ビリー・アイリッシュ、本人登場/完全無料の新作リスニングパーティーレポ@LA

photo by Nick Walker

ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)が、2024年5月17日にリリースした3枚目のスタジオ・アルバム『HIT ME HARD AND SOFT』。

この発売を記念して現地LAにて発売前日の夜に行われたリスニングパーティーの模様をLA在住の音楽ライター、鈴木美穂さんにレポートいただきました。

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完全無料、本人が登場したリスニングパーティー

5月16日木曜日、午後9時。ビリー・アイリッシュの『HIT ME HARD AND SOFT』のリスニング・パーティが開催されるロサンゼルスのキア・フォーラムに、約17,000人のファンが集結した。ここは今年の12月15、16、17日の3日間、ビリーがホームタウン公演を行って北米ツアーを締め括る予定の会場だ。場内は新作のジャケットと同じブルーのライトで照らされていて、コンサートとは違ってステージがなく、ガラ空きのフロアにアルバム・タイトルが映し出されている。

9時15分、場内が暗転し、耳をつんざくような大歓声と同時に、スポットライトの光の中にビリーが登場。青いオーバーサイズシャツとハーフパンツ、白キャップに黒スニーカーというスタイルの彼女は、ゆっくりとフロアの中央まで歩き、大歓声に応えて両手を挙げて振った。

「皆、私のアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』が、今さっき出たよ。マジで、興奮してる。皆がここにいることにも興奮してる。このアルバムの制作プロセスは、過去最高に素晴らしかったんだ。こんなに強く何かを愛したことって、今までなかった。だから、このアルバムを誇りに思ってる。今はナーバスで、怖くて、すごく無防備に感じてるけど、皆にどうもありがとうって言いたい。あなた達の顔が見られて、すっごく嬉しい。これからあそこに行って、再生ボタンを押して、最初から最後までプレイするからね。皆のこと、本当に愛してるよ」

当然ながら、さらに大歓声。ビリーは、「聴きたい?」「ほんっとに?」とファンを焦らしながらフロアの隅に置かれたブルーのソファーまで行って、「プレイする!」と叫んだ。その様子を近くで撮影し始めたカメラマンがいて、よくよく見ると、フィニアスだった。

 

兄と妹、たった二人だけのステージ

二人の他に、フロアにはスタッフも関係者もいない。そもそも、このアリーナ会場での無料アルバム・リスニング・イベント(新作のマーチャンダイズ発売も有り)というのは私の知る限りではかつてなかった出来事で、しかも彼女は一日前にニューヨークでも同じイベントを行っていて、ファン思いの彼女の行為に感動していたのだけれど、通常の試聴会には用意されている司会者も、アーティストの登場前に挨拶をするレーベルやマネージメントの人間もいないことに驚いた。

だから、ほぼ完全にファンとビリーだけの親密な空間が作られていて、彼女の特別なコンサートにいるような気分にさせられた。ビリーの挨拶中にフロアの隅から静かに吹き出してきたスモークが、今はフロア全体を雲のように覆って幻想的な空間を創出している。

オープニングの「SKINNY」は静かで柔らかなギターと囁くようにソフトでありながら強力なヴォーカルに導かれていく曲で、ビリーはソファー立ち上がって雲の上のような空間を歩いていき、客席に近づいては大歓声を巻き起こした。

後半に美しいストリングスが入ってまるで映画音楽のように変化する新しいタイプの曲で、冒頭から前2作との違いを感じていると、切れ目なく斬新なビートに突入し、強力なパンチラインの歌詞でファースト・シングルの「LUNCH」が始まった。

ダンサブルなビートに乗せてビリーがラップのような歌声を転がすゾクゾクする曲だ。ビリーはフロア中を大胆に動き回ってダンスし、カメラを持ったフィニアスがそれを追いかけて、場内が一気にダンス・パーティのようになった。

そこからグルーヴィーなビートに穏やかなヴォーカルが絡む「CHIHIRO」に続く。4月にApple Musicのゼイン・ロウのインタビューで、14秒だけ曲の一部が流されたこの曲は、その部分を一緒に合唱するファンも大勢いた。

映画『千と千尋の神隠し』にインスパイアされたと思われる同曲には、粋なビートの中に東洋的なメロディのシンセが隠し味のように入っていて、ビリーの最高に美しいファルセットボーカルにどんどん気分が上がっていく。笑顔で踊り続ける彼女の姿をカメラが捉え、霧のかかったフロアにモノクロのビリーのアップの顔がずっと映し出されていた。

