【麻倉怜士の大閻魔帳】ソナス・ファベールから“着るスピーカー”まで。'24年上半期の麻倉的注目オーディオ

by 麻倉怜士

2024年も6月が目前に迫り、上半期もまもなく終了。'24年上期も各メーカーからさまざまなオーディオ製品が発売された。今回は、そんな新製品たちを試聴・体験してきた麻倉怜士氏が特に印象に残っている製品を7つ紹介する。

――2024年上半期もさまざま製品が発売されましたが、全体的にどんな印象でしたか?

麻倉:今回紹介する7製品は、価格という観点から見れば、ソナス・ファベール「Guarneri G5」の324万5,000円/ペアからelipson「HORUS 6B」の88,000円/ペアまでレンジが広いですが、それだけではなくてユニークな形、ユニークなコンセプト、ユニークな使いかたの製品が出てきた点が興味深かったです。

オーディオというのは、これまで同じような流れ、同じような形のなかで違いを産もうとしていたわけですが、そんなコンベンショナルな流れから飛び出した新しい提案が出てきたのが、この春に感心したオーディオ製品のポイントでした。

デンソーテン ECLIPSE「TD508MK4」

「TD508MK4」(ブラック)

――それでは具体的な製品に話を移しましょう。まずは”タマゴスピーカー”としておなじみのデンソーテン・ECLIPSE「TD508MK4」(74,800円/1本)です。

麻倉:ECLIPSEのスピーカーは録音エンジニアの必須アイテムのようになっています。オノ セイゲンさんや深田晃さんも使っていますよね。音場が出るのと、非常に正確な音が出るので、そういう点でとてもプロ好みのサウンドでした。

それが今回、何年かぶりにモデルチェンジを迎えて、ドライバーや振動板、ダンパー、ボイスコイルなど、すべて一新されました。しっかりとエンジニアリングが入っていて、非常に力が入っている印象です。

前モデルのMK3と聴き比べてみると、かなり違いがありました。MK3は2012年発売のかなり古いモデルで、改めて聴いてみると若干帯域が狭く感じたり、低音の出方が曖昧だったり、ボーカルのイメージが小さかったりしたのですが、MK4は違います。

手で回せるダイヤル式の角度調整機構を採用

まず、上下の帯域が非常に伸びていました。試聴にはUAレコード「エトレーヌ/情家みえ」の「チーク・トゥ・チーク」を使いましたが、最初に流れるベースのキレ味や音階感、そしてボーカルの質感が良かった。ボーカルは「そこで歌っているな」という感覚が強く、この方式が得意とする空間感が非常によく出ていました。

以前のモデルでも空間感の良さはありましたけど、新モデルでは音の解像感が高くなって、非常にハッキリと出てくる印象です。

このECLIPSEの“タマゴスピーカー”には、以前から「低音が物足りない」という声がありましたが、MK4は低音を中心に強化されていて、量感が出ています。ただ、低音の量感が増すと、だいたいのスピーカーでは解像感が薄まってしまう。このふたつは二者択一なのですが、MK4は量感と解像感の両方がしっかり両立されています。

例えばピアノの音色を例にすれば、明瞭なだけでなく、ピアノの中でハンマーが動いて、弦を叩いて、その音が響板に届くという音の流れ、音の時間軸が見えてくるような質感です。

最近よく聴いているのは(ルドルフ・)ブッフビンダーというウィーンのピアニストが、ベルリン・フィルハーモニー・ホールで演奏したベートーヴェンの1番のピアノコンチェルト。

ベルリン・フィルハーモニー・ホールというのは、ホールの特性として音の広がり感と明快感が同時に出てきます。例えばアムステルダム・コンセルトヘボウは、空気の厚みのようなものがドーンとあって、その中から音が湧き出てくるような印象ですが、ベルリンのほうは音が爽やかに拡散していって、その拡散力と同時に音楽、音が出てくるという印象です。

このTD508MK4で聴くと、ベルリン・フィルハーモニー・ホールの音の雰囲気が色濃く感じられますし、オーケストラのスケール感や、ホールとしての音場感の緻密さもよく描写されていました。

