【社説】広島サミット1年 被爆地の訴え、軽んじるな

 広島を舞台にした先進7カ国首脳会議(G7サミット)開催から1年になった。先進国の首脳が集い、原爆資料館などを訪れてメッセージを記した。被爆地として歴史的節目となる会議だった。

 地元開催のひのき舞台で岸田文雄首相が誇らしげに成功を強調した場面は記憶に新しい。だが、この1年間、核兵器のない世界への取り組みがどれだけ進んだだろうか。

 ウクライナに侵攻したロシアは戦術核兵器の使用を想定した演習準備を始めた。米国も14日にバイデン政権3回目となる臨界前核実験をした。核保有国の独善ぶりはむしろ拡大している感さえある。

 「核には核で対抗する」という核抑止論が世界で幅を利かせている。しかし、核兵器がある限り、使用される危険は消えない。「核のボタンを押す」と威嚇する指導者は現に目の前にいる。被爆国である日本は抑止論ではなく、世界からの核廃絶を目指す具体的な行動を示すべきだろう。

 私たちは首脳による広島訪問を呼びかけてきた。平和記念公園や原爆資料館を訪れ、原爆被害の実態を知ってもらうことで核廃絶の取り組みが広がると信じてきたからだ。

 原爆資料館の入館者数は2023年度、198万人を超え、過去最高を大幅更新した。歴史的な円安に加え、サミット効果も大きかった。広島サミットがヒロシマの惨禍を世界に伝える契機になったことは成果と言えよう。

 ただ、サミットで初めてまとめられた核軍縮文書「広島ビジョン」には不満が募る。核兵器禁止条約に触れず、核廃絶にも言及しなかった、核保有国に追随するような内容は全く評価できない。全国の被爆者団体へ向けた中国新聞社のアンケートでも「核廃絶へ成果がなかった」と広島サミットへの厳しい意見が半数を超えたのもうなずける。

 広島市も広島県も核抑止論からの脱却を求めている。それが被爆地の訴えであるのは言うまでもない。にもかかわらず、政府は24年版外交青書に「米国が提供する核を含む拡大抑止が不可欠」とする特集面を新設した。まさに聞く耳を持たずである。

 保有国の横暴ぶりをみて、非保有国は核兵器を全面禁止する方向に結束しつつある。積極参加すべき日本は被爆者団体などからの再三の要請に背を向け、オブザーバーにも加わらない。

 到底納得できない。世を去った幾多の被爆者の「二度と被爆者を生み出してはならない」という思いが岸田首相には届いていないのだろうか。

 「各国首脳とともに『核兵器のない世界』を目指すために、ここに集う」

 サミットの際、岸田首相が資料館の芳名録に残したメッセージである。集まったことを誇っただけで、具体的に何を協議し、どう取り組むかという決意などが全く記されていないのはなぜなのか。

 広島は核なき世界を実現するために、とりわけ重要な責務を持つ都市である。その地でサミットを開いた事実だけを強調し、政治のレガシーにすることなど許されない。

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