、ここで完全に潮目が変わりました。この本に呼応する感じで、いろんな人がブックオフのエッセイを載せ始めたのです。

――ブックオフのブランディング化が成功したというわけですね。

谷頭:もうひとつ興味深い話があります。このようにブックオフで文化を摂取した、と語る人が増えた2010年代後半、ブックオフはそれまで主力だった本の取り扱いを減らしているんです。「ブックオフ語り」の盛り上がりとは反対のことが起こっている。今や、ブックオフの主力商品は『ポケモン』や『遊戯王』などのトレーディングカードなのです。他にも、フィギュアや服など様々な品物を扱うようになっていますし、茅ヶ崎の店ではサーフボードを売ったりしています。逆に、現実のブックオフから「文化的」なコンテンツが徐々に減っていくことに対する、ある種のノスタルジックな感情自体が、「ブックオフ語り」を強めた側面もあるかもしれません。

――ブックオフが本以外を売るようになった時期は、電子書籍の売上が増え始めた時期と重なりますね。

谷頭:そうですね。紙の書籍はどんどん売れなくなっていますから、連動していると思います。実際、本、CD、DVDだけを扱い続けた結果、2015年にブックオフは経営危機に陥っています。これらの品物を買うためのプラットフォームは、ネットの方が明らかに便利ですし、新刊書店もブックオフも一緒で、書籍を並べるだけで売れた時代は終わったのです。ブックオフは「トレカ・オフ」に舵を切ることで上手に危機を乗り越えましたが、既存の書店は今後の経営戦略をどのようにしていくのか、問われています。

■個人店のようなチェーン店が誕生

――ブックオフのような改革を、既存の書店は十分にできているのでしょうか。

谷頭:新刊書店はまだまだ不十分なところが多いのではないかと思います。ただ、ユニークな書店もあります。個人的に取材したいのが、イオンモールの中に多い「未来屋書店」です。僕が考える最強のチェーンストアは、看板が一緒なのに、売っているものが地域に合わせて違うというもの。未来屋は、チェーン書店でありながら、その店の店員がおすすめの本を並べた書棚を自発的に作っているんですよ。

――チェーン店なのに個人店のような側面を持たせているというわけですね。

谷頭:未来屋書店碑文谷店の店員さんで、すごく江頭2:50さんのYouTubeチャンネル(「エガちゃんねる」)が好きな人がいるんです。番組公式本が出たときに大量に仕入れて、それを売るために特設コーナーを作ったりしているらしい。この熱意が公式側にも伝わり、番組の企画で江頭2:50さんが未来屋書店碑文谷店に突撃し、その大量に仕入れた本を手売りする企画をやったりしているんです。察するに、未来屋書店は、書店員に、ある程度の売り場に関する権限を持たせているのかもしれません。他の未来屋書店でも、地元の高校とのコラボレーションなど、地域それぞれの売り方の工夫がされていましたし。

――従来のように全国画一で同じサービスを提供するだけではいけないと、チェーン店側も気づき始めたということなのでしょうか。

谷頭:その通りだと思います。これまで、チェーンストアは完全に中央集権型のシステムでした。ファミレスはセントラルキッチンを持ち、全国均一で同じ味が提供できるのがウリでした。チェーン店の中では「ドン・キホーテ」は早くから個店主義をとっているのですが、それはあくまでも例外で、よほど革命的なことをしないと不可能だと思われていたのです。しかし、近年はそれでは行き詰まることに気付き始め、ファミレスも地域によっては24時間営業を撤廃したり、運営形態やメニューも工夫を凝らしています。

――チェーン店が地域のニーズに応えていくと、余分な費用が嵩みそうです。

谷頭:それを可能にしたのは、ロジスティックなどのテクノロジーの進化が大きいかもしれません。一昔前は、均一に同じことをしないとロジスティックが回らなかったのですが、今は細かくオペレーションができるようになってきた。書店にもその流れが生まれつつあるように思います。大手とは異なる中小の取次も生まれている中で、店ごとに、地域ごとに合わせて本を配送しないと、ビジネス的に成り立たないという焦りもあるのかなと。