これまで、このシリーズは通好みで、モニタースピーカーとして正確な音という特長がありましたが、それがワクワクするような、もっと“音楽を感じさせる”域には達していなかったところが、新モデルではモニター性は維持しつつ、正確に音楽を楽しませてくれます。

――それは一般ユーザーにとっても嬉しい進化ですね。

麻倉:「楽しませてくれるのだから、どんな音でも良い」というわけでなく、モニタースピーカーとしての正確さは基本的に備えつつ、音楽の中身を深く、音場感豊かに聴かせてくれるなぁと感心しました。

1本74,800円とハチャメチャに高いわけでもないので、2chで楽しんでもいいし、別途サブウーファーを用意して5.1ch環境を整えてもいいと思います。使い勝手、使い道が広がったなと思いますね。幅広く音楽ファンに愛されるような音に仕上げてきたなと、今年の春にひとつ感心したポイントです。

――これまでのモデルは“一般人お断り”といった雰囲気もありましたが、デスクトップオーディオ用に使うこともできそうです。

麻倉:そうね、何か近づきがたい感じでしたね。まったく問題なく楽しめると思います。スピーカー自体はやや大きめですが、基本的にはコンパクトで、ユニットのサイズも小さいですし、卵型という形状も、うまくまとまっていますから。もちろん、リビングのような広い部屋でのリスニングでも問題ありません。

気になるとすれば、やはり低音が少し弱いので広い部屋だとサブウーファーが欲しくなる点。同シリーズのサブウーファーもありますが、少し値段が高い。ですから、他社製も含めて反応の良いサブウーファーを選んで組み合わせてみてはどうでしょうか。

elipson「HORUS 6B/HORUS 11F」

――続いてのelipsonは、正直あまり耳馴染みのないブランドの製品でした。

麻倉:HORUS 6Bはブックシェルフ型で88,000円/ペア、HORUS 11Fはフロア型で198,000円/ペアと、かなりお手頃なモデルです。最初は私も「音もそれなりでしょ?」とちょっと斜に構えていましたが、実際に音を聴いてみたら思いのほか良かった。お値打ち品というか、「掘り出し物を発見しました!」といったような雰囲気ですね。

「HORUS 6B」(Black Carbon)

スピーカー選びの面白いポイントは「いかに買いやすい値段で、いいスピーカーを探し出せるか」です。高くて音が良いのは当たり前で、例えばBowers & Wilkinsのスピーカーをシリーズで聴いていくと、値段が上がれば音質もリニアに上がっていきますよね。

このHORUS 6Bはペアで8.8万円ですから、1本4.4万円。それでも音が良いのです。

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ「春」を聴いてみると、ヴァイオリンの音色がスッキリ、ハッキリ、クッキリ伸びていて、とても明快で明晰な音がします。とても解像感が高いのですが、単にそれをシャキッとして出しているだけではなく、音楽の面白さも、とても出ているなと感じました。

UAレコードのSACD「エトレーヌ/情家みえ」に収録されているチーク・トゥ・チークでは、音場がスッキリとしていて、低音も量感が明瞭でスピード感もあります。

もちろん値段が値段ですから、例えばソナス・ファベールのように“味わい”があるわけではありませんが、音楽のあり方というのをストレートに、きっちりと、正しく、明るく、クリアに伝えてくれるというところがとても良かった。

実はSACD「エトレーヌ」では、A面はピアノ/山本剛、ベース/香川裕史、ドラム/大隅寿男で、B面はピアノ/後藤浩二、ベース/楠井五月、ドラム/山田怜、サックス/浜崎航と、A面とB面で奏者が違います。この奏者の違いを端的に表現すると前者は“じいちゃんの味わい系”、後者は“若者のストレート系”といった感じです。

そしてB面の1曲目「Lipstick On Your Collar/カラーに口紅」を、HORUS 6Bで聴くとストレートな力強さ、クッキリさ、突き抜け感、ハイパワーな進行力といったものが感じられる。つまり私たち制作者が意図した音楽性の違いがよく出ていたのです。

ベートーヴェンの1番も、オーケストラの広がりや、音場感の明確さが、小型なスピーカーながらしっかり出ていました。スピーカー自体が小さいので低音がガンガン出るわけではありませんが、とてもバランスの良い帯域感で、素敵な音がするという印象でした。この音で8.8万円/ペアはお買い得だと思いますよ。

――手の届きやすいリーズナブルなスピーカーとしてはPolk Audioも人気ですが、そちらと比べた印象はどうでしょう?

