経験豊富なNZ代表が仲間たちへ伝えた簡潔にして本質的な言葉… 主将リーチも「勉強になった」と頷くリッチー・モウンガの考え【リーグワン】

すでに常連客だった。

ラグビーのニュージーランド代表として2度のワールドカップに出たリッチー・モウンガは、日本の東芝ブレイブルーパス東京の新加入戦士である。

身長176センチ、体重83キロの29歳。合流から約2週間後にあたる12月9日からの国内リーグワン1部で、鋭いラン、パス、堅実もしくは幻想的なキックでチームを引っ張る。その前提として、東京郊外での暮らしになじむ。
グラウンドやクラブハウスのある東芝府中事業所の近くに、行きつけの定食屋をふたつ作った。チームメイトのリーチ・マイケル、セタ・タマニバルに教わった。

「どちらかに肩入れをしすぎないよう、半々ずつくらい、食べに行っています」

そのうち「しっかり食べたい時」に出かけるおかずの多い店舗では、定価にプラス250円で小鉢の豆腐を刺身に変えられる。その旨は日本語のメニューに書いているだけなのだが、春の時点でそのことをモウンガは知っていた。きっと、何度か通っているうちに誰かから聞いたのだろう。

ひとりの家庭人として微笑む。

「日本では、妻も子どもも楽しそうに暮らしてくれています。子どもは、日本語だけの幼稚園に通っています。私も家族とともに新しい文化を学びながら、溶け込みながら、充実感を覚えている。ラグビーともいいバランスが取れています」

リーグワンのレギュラーシーズン終了後の5月9日。4傑が頂点を争うプレーオフへの準備に取り掛かっていた。

12チーム中2位で2シーズンぶりに出場のブレイブルーパスは、旧トップリーグ時代の2009年度以来となる日本一を目指す。初戦の相手は東京サントリーサンゴリアス。今季は2回対戦していずれも勝っているが、直近のプレーオフでの経験値では向こうに分がある。

無形の重圧がかかるノックアウトステージに際し、全体ミーティングに登壇したのがモウンガだった。ここではよき父親としてではなく、よきチームマンとして務めを果たした。

母国で所属していたクルセイダーズでは、国際リーグのスーパーラグビーでプレーオフ7連覇を達成している。約半年をかけて信頼関係を紡いだ日本の仲間たちへ、豊かな経験を言葉にして伝えた。
参加者の証言を総合すると、かような内容だった。

<心に残る、プレッシャーのかかる舞台を楽しもう>

<プレーオフでは、一つひとつの試合をラストゲームのつもりで戦おう>

簡潔で本質的。
モウンガに定食屋を紹介したキャプテンのリーチは、日本代表として4度のワールドカップに出た35歳。それでも年下のモウンガの考えに、「勉強になった」と頷いた。

「英語で言う『One chance One opportunity』ですね。その(重要な)機会が自分に来るかもしれないから、それをしっかり掴みましょうと。ひとつのパス、タックル、キックで勝負が決まるかもしれない。楽しみましょう、と」

翌日、トレーニングをメディアに公開した。汗を流して引き上げる折、モウンガその人は言い残す。

「非常にいい感覚です。本番が近づけば、いい種類の緊張感が高まると思います。ラグビー選手である以上、負けたら終わりのゲームは臨むところです。こういう舞台では、細かい一つひとつのアクションで勝負が決まる。ただ、ここで萎縮しすぎず、自由にラグビーを楽しむという自分の持ち味を出していければ」

母国の規定上、日本のチームに在籍する限りはオールブラックスことニュージーランド代表のジャージィは着られない。さりとて、職業倫理は損なわずにいる。以前このように明かしていた。

「いまは、自分がどれだけブレイブルーパスにいい影響を与えられるかを考えています。ラグビー選手としてベストに近づくために、もっともっと頑張りたいです。その結果、自分のことを世界でベストな選手だと思えるようになるのをゴールにしています。ラグビー選手としてはそういう野心がなくなったり、近道を探し始めたり、気が向かないなと思ったり、怠けてきたりしたと自分でわかったら、その時はスパイクを脱がなきゃいけない。ただ、いまは全くそんな風にはなっていませんよ」

自身にとって初めてとなる日本の「ファイナル」ことプレーオフ準決勝は、19日に東京・秩父宮ラグビー場でおこなわれる。

取材・文●向風見也(ラグビーライター)

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