続く「BIRDS OF A FEATHER」の彼女のヴォーカルはかつて聴いたことがないほど明朗で高揚感があり、とてつもなく物凄いアルバムを聴いているという実感が湧き上がって来る。ここでフィニアスからカメラを奪ってビリーがフィニアスを撮影し出し、今度はフィニアスの最高に嬉しそうな笑顔がフロアに大映しになって、ハッピーな気分にさせられた。

そこから再び静かなアコギの「WILDFLOWER」に変わると、誰からともなく携帯のライトを掲げ、場内が満点の星に彩られた。この曲でのビリーの歌声も圧巻だ。次の「THE GREATEST」は儚い雰囲気の繊細な曲で、アコギだけのシンプルなサウンドであるがゆえにビリーの切なくドラマチックな歌声と歌詞が胸に刺さりまくる。

それから非常に斬新なサウンドの「L’AMOUR DE MA VIE」で、さらに圧倒的でソウルフルなビリーのヴォーカルが響き渡った。

そこからストリングスで始まって現代的なビートが絡むダンサブルな「THE DINER」へ。そして「BITTERSUITE」はEDMのようなシンセで幕を開け、浮遊するようなビリーのヴォーカルが次第に熱を帯びていき、ラップ・ボーカルに変化する。どの曲も一瞬たりとも飽きさせず、ビリーは踊り続けていて、大興奮させられた。

ラスト曲は「BLUE」。イントロから物凄い歓声があがった。「True Blue」というタイトルでSoundCloudで何年も前に発表されていた曲の新バージョンだから、長年のファンは気づいたのだ。これがフィニアスのマジックと言えるのだろうけれど、本作のテーマカラーとなっている青色が実際に音から感じられるような美しい曲だった。

愛犬の登場

ここで彼らの愛犬シャークがビリーに連れられて登場し、ファンはさらに大熱狂。

フロアを走り回るシャークをリードを持ったビリーが追いかけ、その後をフィニアスがついて行く素敵な場面は、「Blue」のサウンドと相まって映画のワンシーンを見ているかのようだった。曲の最後にビリーはキャップを取って深々とお辞儀をし、何度も投げキスをしてくれた。

「気に入った?」

止まない大歓声がさらに大きくなった。

「皆、ここに来てくれて、本当にありがとう。皆のことが大好きだよ。ありがと、ありがと、ありがと! この後も最高の夜を過ごしてね。私のアルバムをストリームするとかして。兄のフィニアスにも、拍手をお願い」

大歓声と熱狂的な拍手。

「このショウに関わった全ての人達が、本当に一生懸命働いてくれたんだ。昨日はニューヨークで、今はLAにいる。このアルバムで仕事してくれた全ての人達に、ありがとう。私はこのアルバムをすごく愛してる。ナーバスになってるし、同時にワクワクしてるし、もう世に出たなんて信じられない。ツアーでまた皆に会うからね。皆、本当に愛してる」

そしてビリーは、フィニアスとシャークと共に立ち去った。

後ろの列の大学生ぐらいの女子が、「人生最高の45分間だった!」と大声で言うのが聞こえて、ここにいたファン全員を代弁している気がした。

 

“強く優しく私を打って”というタイトルの意味

このニュー・アルバム体験を通して私が繰り返し感じていたのは、「強く優しく私を打って」というタイトルが、『HIT ME HARD AND SOFT』の内容を完璧に要約しているということだ。ハードな曲とソフトな曲が絶妙なバランスで並んでいるだけでなく、一曲の中でもハードな部分とソフトな部分が出てきて、ずっと大小のサウンドの波に打たれているような前代未聞の心地良さがある。

サウンドはあらゆるジャンルを超えてオリジナルかつ現代的で、アルバムとしての統一感に必然性があって、過去2作を明らかに超えるビリーの驚異的なヴォーカルが全編を通して聴けて、本当に、見事だ。彼女がシングルを一切発表しなかった理由も深く納得できた。来年、ビリーとフィニアスがグラミー賞の年間最優秀アルバム賞を手にする姿が思い浮かぶほどだった。

ここから始まるビリーの新章は、彼女がデビュー・アルバムで世界的にブレイクした時と同じく「現象」と呼ばれるほど、凄いものになりそうだ。

Written By 鈴木 美穂 / All photo by Nick Walker

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