麻倉:個人的には、HORUS 6Bのほうが断然好みですね。Polk Audioは味が濃いというか、大味が持ち味です。“味”が続きましたが、つまり細かいところにあまり拘らずに、“アメリカンサウンド”でドン! と行くという、力任せというか、大味の良さというか、いい意味で拘らないところがPolk Audioの“味”ですね。

それに対してHORUS 6Bを手掛けているelipsonは、フランスのメーカーでヨーロッパの音づくりなのです。

「HORUS 6B」(Walnut Dark Grey)

ヨーロッパサウンドは中域がちょっと下がっています。それに対してアメリカンサウンドは中域が上がっていて「ガンガン行くぞ」という雰囲気。我が家で愛用しているJBLも、ヨーロッパサウンドとは違う、元気の良いアメリカンサウンドを楽しめます。

そういう意味でPolk Audioもアメリカンだと思いますが、elipsonはこれだけ安くてもフランス製なので、階調感や音の細やかなところが、とても明るく出てくる。

個人的にはこれまで、elipsonに対してはあまり良いイメージを持っていませんでした。「価格は安いけど、音も安っぽいね」という印象でしたが、それがいい意味で裏切られました。そもそも、これまでと同じような音だったら、この連載で取り上げませんからね。

「HORUS 11F」(Black Carbon)

そして、さらに感心したのがフロア型のHORUS 11F。独立チェンバーで、下と上が分かれているのが特長です。

こういった安いスピーカーの場合、ブックシェルフは音が良くても、そこに低音用ドライバーが追加されると、どうしても低音に遅れが出てしまって“ドワッ”とした音になってしまうものが多いのですが、このHORUS 11Fは違いました。(他の帯域に負けず)低音がちゃんとついてくるのです。

つまり、ちゃんとスケールが出てきて、進行力があって、上と下が合っている。このスピード感には感心しました。やはり独自チェンバーにしていることが効いているのだと思います。

また中高域も、よりリッチになって艶っぽさも増して、さらに魅力が強まったなと感じました。ベースの質感も音階も良くて、F特(周波数特性)、Dレンジ(ダイナミックレンジ)、色付け、キレ、質感、すべてがプラス方向に強化されている印象です。

25mmシルクドーム・ツイーター×1と、130mmパルプウーファー×2の2.5ウェイ仕様

例えば「チーク・トゥ・チーク/情家みえ」は、とてもリッチで、パワー感も出ている。ボーカルの質感もHORUS 6BとHORUS 11Fを比べると、前者のほうは少しタイトかなという印象で、フロア型のHORUS 11Fは逆に優しくなっている。優しい質感も出てきて、ボディ感と質感と表情が出てきました。こんな音が1本9万円のスピーカーで楽しめるなんて、と思いますね。

またフロア型のスピーカーでも、出来の悪いものでは中高域があまりシャキッとしなくなるんですが、HORUS 11Fではエッジがちゃんと尖っている。10万台では抜群に良いスピーカーではないかと思います。とにかく感心した、リーズナブルなスピーカーでした。

――同じく支持を集めているDALIと比べるとどうですか?

麻倉:DALIは、どちらかというとフワッとした音が出てくる印象ですね。音の解像感がもっとも近いのはELACのスピーカーでしょうか。B&Wはバランスが良くて、DALIは、どちらかといえばリビングルームで楽しく音楽を聴ける“エンターテイメント”のスピーカー。その点ではDALIのほうが味わいは強いです。

elipsonの2モデルは、テイストという域には達していませんが、基本的な音調が良く、音をしっかり出してくれるという意味では好ましいというか、そういった良さあると思いました。