■書店の価値を今一度検証するべき

――書店が今後、生き残っていくためにはどうすればいいのでしょうか。

谷頭:消費者、すなわち読み手のニーズをいかに捉えるのかが大事だと思います。日本の出版業界全体の問題点として、出版社、取次、書店が独立して仕事をしていて、消費者に届くまでのところで連携が取れていないことがある。江戸時代まで遡ると、この三者は一体化していたんです。作り手と読み手も近かったし、境界線がない、ある種の共同体ができていた。もう一度、作り手と読み手の関係を強めていけば、売れる書店は作れると思うんですよ。

――書店の本当の価値を、考え直す時期に来ているのかもしれませんね。

谷頭:書店がこれまで担ってきた、ただ品物があるだけの空間はもう限界でしょう。それならAmazonでいいんです。物理書店という、実際に本を手に取って選べる場所の強みを検証していかなければなりません。それは人と人との交流や、知らなかった本に出合えるなどの価値だと思う。これは、コロナ禍で人と会わない時期が続いた中で、見直されてきた価値観です。人と人が集まる「ハブ」的な役割もあった書店の意義を、見つめ直すべきではないでしょうか。

――そういった意味では、今年リニューアルしたばかりの渋谷のTSUTAYAは、イベントスペースなども設け、人を集める空間として成功していると思います。

谷頭:渋谷のTSUTAYAの路線はとても面白いと感じました。まっさらな空間にポップアップストアを出し、あくまでもここはIPを楽しむための場所を提供するんだ、とかなり振り切っている。個人的にはIPをリアルの場で扱う上での最適解だと思います。チェーン店も試行錯誤をしているのだから、中小の書店も自身の価値を考えていかないと、いくら国がお金だけ出しても無駄金で終わってしまいかねません。

――谷頭さんが考える、魅力的な書店のイメージはありますか。

谷頭:僕が最近考えているのが、“せんだら需要”というものです。千円以下でだらだらできる場を、人は求めているんじゃないか。地方の郊外では、大きい書店の中にカフェなどの機能を持たせて、人が集まる空間をつくっている例がありますが、意外にも都心ほどそういう場所が少ないんですよ。待ち合わせに20分早く着いた時、ドトールもスタバも混んでいたりするじゃないですか。そんなとき、ぶらぶらできるような書店が必要だと思います。

――昔の書店はその機能を果たしていました。空き時間に気軽に立ち寄り、そのついでに本を一冊買ったりする場所でしたよね。

谷頭:まさにそうですね。基本は、多くの人が行って楽しいと思える書店が一番で、これまでの形にこだわらなくていいと思います。本は人と人とを繋ぐ鎹のような存在だと思います。ある意味、そういう機能を果たしてくれればいい。人と人との出会い、人と物との出会いを促進する書店があったら面白いし、もしかすると、そういう書店は、もはやこれまで私たちから考える「書店」という佇まいではないかもしれません。その意味では「書店らしくない書店」が増えると楽しいんじゃないかと思ったりしています。

ただ、外部から黒船的な企業がやってこないと、内部から書店の改革は難しいのかなとも思います。例えば、スタバやモスバーガーなどの企業が自社で本を制作し、書店を始めたら劇的に変わるでしょう。もちろん、現実的にはさまざまな問題があってなかなかできないでしょうけれど……。向こう10年くらいで何かしらの変化は起きそうな気もしますが、今こそ書店業界の英知を結集して、書店らしくない書店が増えてほしいと願っています。

■谷頭和希プロフィール

チェーンストア研究家・ライター。1997年生まれ。チェーンストアや、それらを取り巻く都市文化についての発信を続ける。東洋経済オンライン、現代ビジネス等各種ウェブメディアに寄稿。著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)がある。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。ポッドキャスト番組に『こんな本、どうですか?』。

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