「つばさの党」逮捕は想定内? ネットが助長する政治の劇場化

安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・「つばさの党」代表ら、17日の逮捕はある意味想定内。

・ネットで相手を批判、動画投稿拡散の手法で知名度アップ。

・新興政党の手法だが、それが議席獲得に結びつくかはわからない。

5月17日、公職選挙法違反の疑いで警視庁に逮捕された、「つばさの党」の代表黒川敦彦容疑者と衆院選補選東京15区元候補で同党幹事長の根本良輔容疑者は、「してやったり」といったところではないか。今、まさに達成感に浸っているだろう。

根本容疑者が17日正午にXに予約投稿をしたことからも、彼らの余裕が感じられる。自分たちが逮捕されることを予感していたものと思われる。すべて想定内、ということなのではないか。

筆者は東京15区補選の取材の最中、乙武陣営の演説につばさの党が拡声器を使い大音量で乙武候補と、応援に入った小池百合子都知事を批判する現場にいた。乙武氏の過去の不倫問題と、小池知事の学歴詐称問題を執拗に非難していた。乙武候補の演説がかき消されるような事態になり、我慢の限界に達した乙武候補が怒りをあらわにする場面もあった。

その後、つばさの党のこうした行動はエスカレート、自分らの主張と重なるとした須藤元気候補以外の陣営に凸るようになった。その様子はyoutubeに次々投稿され、Xでも拡散された。根本容疑者は、どこぞのインタビューで、「視聴数がうなぎ登りで広告収入ヤバいことになってるんですよ」と話していたので、さぞかしすごい再生回数かとおもったら、そうでもなかった。資金源がどうなっているのか、不思議に思っている人も多いのではないか。

黒川容疑者は、かつて旧NHK党の幹事長だった。対立する相手をネットで批判し、それを拡散する手法はまさに立花孝志氏のそれである。

同じく旧NHK党から立候補して参議院議員になったガーシーこと東谷義和元参院議員も、いってみればネットの申し子だった。陰謀論をばらまき、多くの視聴者がそれに熱狂し、1人のユーチューバーを国会に送り込んだ。れいわ新選組の山本太郎代表も街頭で有権者がぶつける質問に対し、一つ一つ答えていく動画をよくアップしている。みなネットの持つ力をよく知り、自身の知名度を上げるためにそれを最大限活用しているところが共通している。

このように、ネットに長けている一部の政党、政治家が自己の主張を拡散するのにそれを利用しているのが実態だ。しかし、国政の場で存在感を示せているかといえば、答えはNOだ。

既存政党のネット音痴

一方で、旧態依然とした既成政党はネットの使い方が今ひとつだ。

インターネットが政治家の情報発信や選挙運動に解禁されてからまだ日が浅い、といってももう10年は経っている。だというのに、去年の東京都江東区の区長選挙で、元衆議院議員の区長候補を応援する地元選出の衆議院議員が、選挙期間中に公職選挙法で禁止されているyoutube広告を流した罪などで逮捕された。こんな初歩的なミスを与党の議員が犯すほど、日本ではネット選挙の習熟度は今ひとつだ。

今回のつばさの党の選挙妨害も、かれらは自身の活動が、公職選挙には抵触しないと事前に当局に確認した、と主張していた。今後は司法の場で、表現の自由と公職選挙法を盾に戦うはずだ。

つまり、既存政党がネットをどう使ったらいいのか、考えて法整備を行ってこなかった結果が今の事態を招いているともいえるのだ。

政治の劇場化

政治を劇場化したのは古くは小泉純一郎元首相だろう。「自民党をぶっ壊す!」という小泉首相の絶叫に多くの有権者は熱狂した。ワンフレーズポリティクスという言葉もこのとき生まれた。2005年の郵政解散へとつづくのだが、その時はまだSNSは生まれたばかりで、使っている人はまれだった。

あれから20年弱。いまやだれもが発信できる時代となった。1億総メディア化した現在、ネットで自身の存在感を高める人物が出てきても何の不思議もない。政治の劇場化のハードルが下がったのだ。

つばさの党も、来る東京都知事選、その後に続く衆院選と候補者を出し、ネットを駆使して政党としての知名度をさらに上げ、究極的には国会に議席を確保する戦略だったと思う。

こうしたネットを使った政治の劇場化は地方都市でも起きている。人口わずか約2万7千人の広島県の安芸高田市の石丸伸二市長もその一人だ。議会を守旧派と位置づけ、徹底的に批判してそれをyoutubeで発信し、知名度を上げた。X(旧ツイッター)のフォロワー数は約31万人、市の公式ユーチューブチャンネルの登録者数は地方自治体としては異例の20万人超だ。

小池氏は、東京都議会をブラックボックスと評し、対立軸を明確にしてそれに挑む改革者としてのイメージ戦略を展開、圧倒的な「小池旋風」を巻き起こし、都知事になった。石丸氏もその手法を踏襲したわけだ。違いはネットを駆使し、1地方自治体の知名度を全国区に引き上げたことだろう。もっとも自身の掲げた政策は議会の反対にあって実現せず、対立だけが固定化した。その石丸氏が2期目を待たずして東京都知事選への立候補を表明したことは、ある意味こうしたネットによる政治の劇場化の流れの一つであろう。

ネットでの熱狂は政治を変えるか

こうした劇場化は政治を変えるのだろうか?

東京15区補選の結果、つばさの党の候補者は最下位、1,110票に沈んだ。メディアがこぞって報じたおかげで党の知名度は上がったが、票は取れず、その後公職選挙法違反の疑いで逮捕されるに至った。結局、彼らのやろうとしていたことはなんだったのか、わからなくなっている。

ネットはたしかに情報の拡散を容易にした。誰もが発信者であり、メディアとなりうるのが現代だ。有権者は、新聞を購読しなくなり、テレビをリアルタイム視聴しなくなった。伝統メディアの死、という人もいる。しかし、プラットフォーマーが流すニュースの見出しは、今でも新聞、テレビのそれだ。

つばさの党のyoutubeやXを見て熱狂していた人は投票に行かず(そもそも東京15区の有権者でなかった人も多かったろう)、ただエンタメとしてその過激な主張を楽しんでいただけではなかったか?だとしたら、既存政党の支配を「ぶっ壊す」ための戦略を練り直す必要があるだろう。少なくとも国政に人を送り込む気があるのなら。

ネットは政治の世界では万能でもなんでもない。知名度をネットで上げるのと、議席を獲得することは、かならずしも一致しない、ということを今回の一連の事件は私たちに知らしめたといえるのではないか。

トップ写真)衆院補選東京15区で候補者の演説を聴く有権者ら 2024年4月13日 東京都江東区豊洲

ⒸJapan In-depth編集部

© 株式会社安倍宏行