ELAC ELEGANT BS312.2

――続いてはELACの最新世代JETツイーターを搭載したブックシェルフ型「ELEGANT BS312.2」(385,000円/ペア)です。

麻倉:「The New Yorker」という有名な雑誌がありますが、その東京版とも言える「東京人」という雑誌があります。60年近く続いている歴史の長い雑誌ですよ。この雑誌では2年に1回くらいの頻度で音楽特集が組まれていて、これまでにシティポップ特集、日本人作曲家特集などが掲載されてきました。今回は「街で聴く音楽」の特集で、そこでこの「BS312.2」の音を取り上げました。

ELACの300シリーズは、1990年代にBS310が初めて日本に入ってきた。今、ELACと言えば上から下まで豊富なラインナップを揃えているブランドですが、その原点になっているのがBS310。とてもコンパクトなスピーカーなのに、本当にいい音がしました。

「BS 312.2」。写真は「2023東京インターナショナルオーディオショウ」展示時のもの

最新モデルのBS312.2では、JETツイーターが最新の第6世代になっています。「非常に丁寧に音楽を作っていて、密度が高くて、すごく音楽性があって、そして艶っぽいドイツスピーカー」というELACの記号性が、とても良く出ているスピーカーだと思います。

VELAなど、同時に大きなモデルも発表されていますが、ブランドの原点とも言える300シリーズの最新モデルが特に印象的でした。

「チーク・トゥ・チーク/情家みえ」を聴いてみると、音場の透明感、空気の澄んでいる様子が素晴らしい。例えば最初に聴こえてくるドラムのブラッシングとスネアの雰囲気がとても良く出ていますし、小さいスピーカーながら反応も良くて、ベースのピチカートなども反応がとても良い。

ボーカルのボディ感も、単なるボディ感ではなく、中に肉が詰まっているような凝縮感がある。ボーカルは当然、真ん中に定位するわけですが、広い音場を持ちながら、中央にあるボーカル像が立体的で、なおかつ肉が詰まっているような凝縮感がある。

そもそもレコーディングというのは、狭いブースでやっているわけですから、音場という概念は最初からあまりありません。マルチレコーディングして、それをミックスして2chにしているわけですが、そのときの直接音の出方がとても良く、クオリティが非常に高いなと感じました。

また、ベートーヴェンの1番も空間感が素晴らしく、とても良かった。先ほどベルリン・フィルハーモニー・ホールは、ホールの特性として音の広がり感と明快感が同時に出てくると説明しましたが、なぜそうなるのかというとヴィンヤード型のコンサートホールだから。ステージを囲うように客席があり、それが“段々畑”のように上へ広がっているのです。

ちなみに、アムステルダム・コンセルトヘボウは四角形のシューボックス型で、ステージ上の音が分厚い音の塊になるから“濃密”になります。

それに対してヴィンヤード型では、音が下から上に開放的に響くので、音の滞留が起こりにくい。だから開放的でクリアという空間性を、会場自体が持っているのです。

試聴に使ったベートーヴェンの1番も、そんな空間性をもともと持っているわけで、その様子がしっかりと感じられます。スピーカーから音が出ているように感じるのではなく、点音源的に、あるべきところから音が出てくるという印象です。

また、例えば音符が重なっているパート、バイオリンとフルートが一緒に鳴っているパートでは、同じ旋律が聴こえるけど、音の発生源は違っているし、なおかつ質感も違って、奥行き感も違う。そういった細かい違いもよく出ていて、透明な重層感というか、点音源的な立体感があります。

音色もすごく美しい。木管の良さや、合奏の良さ、ピアノのきらびやかさ、弦の弾み感、軽快さといったものが感じられる。まさに“ELACの音の原点ここにあり”という印象でした。

これは第6世代になったJETツイーターの恩恵です。基本的にはハイルドライバーで、振動板の面積が広い。その高域再現性が大変素晴らしいなと。

また、ペアで38.5万円でハチャメチャに高いわけでもありません。前モデルがペア30万ほどだったので、今のスピーカーの値段を考えれば、そこまで大きな値上がりではないと思います。

見た目の凝縮感もありますし、音楽的な凝縮感もあるので、普通のスピーカーとは一味違うスペシャルバージョンといった印象なので、ポップスもジャズもクラシックも楽しませてくれるなと感動しましたね。

