『アンチヒーロー』“明墨”長谷川博己が暴く12年前の真実 権力を求める人間の強欲さ

「ようやくわかりました。先生が何をしようとしているのか」

『アンチヒーロー』(TBS系)第6話では、マスコミと権力の闇が暴かれた(以下、ネタバレを含むためご注意ください)。検察の証拠ねつ造を告発し、国会議員の犯罪もみ消しを暴いてきた明墨(長谷川博己)。警察による虚偽告訴を白日の下にさらす姿は、さながら不正に立ち向かうヒーローのようである。明墨の次なるターゲットは裁判所だった。

週刊誌の副編集長が情報漏洩で起訴された。沢原麻希(珠城りょう)の第一審は執行猶予付きの有罪。控訴審から弁護人になった明墨に、沢原は無実を訴える。犯人は、沢原のIDを使用して顧客情報を名簿販売業者に流出し、高額の金銭が沢原の口座に振り込まれた。有罪の証拠はそろっており、何者かが周到に計画して、沢原を罠にはめたと考えられた。

沢原の元上司である上田(河内大和)に疑いの目が向けられる。女性登用の人事によって、デスクだった上田を飛び越えて、沢原が副編集長になったことが原因と思われた。しかし、それだけではなかった。事件の背後には、週刊誌を舞台とする政治家同士の争いがあった。スクープ合戦は、有力政治家の代理戦争だった。

『アンチヒーロー』第6話は、メディア関係者にとって、他人事では済まされない内容だった。失脚した衆議院議員の富田(山崎銀之丞)と副法務大臣の加崎(相島一之)は次期法務大臣のイスを争うライバルで、加崎の息がかかった上田と加崎のスキャンダルを追及する沢原の対立が事件の背景にあった。『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ・フジテレビ系)は、冤罪を生み出す権力と忖度するメディアの関係を活写したが、今作のつながりは、より直接的で生々しいものだった。

三権分立のルールの下で、立法と司法、行政は相互に均衡を保ち、権力の暴走を防いでいる。学校で習う知識だ。しかし、今作はそこにとどまらない。あえて均衡を崩してまで、力を求める強欲な人間のさがを浮き彫りにする。最高裁判事を目指す現職の裁判官が、政治家の意を受けて冤罪を生むなど決してあってはらない。誤審を招いた事件を闇に葬り去ることも。

完璧に仕立てられた沢原の有罪を覆すには、控訴審で説得力のある新証拠を提示する必要があった。しかし、赤峰(北村匠海)が提出した証拠は、上田の証言でGPS発信機を使って取得したことが暴露される。裁判所の判断が注目されたが、結果は証拠不採用だった。控訴審の裁判長は瀬古(神野三鈴)だった。

警察のGPS捜査を違法とした最高裁の判決に触れつつ、一般市民がGPSを使って収集した証拠に視聴者の関心を惹きつけるストーリーは、刑事司法を身近に感じさせる秀逸な筋立てだった。瀬古の判断は、人権を尊重する立場から妥当性があるように見える。劇中では公正な判断であるかのように描写されていたが、そこには隠れたつながりがあり、最高裁判事を目指す瀬古から加崎への目配せがあった。証拠は却下されたが、実はそれこそが明墨の意図するところだった

12年前に志水(緒形直人)に死刑を言い渡した裁判官、捜査の陣頭指揮を執った検事、そして、有罪を求刑した担当検事。バラバラだったパズルのピースがつながって、12年前に起きた一家殺人事件の関係者をつまびらかにする過程は、じわじわと網を狭めながら獲物を追い詰めていくスリルがある。誰もが表と裏の顔を持ち、弁護士や裁判官も例外ではない。一見すると、犯罪者を野に放つヒールのような明墨は、ある目的をもって弁護を引き受けていた。それが最終的に志水の冤罪の立証にとどまるか、それ以上の何があるかは、なお予断を許さない。

(文=石河コウヘイ)

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