NHK、将来的に「全スマホ保有者からネット視聴料を徴収」か…月額1100円

NHK放送センター(「Wikipedia」より)

NHKのインターネット事業を必須業務に格上げする改正放送法が17日、参院本会議で可決、成立した。ネット視聴料は地上波契約と同額の月額1100円になる見通し(地上契約の受信料を払っている人は追加負担なし)。スマートフォンやパソコン(PC)に専用アプリをダウンロードしてIDを取得した人のみから料金を徴収する方針だが、現在、チューナー付きテレビを持っていればNHK受信料を払わなければならないと定められているため、将来的に「スマホを持っているだけ」でネット視聴料を徴収されるようになるとの見方も根強い。NHKがネット事業の必須業務化に前のめりになっている理由は何なのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

現在NHKはネット業務を「任意業務」「実施できる業務」と位置付けており、NHKのテレビ放送内容の「理解増進情報」に限定するとしてきた。ネットコンテンツとして「NHKプラス」や「NHKオンデマンド」「ニュース・防災アプリ」などを運営しているが、今回の必須業務化に伴い理解増進情報を廃止し、「放送とネットは同一」という方針に基づき番組と密接な関連を有する「番組関連情報」のみを配信する(災害情報などの緊急情報は無料配信)。

NHKがネット業務の必須業務化を進める理由について、元日本テレビ・ディレクター兼解説キャスターで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏はいう。

「世界的に放送から通信へという流れが強まるなか、日本はこの動きに遅れており、放送法も基本的には放送しか想定していないため、総務省がリードするかたちで後追いで法律を現在の実態に合うかたちに変えたといえます。一方で、NHKは法律で国民に支払いが義務付けられた受信料による収入があり、そのうえでネットで数多くのオリジナルコンテンツを流すと、民放のテレビ局や新聞社を圧迫することになる。そのため民放の要望を飲むかたちでネットでは放送と同一の内容のみを配信することにしたわけで、ある種の妥協の産物といえます。

公共放送局と民放放送局には、両者が二元体制をとることでジャーナリズム全体のクオリティを高めるという公共的使命を担っているという前提があり、その前提を維持しつつNHKのあり方を世界的潮流に合わせていくためには、今回のようなかたちで両者が妥協せざるを得なかった面はあるのかもしれません。ですが、たとえば『NHK政治マガジン』というサイトは、放送時間の制約などでテレビ放送では流せない良質な情報を多く掲載していましたが、法改正に伴い廃止になってしまいました。こうした動きは国民にとってはマイナスといえ、全体でみたときに国民にとって良い方向に向かっているのかは疑問です」

注目されるのがネット視聴契約の料金だ。現在、地上契約のみの一般的なケースでは月額1100円(口座振替・クレジットカードなどで2カ月払いから)だが、ネット視聴料は同額になる見通し。地上契約の契約者には追加負担は求めない。

「テレビを見ない人、自宅にテレビがない人の増加に伴い将来的に受信料収入は右肩下がりになると予想され、NHKとしてはネット視聴でも広くお金を取れるようにしたいが、そのためには法律でネット事業も必須業務だと認めてもらう必要がある。だが国民の義務として集めた受信料を使ってネットでオリジナルのコンテンツを積極的に配信すると、ネット配信に注力している民放テレビや新聞社から民業圧迫だと批判を受けるので、配信内容を放送と同一にするという妥協策で手を打ったということ。

また、テレビとネットで流すコンテンツを別々にすれば、契約も明確に別個に分けるのが自然だが、契約を完全に2本立てにするとなれば『テレビを保有しているだけで受信料を取られる現行の契約形態は果たして継続させるべきなのか』という議論が沸く可能性もあり、NHKとしてはそこに世論の関心が向いて見直しの機運が生じることは避けたいところ。もっとも、『ネットはオリジナルのコンテンツを中心に流すので、地上契約をしている人もネット視聴する場合は新たにネット視聴の契約をしてくださいね』という形で契約を分けたとして、どれだけの人がネット視聴を契約するのかは疑問。こうしたさまざまな事情から地上放送とネットをできるだけ一体にしておきたいというのが本音だろう」(民放キー局関係者)

NHKにとっての至上命題

NHKの危機感は強い。NHK受信料収入は2020年度には年7000億円を割り込み、テレビを持たない世帯の増加も影響して今後も右肩下がりになると予想されている。そのため、昨年4月からは、期限内(受信機設置の翌々月の末日)に受信契約を締結しなかったり、不正に受信料を支払わない人に対し、本来の受信料の2倍の割増金を課す制度を開始。より広くかつ確実に受信料を徴収する動きを加速させているNHKが、将来的にスマホやPCを持っているすべての人から視聴料を徴収することになるとの見方もある。