ソナス・ファベール「Guarneri G5」

――ここまでは手の届きやすい価格帯の製品を紹介していただきましたが、後半は超弩級のスピーカーや新機軸の製品が多いですね。

麻倉:“真面目なスピーカー”のハイエンドモデルと言えるのがソナス・ファベールのブックシェルフ型「Guarneri G5」です。このスピーカーには驚かされました。

「Guarneri G5」

そんなに大きくないボックスシェイプのスピーカーながら、価格が324万5,000円/ペアと飛び抜けています。そしてなにより音がすごい。倍音感がここまで出てくるのかと感じました。

これまで紹介したelipsonのようなスピーカーでも感心した楽曲を、このGuarneri G5で聴くと別次元というか、まったく違う“音楽的桃源郷”にいるなという印象を受けます。

まずオーケストラを聴くと、当然スコアに書いてあるメインの旋律が流れてくるわけですが、解釈によってはメインの旋律が一番強調されますよね。その時に、安いスピーカーではメインは出てもサブは出てこない(elipsonのことではありませんよ)。

それに対してGuarneri G5は全部出てくる。メインの旋律は当然出てきますし、それを支えるハーモニーやリズム、別の音色を持った楽器の音などが全部同時に出てきて、かつすべての音が倍音を持っている。

その倍音が会場に広く広がって、倍音の響きでソノリティというものが表現されるので、その透明感、見え方が、他のスピーカーとはまったく違いました。

例えばテレビでは、液晶から有機ELになると、コントラストもはっきり・くっきり出てきますが、Guarneri G5の場合、そこまではっきり・くっきりではありません。これみよがしな音ではなく、とても自然に“ジワジワと”入ってくるような音ですね。

――ソナス・ファベールらしい音と言えそうです。

麻倉:「チーク・トゥ・チーク/情家みえ」では、音の粒子の細やかさがすごく感じられ、ブラシやベースの爪弾き、ピアノのオブリガートともしっかり堪能できる。もちろん、これらの音は音源に入っているものなので、どんなスピーカーでもそれなりには鳴りますが、ここまでディテールが出てくるのかと。

例えば時間軸で言うと、音が消えゆく様の情報が出てくるのと、音が重なったときに、ひとつひとつの音がしっかり明瞭に聴こえながらも重なっているという。このサウンドには驚かされました。

倍音も、ヴァイオリンやピアノでは感じやすいですが、ボーカルの場合はそこまで感じにくいもの。しかし、Guarneri G5ではそういった音楽の微少な表現までも感じさせてくれます。

ピアノが空気を震わせて、声のビブラートが音楽を震わせる。その震わせ方にもテクニックを感じられました。

28mm径シルク・ソフトドーム・ツイーター
中低域用は150mm径ペーパーコーン

ベートーヴェンの1番も素晴らしかった。これまでのスピーカーでもホール感が出ていたと言いましたが、手前に弦があって、一番後ろにティンパニがあるといった、前後の立体感がとても良く出ています。

また左のヴァイオリン、中央部のヴィオラ、右のコントラバス、そしてティンパニといった左右の位置関係もしっかり感じられる。広い会場の中で有機的にそれぞれの音響が融合している感覚でした。まるで分解写真を見るように音の進行がわかります。時間的な軸だけでなく、場の分解写真というか、クローズアップ感もあるのです。

このスピーカーでは“空気の階調感”が見えます。音の階調という表現は時々使いますが、空気の階調感とはなかなか言わないですよね。そういう意味では、音楽の本質的なところ、曲の凄さや演奏の面白み、特徴などがワクワクするような形で出ています。

やはりソナス・ファベールが持つ音楽表現力というものが、安いモデルでもそれなりに感じられますが、ハイエンド的に技術を集結したスピーカーで味わうと素晴らしいなと思いました。

