スノーデンの漏洩資料からもわかるスパイ映画でホテルが“現場”になる理由

『007』『ミッションインポッシブル』などのスパイ映画では、高級ホテルが交渉相手との接触の場に使われていますが、それはリアルなインテリジェンスの世界でも同じです。アメリカ合衆国連邦政府による情報収集活動に関わったスノーデンの漏洩資料から、近現代史研究の第一人者・江崎道朗氏と元内閣衛星情報センター次長の茂田忠良氏が、イギリスの「ロイヤル・コンシェルジェ」というプログラムを紹介します。

※本記事は、江崎道朗×茂田忠良:著『シギント -最強のインテリジェンス-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

標的が宿泊するホテルでインテリジェンスを仕掛ける

江崎:イギリスのインテリジェンスについて伺いたいと思います。戦後、自民党が創設された際に、憲法改正を党是にしたことはよく知られていますが、じつはもう一つ、隠れた党是がありました。それが日英同盟の復活です。

その背景には、我が国の安全保障をアメリカにだけ頼っていて本当に大丈夫なのか、という問題意識がありました。とりわけ、インテリジェンスの分野において、アメリカの情報だけに頼っていては駄目だろうという意識があったわけです。

その点、イギリスは、特にインテリジェンスの分野においては、世界トップレベルの能力を持っています。日露戦争のときのように、イギリスとインテリジェンスの連携を図ることで、アメリカから手に入れた情報をダブルチェックすることができます。

それだけではなく、日本のインテリジェンス能力を向上させていくためにも、イギリスと連携する「日英同盟」が絶対に必要だと考えた。それが当時の自民党で安全保障を考えていたメンバーの基本的な考え方だったわけです。

僕も昔は、なぜ自民党がそこまで日英同盟の復活にこだわっていたのかよくわかりませんでしたが、中西輝政先生(京都大学名誉教授)の研究会で「イギリスこそが、学問的な分野も含めてインテリジェンスの本家であり、アメリカはその分家だ。確かに、アメリカはマンパワーと金をつぎ込んで凄まじいインテリジェンスのシステムを作る。だが、インテリジェンスの基本的な発想やコンセプトに関しては、やはりイギリスが本家なんだ」と教えていただきました。

茂田:スノーデンの漏洩資料には、イギリス関係のものもたくさんあります。そのなかでも特に、これはいかにもイギリスのインテリジェンス活動だな、というものをいくつか紹介したいと思います。

江崎:エドワード・スノーデンの世界から見た“イギリスのすごさ”というお話ですね。

▲エドワード・スノーデン 出典:Freedom of the Press Foundation / Wikimedia Commons

そのホテルが「シギントフレンドリーか否か」

茂田:ここで紹介するのは、「ロイヤル・コンシェルジェ」というプログラムです。翻訳すると「国王陛下のコンシェルジェサービス」と言うのでしょうか。名前からして、ユーモアというか、皮肉というか、いかにもイギリスですよね(笑)。

これは、外国の政府高官が世界各地のホテルを予約した際に、探知・通報してくれるプログラムです。要するに、外国高官がホテルに予約を入れると、予約確認のメールがホテル側から返信されます。

その予約確認メールをプログラムが探知して、イギリスのシギント機関であるGCHQ(Government Communications Headquarters、政府通信本部)の担当官に通報し、担当官が標的(外国高官)の宿泊情報を基に作戦を考えるというわけです。

江崎:外国の政府高官が、どのホテルに、いつ泊まるのかを把握しているわけですね。

茂田:そうです。では、ホテルの宿泊予約を把握したらどうするか。漏洩資料には、そのホテルが「シギントフレンドリーか否か」という設問があります。これはどういう意味か。

普通に考えれば、そのホテルがイギリスのシギント活動に協力的で、頼めば情報が取れるという意味だと解釈できます。つまり、そのホテルにはすでにGCHQがタッピング(傍受)できる態勢ができ上がっているというわけです。

また「ホテルの選択に影響力を行使できるか」という設問もあります。これはつまり、標的の宿泊予定のホテルが「フレンドリー」でない場合、GCHQに協力的なホテルに変更させるような作戦を考えるということです。

常識的な範囲で推測すると、例えば、ホテルの予約確認メールは誤りであった、予約がキャンセルになったなどの偽メールを送って、「フレンドリー」なホテルに誘導するという手もあります。

さらに「訪問そのものを中止させられないか」という設問もあります。要するに、標的がどこかの国を訪問すること時代が自分たちにとって都合が悪いと判断した場合には、そのような作戦も考えるということですね。