前出・水島氏はいう。

「日々ニュースはチェックしているけどテレビでは見ないという人や、ドラマもネットの『TVer(ティーバー)』で視聴するという人が増えるなか、『家にテレビがあれば料金を徴収しますよ』という形態は、いつかは見直さざるを得なくなります。そのようななかで、NHKが将来、テレビを保有しているかどうかにかかわらず、より広く受信料を徴収するようになるのではないか、ということは、放送界の誰もが考えているでしょう」

民放キー局関係者はいう。

「いくら受信料収入が下がっているとはいえ、法律で定められた受信料制度のおかげでNHKには何もしなくても毎年6000億円以上ものお金が転がり込んでくるわけで、グループの連結剰余金残高は5000億円もある。NHK自身が認めているとおり、受信料は『視聴の対価』ではなく組織運営のための『特殊な負担金』であり、巨大な組織を存続するために国民からできるだけ広くお金を徴収していくというのがNHKにとっての至上命題だ。

なのでネット視聴料も最初はスマホにアプリをダウンロードした人からのみ徴収するというかたちにしておき、将来的にはテレビの受信料と同様の考え方でスマホを所有していれば視聴料を取りますよという流れになってくるのは目に見えている。『テレビ視聴者が減って地上放送の受信料が減っており、公共放送機関としてのNHKの組織を維持していくためにはスマホを持つすべての人から料金を徴収する必要がある』などと、あの手この手でロジックを持ち出してくるだろう」

民間放送事業者に対するNHKの協力義務の強化

前述のとおりネット配信はテレビ業界も注力している領域であり、NHKは民業圧迫との批判を回避するために巧妙に手を打っている様子もうかがえる。今回の改正放送法には「民間放送事業者が行う放送の難視聴解消措置に対するNHKの協力義務の強化」も盛り込まれている。

<NHKによる放送全体の発展に貢献するプラットフォームとしての役割を果たす観点から、NHKに対し、民間放送事業者から中継局の共同利用等の難視聴解消措置についてNHKとの協力に関する協議の求めがあった場合に当該協議に応じることを義務付ける>(総務省「放送法の一部を改正する法律案の概要」より)

NHKは昨年10月に発表した「NHK経営計画24~26年度」(案)で、NHKと民放の二元体制維持のための予算として3年間で600億円を計上。昨年6月には、苦境に陥るローカル局に対して総務省とNHK・民放が一体となって救済に動く「放送法及び電波法の一部を改正する法律」が公布されており、同月の総務省発表資料「現状と課題」には、中継局の共同利用について次のように書いてある。

「将来的な経営形態の合理化も見据え、現在の地上テレビ局が、中継局の保有・運用・維持管理を担うハード事業者(共同利用会社)の利用を可能とする。(NHKと民放の連携も想定)NHKが、自らの設備だけでなく、子会社であるハード会社の設備を用いることを可能とする」

そして、放送番組の同一化についてはこう書いてある。

「放送対象地域自体は変更せず、希望する地上テレビ局が、総務大臣の認定を受けることにより、複数の放送対象地域において放送番組を同一化できる制度を創設する。(例えば、同系列の隣県で同一化)」

民放キー局関係者はいう。

「要は、国民から徴収したNHK受信料を、経営悪化の民放ローカル局の救済に使うというもので、まったくもって、おかしな話。こうしたNHKと民放局の協力関係もあるため、民放各局もNHKがネットでオリジナルコンテンツを配信することには強く反対する一方、受信料の問題については沈黙を守っている」(3月2日付当サイト記事より)

これまでの経緯

NHKは2017年に公表したNHK受信料制度等検討委員会の答申案で、スマホやインターネットの利用者からも受信料を徴収する検討を始めており、過去の有識者会議でもテレビを持っていなくてもスマホなどで積極的に放送を見る人については「負担を議論していく必要がある」との意見が出ていた。

総務省も22年から公共放送ワーキンググループ(WG)にて、将来のNHKのネット関連事業のあり方に関して議論を開始。焦点は、ネット事業をNHKの「必須業務」に変更するかどうかという点だった。現在は放送を補完する「実施できる業務」として位置づけられており、配信コンテンツはNHKで放送される内容の「理解増進情報」に限定されている。

23年4月の同WGの会合では、スマホなどで放送を視聴できる環境にある人からの受信料収入が、NHKの財源として望ましいとする意見で一致。専用アプリの利用者から受信料を徴収する案などが検討されてきた。

(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学教授)

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