技術のために技術があるのではなく、技術を使って、音楽をいかに生々しく、楽しく、リアリティを持って聴かせるか、というものづくりがされています。

これは開発設計の段階はもちろん、製造段階でもそういった意識が息づいているなと感じられました。

Meridian Systema 3200

――続いてはメリディアン・オーディオのオーディオ・システム「Meridian Systema 3200」です。価格はブラック仕上げで1,639,000円から。

麻倉:メリディアンは、デジタル技術が得意で、例えばDolbyのTrueHDのベースになっているロスレス音声フォーマット「MLP(Meridian Lossless Packing)」は、メリディアンとDolbyが共同開発しています。そういった点でもデジタル技術の最先端を走っているブランドだと言えます。

「Meridian Systema 3200」

ネットワーク対応のスピーカーと言うとLINNの「EXAKT」が有名ですが、メリディアンのほうが取り組むのは早かった。彼らはアンプも持っていて、DSPも持っていましたから。

そんなメリディアンの最新ネットワーク対応システムは「Meridian Systema 3200」。DSPとネットワーク機能を内蔵したアクティブスピーカー「DSP3200」とデジタルコントローラー「Meridian 218」を組み合わせたシステムです。

このうちMeridian 218というのは、DACだけでなく、コントローラーや周波数特性補正など、すべてのものを司っていて、どちらかと言えばインストーラー向けの製品でした。それをMQA対応DACとして売っていたのです。

このMeridian 218とアクティブスピーカーDSP3200はスピーカーリンク(LANケーブル)で接続します。これで部屋の音場特性を測定してくれて、その場に最適な音を作り出してくれる。

音質に関しては、雰囲気がすごくあります。最近のトレンドである解像度志向ではまったくなくて、音を包みこんで、音の調和・総合力で聴かせるような音作りですね。

とても良い耳触りで、緻密で音場も丁寧。キリキリとモニタースピーカー的に音を出すのではなく、音楽をある程度離れた場所から聴いて、とても美しく、端正に聴ける音作りです。

なので、オーディオマニアというより、ちょっとお金に余裕のあるハイセンスな一般ユーザー向きだと思います。ネットワーク対応していますし、操作はすべてアプリでできますから。

100万円以上するシステムで、デザインセンスも考えられているので、綺麗なリビングルームに置いて、サブスクサービスの音楽を気持ちよく、心地よく、雰囲気良く楽しめるシステムだと思います。

オオアサ電子「OCT BEAT」

麻倉:最後に、この春のユニークスピーカーをふたつ紹介しましょう。ひとつはオオアサ電子の「OCT BEAT」です。

――机など、設置した面を振動させて音を出す振動ユニットと、ハイルドライバーを組み合わせた、小型デスクトップスピーカーシステムですね。アンプ「MA70」と左右スピーカー「VS70」のセットで71,000円(税別)からです。

スピーカー「VS70」とアンプ「MA70」をセットにした「OCT BEAT」

麻倉:オオアサ電子という会社は広島に本社があって、液晶事業などを行なっています。スピーカー市場には10年くらい前から自社ブランド「Egretta(エグレッタ)として参入していて、これまでは360度放射のスピーカーを展開しています。私もテレビ用スピーカーとしてオオアサ電子の「TS-A200」を使っていて、すごく音がいい。

ほかのスピーカーメーカーが、音を前方にしか放射していないときに、オオアサ電子は360度放射にこだわっていて、音場の広さで聴いてもらおうというスピーカーをずっと作り続けていた。

同社のハイレゾ対応全方位スピーカー「TS-A200」で採用されているアンプやユニットといった、さまざまなコンポーネントを引き継いで作られたのが、「OCT BEAT」です。

――超小型のスピーカーですが、底面に低音用の振動ユニット(アクチュエーター)を搭載していて、設置した机や板などを振動させることで音を出し、スピーカーサイズを超えた低域を実現するとしています。

麻倉:アクチュエーターというと、これまでの採用例としてはソニーの有機ELブラビアで画面そのものから音が出る「アコースティック サーフェス オーディオプラス」などがありました。つまり、なにかものを揺らして、その振動で音を出す仕組みです。

このOCT BEATで一番面白いなと思ったのは、最終的な音作りはメーカーではなく、ユーザーが行なうというところ。小さな板の上に置いてみたり、家具の上に置いてみたり、お菓子の紙箱の上に置いてみたり、さらにその箱の中に吸音材を入れてみたりすると音が変わるのです。

