『虎に翼』岡本玲の凄まじい豹変ぶり “正義の罠”にはまる寅子が満智を責められない理由

1941年12月、真珠湾攻撃により日本はアメリカ・イギリスに宣戦布告し、太平洋戦争が勃発。日本軍は大東亜共栄圏を掲げ、欧米の植民地だった東南アジアの国々を次々と占領していく。多くの人がこれは“正しい戦争”だと信じて疑わなかった。

その頃、優三(仲野太賀)との結婚で“社会的信用”を得た寅子(伊藤沙莉)は弁護の依頼も来るようになり、順調な日々を送る。去っていった仲間のためにも、世の女性のためにも、自分が先頭に立って社会を変えていくと意気込む寅子。『虎に翼』(NHK総合)第36話では、そんな寅子が正義の罠にはまる。

今回、寅子のもとに2人の女性が弁護の依頼にやってきた。一人は外で借金ばかり作ってくる夫と離婚したいという女性。女性側から離婚を成立させるのは至難の技だったが、泣いて窮状を訴える女性が三男を連れて家を出た梅子(平岩紙)と重なった寅子は弁護を引き受ける。だが、後日事務所にやってきた女性は「主人に赤紙が届いた」と依頼を取り下げた。「このご時世に」という世間の目を気にしての判断であり、同じ理由で今後も民事の案件はどんどん減っていくと見られた。

そんな中、次に弁護の依頼にやってきたのが、義父母と子供の親権を争う両国満智(岡本玲)という女性だ。満智は半年前に、歯科医師の夫と死別。夫が遺した4歳の男の子とお腹の子を抱え、職を探すも見つからず、金策に困り果てて夫の友人を頼った。すると、亡き夫の両親は満智がその友人の妾になったと怒り、「著しい不行跡(品行がはなはだしく悪いこと)」を理由に親権を取り上げようとしている。

しかし、満智は義理の両親から満足に援助が受けられず、仕方なく夫の友人を頼ったと主張。もともと2人は、満智の育ちが悪いという理由で息子との結婚に反対していたという。もしかしたら、孫を取り上げるためにわざと援助しなかったのかもしれない。お金に困った満智が道を外れたら、責める理由ができるから。すっかりやつれた様子の満智は目に涙を浮かべ、「私にはもう息子たちしかいないのに」と寅子に語る。

それを聞き、寅子は思った。「いつになったら、“女の人ばかり”がつらい思いをする世の中が終わるのかしら」と。この時点で、寅子は一つ間違いを犯している。たしかに寅子たちが生きている時代は、女性は現代より遥かに弱い立場にあった。だけど、つらい思いをしていたのはきっと女性ばかりではない。現に雲野(塚地武雅)の法律事務所には男性の依頼者も多く訪れるし、寅子自身も「男女関係なく困った人を救い続ける」と誓ったはずなのに。

ようやく弁護の依頼を担当できるようになり、前のめりになっていたことや、立て続けに理不尽な境遇に置かれている女性からの訴えを聞いたこと。憔悴しきった満智の様子が同情心を駆り立てたことなど、様々な要因が重なり、寅子は大事なことを見落としてしまう。満智の主張を信じて疑わず、法廷で熱弁を振るい、原告の請求を棄却する判決を勝ち取った。だがその後、満智が嘘をついており、おなかの子も4歳の長男も夫の友人との子であることが明らかに。おなかの子に関しては妊娠のタイミングと、亡き夫の病状が合わず、調べればすぐに分かることだった。

弱々しく見えた満智はどこへやら。着物も化粧も以前より派手になった満智は「てっきり目をつむってくださってるのだとばかり」と開き直り、「先生もご存知のはずですよ? 女が生きていくためには、悪知恵が必要だってこと」と寅子に迫る。寅子は何も言えなかった。自分も社会的信用を得るために、優三と結婚したからだ。どこかでずっとその後ろめたさを抱えている寅子には、満智を100%責めることができない。嘘を見抜けなかった自分自身の過失として重く受け止める。

だけど、社会的信用のために結婚するのはそんなに間違ったことなのだろうか。よね(土居志央梨)のように己の信念を曲げない生き方はたしかにカッコいい。でもあのまま結婚しなければ、寅子は一生法廷に立てない可能性だってあった。それに優三には寅子に対する思いがある。寅子が暴走気味になった時も、「決めつけて突っ走ると思わぬヘマをするから」と深呼吸を促してくれた優三。一見頼りないけれど、本当は誰よりも冷静に物事を俯瞰している。そんな優三に後から少しずつ愛情が芽生えていくかもしれない。あなたが正しいと思っていることは本当に正しいのか、間違っていると思っていることは本当に間違っているのか。本作は幾度となく「本当に?」と問いかけてくる。
(文=苫とり子)

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