あるいは、ヒューミントも同時に発動するという選択肢もあります。宿泊先のホテルがわかっているので、標的がバーのラウンジで飲んでいるときなどを狙って接触するなど、シギントとヒューミントを効果的に組み合わせることができるわけです。

シギント機関のGCHQの職員はヒューミント担当ではないですから、ヒューミントに優れたMI6(秘密諜報サービス〈Secret Intelligence Service〉の通称)との連携が考えられます。

江崎:スパイ映画でもホテルがよく現場になっていますね。

政府高官が宿泊できるようなホテルは約350軒

茂田:ホテルが「フレンドリー」ではないけれど、どうしても情報を取りたいというときには、アメリカのNSAと同様に、物理的に侵入するという選択肢もあります。要するに、技術者を派遣して傍受できるよう工作するということですね。このように、ロイヤル・コンシェルジェからは、さまざまな作戦の選択肢があることが漏洩資料から推察できます。

江崎:標的の宿泊先のホテルでインテリジェンスを仕掛けるからといって、別に世界中のありとあらゆるホテルに網を張る必要はないのです。なぜかと言うと、政府高官は必ずセキュリティ上、安全なホテルを選ぶからです。

治安が良くて、安全かつスムーズな車移動ができて、テロ対策もしやすいようなホテル、すなわち、相手国側が警護しやすいようなホテルが必然的に選ばれることになります。僕も政治の仕事に携わっていたので体験上わかるのですが、政府高官が海外を訪問する際には、意図的にそういうホテルを選択しています。

また、ホテルで相手国の政府高官と会合するとなったときにも、そういう安全なホテルでないと彼らも安心して来ることはできません。そうなると、外国の政府高官が宿泊できる条件を満たすようなホテルは、かなり絞られるわけです。

茂田:ですから、ロイヤルコンシェルジェの監視対象になっているホテルは、世界で約350の高級ホテルしかありません。

▲政府高官が宿泊できるようなホテルは約350軒 イメージ:Maxim / PIXTA

茂田:ロイヤルコンシェルジェでは、世界を覆うUKUSAのシギントシステムによって監視対象のホテルと宿泊客のメールのやり取りを途中で捕捉して、GCHQの担当官に送るのですが、むやみやたらにメールを集めているわけではありません。

メールアドレスのドメイン名で特定の国の外務省や国防総省、その他、関心ある省庁宛てのメールだとわかるので、そこだけをピンポイントで集めてくるわけです。そして、そのメールを見て、作戦を考える。

迎賓館の部屋の壁がボロボロにされた?

江崎:第二次安倍政権のときに、拉致問題の関連で、政府高官が北朝鮮とシンガポールで接触したことがバレたことがありました。なぜバレたのか。考えられるのは、飛行機か、宿泊先のホテルです。

日本の場合、政府高官も偽造パスポートを使うことが許されていないので、どうしても本名でホテルを予約せざるを得ないという制度上の欠陥もあります。要するに、秘密の活動や外交交渉といったものは、ホテルを監視しておけば、ある程度チェックできるということです。賢いやり方ですよね。

茂田:実際に宿泊先のホテルがわかれば、「フレンドリー」なホテルなら、電話やFAXの記録を取ったり、コンピュータの通信を抑えたりすることができるわけですが、さらに言えば、政府高官が泊る部屋も限られています。安い部屋には泊まりませんよね。つまり、高級な部屋にはすでにマイクが仕込まれていて、部屋の会話が筒抜けになっているかもしれないということです。

そのように、「フレンドリー」なホテルなら、特別な工作をしなくても、部屋の中の会話まで情報が取れる可能性がある。「フレンドリー」でないホテルの場合は、工作のための技術者を送る。世界中の国はみんなそうやって情報を取っているのです。

江崎日本に来る海外の政府高官が泊まるホテルもある程度、決まっているので、日本としては「フレンドリー」なホテルにしておきたいところですが、なかなか。

茂田我が国では、そもそも外国の政府高官の宿泊するホテルで傍受をしようとする発想がありません。仮に実行して露見すれば、検察が捜査を開始するでしょう。

かなり前の話ですが、某国の首脳が迎賓館に宿泊すると、部屋の壁をボロボロにされるので困る、という話を聞いたことがあります。その国の先着警護担当は、マイクが仕掛けられているのに違いないと、確認のために壁を調査するのですが、当然のことながら見つかりません。

我が国の迎賓館にはマイクは設置されていませんから。ところが、その国の常識ではマイクが仕掛けられていないことは有り得ないので、「ないはずはない」と必死に探すわけです。その結果、壁がボロボロにされてしまう。これくらい、の常識が違うのです。

▲迎賓館赤坂離宮 写真:t.sakai / PIXTA


© 株式会社ワニブックス