実際に試してみたところ、桐製の小箱では響き過ぎで歪み感(ビリツキ)が大きい、スプルース単板は響きが多くてやや太めの音、メープル単板では音量効果も適度にありながら、音がふやけずに響きがきれい、クリ単板は音量が小さく、エッジの効いた硬い音……という具合に、何にOCT BEATを置くかで、音がまったく変わります。

チョコレートが入っていた10cm角の紙箱の蓋の上に置くと、意外に開放的な音になりました。でも低域が鈍く、“ビリビリする”ので、箱の中にハンカチを丸めて詰めてみると、断然、良くなり、ノイズも追放されました。吸音材の効果を実感できました。

厚紙の剛性のある箱では中低域の量感が増し、クリアさも出てくる。上方のツイーターの上に、斜めに反射板(厚い紙でも大丈夫)を立てると、上に拡散されていた音が聴き手に向かって進行します。

アンプに低音強調回路やイコライザーを搭載したのも、ユーザーの音づくりをサポートするためだそう。このように工夫をすればするほど、音質は向上し、自分好みの音を発見できる確率が高まります。有り体の音をそのまま聴くのでなく、DIY感覚で音質を創造できるのは、楽しいポイントです。

また例えば音源にあわせて、「ポップスを聴くならこの箱、クラシックはこちらの板がいい」といったことができるわけです。こういったスピーカーは、そもそも概念として存在しませんでした。

――実際に体験してみましたが、会社の会議室にあるような安価な机では、机を“鳴らした”時の音が少し安っぽかったので、もう少し響きの良い高級な机にしたらどう変わるか? など、非常に面白かったです。実際に、ちゃんとした木の板の上に設置すると、良い音で聴けました。

麻倉:従来は「どんなジャンルでもそつなく再生できますよ」というスピーカーを買ってきて、スピーカーは変えずにさまざまな音源を聴く、というのがスピーカーとユーザーの基本的な関係性でした。その最終的な音の出口をユーザーに任せるというのが、大胆で面白い発想だなと思います。

また、興味深いのはハイルドライバーを自社製作しているところ。ヒダを作るところから自社でやっているのです。

私は80インチのテレビにTS-A200を組み合わせています。テレビの内蔵スピーカーは音が良くありませんが、TS-A200で聴いてみると、音場感の広がりが感じられますし、音像がしっかりとテレビ画面上に固定されるので、そういう意味でも素晴らしいと思います。

昔から、フォステクスのスピーカーユニットを買ってきて、自分でエンクロージャーを自作するという人がいますよね。自作スピーカーのポイントは、「ユニットの音を、いかに箱でちゃんと鳴らすか」というところでしたが、やはり箱によって音の鳴り方は変わりますし、箱の形式もバスレフにするか、密閉型にするかなど、違いがあります。

これをもっと突き詰めて、ユーザーに音の主導権を渡すというのが、今回のOCT BEATです。

OCT BEATを使いこなすうえでポイントとなるのは、いかに音のビビリをなくせるか。組み合わせるモノの材質にもよりますが、トライしてみて、一番いい響きのところで使ってみて、その音に飽きてきたら、違うモノを振動板がわりにしてみたりと、自分の好みやその日の気分、コンテンツにあわせて変えられるのも面白いと思います。

氷川音響研究所のウェアラブルスピーカー「fuiigo」

――最後は氷川音響研究所のウェアラブルスピーカー「fuiigo」。ベストのように着て振動と揺れを体感するスピーカーです。クラウドファンディングでは54,000円からのプランが用意されていました。

麻倉:氷川音響研究所は、シャープで音響技術者を務めていた簑田英徳さんが会社を辞めて、実家に戻って立ち上げた会社。熊本県氷川町にある会社だから「氷川音響研究所」と名付けたそうです。

「fuiigo」

私が知っている限り、世界で初めて肩乗せスピーカーを作ったのが簑田さんです。“世界で初めて”というのは、今から10年くらい前、いわゆるネックスピーカーが各社から登場する前に、簑田さんが手掛けた試作機を聴かせてもらったことがあるからです。

