人生そのものでもある「野球」でもう一度頂点へ ふるさと岡山で再起を目指す元プロ野球選手の高田萌生・引地秀一郎選手

かつて岡山の高校野球で活躍し、華々しくプロの世界に羽ばたいていった2人が、昨年揃って戦力外通告を受けました。元巨人・楽天の高田投手、そして元楽天の引地投手です。再起の地として選んだのは故郷・岡山。人生のすべてを野球に捧げてきた彼らが、その岡山の地で、新たな一歩を踏み出しました。

「球速 156km/h!」

(高田萌生選手)
「いい思いも悔しい思いもしてきて、地元で野球が出来るということがすごく楽しみですし、全試合ゼロに抑える気持ちで」

美作市の山あいの野球場を本拠地とするショウワコーポレーション硬式野球部です。1994年、社会人野球のクラブチームとして創設。29年目の昨年、初めてクラブチーム日本一に輝きました。そして今年、次なる目標「都市対抗野球優勝」を掲げ、新たに17人もの選手を獲得。

その中には、地元岡山で再起を誓う2人の元プロ野球選手の姿がありました。その一人が、25歳の高田萌生選手です。創志学園高校時代、松坂大輔(まつざか)さんを思わせるフォームから「松坂2世」とも呼ばれ、最速154キロの速球を武器にチームを2度甲子園に導くと、巨人にドラフト5位で入団。

【入団会見】
ー帽子かぶってどうですか?
(高田萌生選手)
「カッコいいです」

その後プロ4年目に楽天へトレードされました。7年のプロ野球人生、2軍で最多勝を獲得するなどの活躍をみせましたが、1軍での勝利は叶いませんでした。

(高田萌生選手)
「高校時代は自分が一番という気持で投げていたんですけど、なんでこんなにうまくいかないんだろうみたいな。プロ野球選手の技術の高さ。なにか本当にマウンドが怖くなるような経験でした。」

1軍の高い壁にぶつかった高田選手は去年10月11日、チームから戦力外通告を言い渡されました。

(高田萌生選手)
「悔しい思いはもちろんはあるんですけど、自分の実力不足だなというところがあるので、また一から見つめ直して野球がうまくなるようにやっていこうという」

そしてもう一人、高田選手とともに再起を誓う男がいます。23歳の引地秀一郎(ひきじしゅういちろう)選手です。

倉敷商業高校時代、闘志あふれる投球で「星野仙一2世」とも呼ばれました。身長188センチの長身から投げ込む150キロを超える速球と多彩な変化球を武器にドラフト3位で楽天に入団しました。しかし…5年間のプロ生活は右ひじのけがにも泣かされ、一度も1軍のマウンドに上がることはありませんでした。奇しくも、チームの先輩・高田選手と同じ日、岡山出身の2人が楽天から戦力外通告を受けたのです。

家の電気をつける音
「カチッ」

今は、岡山市内で一人暮らしをする引地選手。プロの時とは違い、洗濯も食事もすべて自分でこなしています。プロ野球選手だった半年前からガラリと環境が変わりました。岡山に帰ってきた今、何を思うのか・・・。

(引地秀一郎選手)
「もちろん(プロ野球に)入るときは自信に満ち溢れてた、じゃないですけど、自分ならやれると思っていたので、甘くないなっていう風には思いましたね。自分が思っている通りにはいかないなっていう・・・」

ケガにも苦しんだプロ人生。テレビの前に置かれていたのは、プロ3年目に手術で摘出した右ひじの骨です。

(引地秀一郎選手)
「ネズミって言われるやつですね。骨棘っていう肘にある取れた骨みたいな。僕の身体の一部だったものなので、手術はしたんですけど、この骨のおかげでずっと今まで小学生から手術するまでは、この骨たちが頑張ってたということだと思うので、飾ってますね」

1軍のキャンプに呼ばれ、これからという時の手術でした。当時は痛みで、ボールすら持てなかったと言います。苦い想いも経験したプロ生活。しかし、引地選手は野球を続けるため、新天地で前を向きます。

(引地秀一郎選手)
「ただ投げるだけが僕がショウワコーポレーションに呼ばれた理由ではないと思っているので、プロの世界でやってきた経験だったりていうのを教えられる範囲だったり言える範囲で教えることも僕の託された仕事じゃないですけど託されていることだと思うので、そういったところもしっかりやっていけたらなという風には思っています」

プロ野球の世界から投げ出された若武者たち。そんな二人に、真っ先に声をかけたのは、ショウワコーポレーション硬式野球部の亀澤恭平監督でした。二人と同じ岡山出身の元プロ野球選手です。亀澤さん自身も、育成契約での入団から球団を移って活躍も、その後戦力外通告を受けた苦労人です。

(亀澤恭平監督)
「トライアウトを見に行って、もちろん名前も知っていましたし、その中でも輝いていた選手。プラス岡山っていう人間が二人というところでもう一度地元への恩返しも含めて違う地でも羽ばたかせることができたらなという思いで獲得しました」

チームは、社会人野球最高峰の大会都市対抗野球での優勝と、プロ野球選手の輩出を目標にしています。2人に亀澤監督が求めているのは、プロでの経験をチームに伝達すること、そしてチーム戦力の底上げです。

(引地秀一郎選手)
「もう一度野球をさせてもらえる環境をいただいたっていうのが一番ですね。そこは場所がどこであってもそれが一番ですね。なおかつそれが岡山というので本当に運が良いなという風に思っています」

(高田萌生選手)
「プロとは違うというか社会人チームでやるというのは、会社を背負ってというかチーム全員で勝ちに行くみたいなすごく感じるのでその中でしっかり勝って岡山を盛り上げられたらいいなと思います」

人は美作の地で会社の看板を背負って、再び高い壁を上り始めました。都市対抗野球での優勝。そしてプロ野球への再挑戦。人生そのものでもある野球でもう一度・・・

(引地秀一郎選手)
「ショウワコーポレーションで都市対抗に出場して、個人としても高いレベルになってもう一度NPBに行けたらなという風に思っています」

(高田萌生選手)
「まあその先そこ(都市対抗優勝を)頑張ったうえでNPBに復帰したりというところが見えて来るかなとは思うのでまずは目の前の試合に集中したいなと思います」

彼らの第二の野球人生は始まったばかり。厳しいプロの世界を経験した二人が、かつての輝きを取り戻すため、故郷岡山の地で再起を図ります。

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