簑田さんは、ヘッドフォンではないデバイスで、ちゃんと音場が取れて、耳に負担がかからないスピーカーシステムをウェアラブルで作る取り組みを、その当時からやっていました。

そういった製品はだいたい「なんだこれは」という音質のものが多かったのですが、簑田さんの試作機は音が良かった。音場の出方も自然だし、音の調子も不自然なところがなかったので、「これは製品化したほうが良いよ」と言ったのを覚えています。

その後は紆余曲折があって、製品として世に出るまでには時間がかかってしまいましたが、登場した製品も音が良かった。シャープのウェアラブルスピーカーの音は素直で、人工的な感じがありません。

国内メーカーではソニーもウェアラブルスピーカーを出していますが、あちらは映画に特化していて低音がしっかり出るといった方向性ですが、シャープの製品はフラットな印象で、いろいろな音楽を楽しめるので、個人的には高く評価していました。

そんな簑田さんが定年でシャープを退職。出身地の熊本に戻ったそうですが、ある日突然「こんなスピーカーを作ってみました。送るので聴いてみてください」とメールが届いたわけです(笑)。

こういうウェアラブルスピーカーには“変なもの”が多いのですが、ウェアラブルという分野でいい音の製品を作っていた簑田さんが作っているというのは大きな違いです。

おそらく、彼はシャープ在籍中にいろいろと試していたはず。しかし、肩に乗っているスピーカーだけではなかなか満足いく低音を出せないと感じていたのではないでしょうか。

「fuiigo」を装着したところ

その解決法をいろいろと試行錯誤していった結果、このfuiigoにたどり着いたそう。クラウンドファンディングページでも試行錯誤の結果が載っていますよね。

スピーカーというか、ヘッドフォンとして見ると、ありえない形をしていますが、音は良い。

肩付近に左右chのスピーカー

情家みえさんの楽曲を聴いてみると、耳元で素直な音が流れます。こういったウェアラブルスピーカーは、どこか強調されていたり、あるいはどこか足りない音だったりするものですが、バランスも良いですし、ボーカルの質感も上々です。

なおかつ低音が出るべきときに出ている。これは組み合わせているFosi Audioのアンプのイコライザーと結構関係があって、サブウーファーのボリュームとトレブル、バスをかなり大きめにして試聴しています。

「fuiigo」とセットになっているオーディオアンプ

この数値は、ジャズを聴くときは大きめにしますし、逆にクラシックでは大きくしすぎると不自然なので抑えめにしたりと調整してあげると良いですね。

いずれにせよ、あまり不自然な感じがしない音になっていると思います。

シャープ時代の簑田さんは、やはり低音の出し方にすごく悩んでいました。肩に乗せられるスピーカーは口径が小さいわけですから、なかなか量感ある低音は出せません。そのなかでどう低音を出すか悪戦苦闘している様子が記憶に残っています。

そういう意味では、現役時代にぶつかったひとつの課題に対して、田舎に戻って起業してでも取り組もうというところに、“男のロマン”のようなものを感じますね。

会社時代にあるひとつの発明をして、ある程度まで突き詰めたけど、やり残したことがあると。その問題に対して起業して取り組むというのは、男の人生物語としても面白い話ですし、そもそもfuiigoから出てくる音もバランスが良く、不快なところもありません。

ウェアラブル性という点でも、前側をバンドで止めているので、装着時のズレもほとんどありません。なにより低音がお腹から来るというのはあるべき姿ですよね。低音が身体に響いて、中高域は耳元に来るという形は、人間の身体を使った2ウェイスピーカーとでも言えるでしょう。

オーディオ技術者の中には、定年にあわせて研究開発を辞めてしまっている方も多いですが、自分の技術を埋もらせるのでのはなく、それを使って新しい価値に挑戦するのはロマンだと思います。

お金だって結構かかっているはずですよね。私が想像するに、fuiigoに使われているユニットはシャープ時代に付き合いがあった中国メーカーのものだと思いますが、それにしたって調達するにはお金がかかる。クラウンドファンディングは成功したようですし、これを第一弾として、もっと面白いものを作って欲しいなと思います。

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